Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「理想と経営のはざまで」のまとめ②
「ウィーン工房」(角田朋子著 彩流社)の「第四章 理想と経営のはざまで」の後半部分をまとめます。ウィーン工房は採算性向上のために製品領域の拡大と顧客好みのデザインの創作を取り入れ、所謂企業経営に舵を切ったようです。「1900年代後半のウィーン工房製品は、一挙に装飾性を増す。抑制的な幾何学的ユーゲントシュティールに代わり、動植物の図柄、抽象性文様、鮮やかな色彩を用いたデザインが増えた。また、主な製品領域であった木製家具や食器類に加え、アクセサリー、陶器、グラフィック製品、テキスタイルの生産が増加した。こうした新傾向は、モーザー脱退による新メンバーの躍進のみならず、1907年の経営危機を脱したウィーン工房の新たな経営戦略に起因した。」これはホフマンの考え方にも要因があったようです。「芸術責任者ホフマンがあらゆる創造性に寛容であり、クンストゲヴェルベシューレの生徒や若手芸術家を積極的に登用したことで、新たな世代の造形感覚の発露を導きウィーンの近代デザインに新局面をもたらしたことは事実である。」ウィーン工房はキャバレーの総合デザインも行ないました。「キャバレー・フレーダーマウスはウィーン工房初期の代表作品として、テーブルや食器等のインテリアやグラフィック作品のデザインが取り上げられることが多いが、~略~ウィーン工房の総合芸術志向から発展した実験的な劇場であった。~略~このキャバレーは、・モデルネ特有の濃密な領域横断的交流の伝統を継承する文化サロンとして機能した。ここに集った美術・文学・・舞台関係者の多様な顔ぶれから、設立の中心となったヴェルンドルファーとホフマンの幅広い人脈と芸術家同士の豊かな交際関係が浮かび上がる。」ここで私がウィーン滞在時代に影響を受けた小さな葉書群が登場してきました。「ココシュカも絵葉書シリーズに参加し、後の激しい表現主義の表現とは対照的な、初期の代表作『夢見る少年たち』に通じる穏やかな色調でクリスマスの題材やメルヘンチックな風景を描いている。」朴訥でも構成に独自性があったこのシリーズが私は大好きでした。「1907年がウィーンの活動史上、きわめて重要な転換点であったことが確認できる。デザイン画での華やかな装飾性への移行、事業面でのウィーン陶器社との提携、グラフィック生産の開始、市内での販売店開設といった相次ぐ展開は、会社の資金難克服のための経営戦略であったといえよう。」今回はここまでにします。