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曾我蕭白を受け入れた頃
先日NOTE(ブログ)にマニエリスムのことについて書いた際、心に浮かんだ江戸時代の画家がいました。暫し忘却の彼方にあった画家曾我蕭白で、「奇想の系譜」(辻 惟雄著 筑摩書房)に登場していました。極めて異端と言える世界は、その激しさ故に一目で忘れられない印象を残します。若い頃の私は曾我蕭白を受け入れることが出来ませんでした。品性に乏しく極彩色の執拗さにも嫌悪感があって、当時好きだった円山応挙の対極にいる画家だろうと思っていました。代表作「群仙図屏風」は見れば見るほど奇怪な人物たちの群像ですが、何を倣ったものなのでしょうか。「奇想の系譜」から引用させていただくと、蕭白の他の絵を評して「グロテスクという点では、日本の水墨人物画史上類を絶しており、狂態邪学派と呼ばれた十六世紀の明の浙派の人物も、これにくらべればはるかにまともといわざるを得ない。」とあります。中国でもこれほど奇怪な画風は見当たらないと言っているのです。本書では北斎との共通点が述べられた箇所があって興味が湧きました。「蕭白と北斎とは、似通ったタイプの画家といえる。扱う画題に保守的と同時代的の違いはあっても、鉱物質とでもいうべき乾いた非情な想像力、鬼面人を驚かす見世物精神、怪奇な表現への偏執、アクの強い卑俗さ、その背後にある民衆的支持、といった点が共通しているのである。」確かに葛飾北斎にもマニエリスム的な強調があると言えます。ところで蕭白を自分が受け入れた時期はいつごろだったのか、思い出すことにしました。初めて蕭白の絵を見た若い頃から数十年の時を経て、ボストン美術館が所蔵する巨大な「雲龍図」を東京で見た時ではなかったかと述懐しています。私は齢を重ね、絵画趣向の変遷を経て、今では蕭白を面白いと感じるようになっています。均整の取れた同時代の絵画がどれも退屈に思えて、日本のマニエリスムとも言うべき特異な世界に覇気溢れるものを見出しているからではないか、自分の妖怪好きも手伝ってその面白さに漸く気づいたのだろうと分析しています。