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映画「セザンヌと過ごした時間」雑感
私は芸術家が苦悶するドラマが大好きで、史実を踏まえたフィクションであっても、その気分に浸ってしまう傾向があります。そんな意味でフランス映画「セザンヌと過ごした時間」は必ず観に行こうと決めていた映画でした。先日、常連になっている横浜のミニシアターに出かけ、文豪ゾラと近代絵画の父と呼ばれたセザンヌの友情と葛藤を描いた「セザンヌと過ごした時間」を堪能してきました。2人の芸術家の生い立ちは環境的に正反対であったため、その交流は単純な友情とは違う微妙な感情に支配されていました。トンプソン監督のインタビュー記事には「興味深いのは交差する運命です。貧乏人の息子が裕福なブルジョワとなって地位と名声を築き、裕福なブルジョワの息子が貧しく自由奔放な生活スタイルのせいで軽んじられる…。」とあり、「友情は愛以上に面倒なものなのです。なぜなら基準点もルールも厳密な定義もないからです。」と映画で描きたかった本題を語っています。図録の解説も同じように「セザンヌがプロヴァンス訛りむき出しで、ぎょっとするような卑語や罵り言葉を連発するのに対し、ゾラは上品な口調に良心的知識人の風格を漂わせる。そんな両者が、『会えば5分で喧嘩』というのも当然と思える。しかも喧嘩をすればするほど切っても切れない縁が深まってしまう、お互いのことが気になって仕方がない二人なのである。」(野崎歓著)とありました。実際に2人が交流していたことは事実で、映画にあったゾラの新作小説「」で、自分がモデルになったことで、セザンヌは憤慨して絶交したことは、当時の手紙によって示されています。それでもお互いを心から締め出すことは出来なかったようです。芸術家同士の友情は果たして可能か、成功者と落伍者に運命が分かれれば、友情に影を落とすことは間違いありません。この映画は反目しあう2人が両者とも後世に名を刻んでいることが前提にあるからこそ、波乱万丈でも安心して観られるのではないかと思った次第です。