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「前衛芸術の諸問題」について
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「前衛芸術の諸問題」について、気に留めた箇所をピックアップいたします。本書はこれが終盤になります。「私のもっとも遺憾とするのは、超現実主義批判といえば、多くはフランスの画集や紹介記事を根拠とした批判であって、日本にかくも浸潤した、いわゆる超現実主義的傾向の底に流れる歴史的な欲求の生理を読み、その点に立って指導的な意見を吐露する人の皆無であったことである。わたしは盲目的な超現実主義擁護者よりは、むしろこのような真摯な、洞察ある、直観的な批判家を尊重したいと思う。」著者がフランス発祥の超現実主義について、日本の現状を鑑みて論考するのに、かなりの手厳さはあったとしても、当時の状況はこれによってよく理解できます。また著者は日本文化の特徴を次のようにも語っています。「わたしだけの見方かもしれないが、日本人がやや『超現実性』に近い観念を、民族としてもつようになったのは、禅学的な教養によって一種の詩的弁証法を摂取(創造といった方が適切であろう)しえて後のことであって、これが世阿弥の努力ー能芸術の創造となり、俳諧連歌の創造となってからであろうと思われる。象徴芸術としての能の偉大さはいうまでもないが、わたしは何といっても俳諧における日本人の詩的飛躍力に、『超現実性』への跡絶えない暗示の一線を認めることができると思う。なぜなら、それは日本人が『超現実性』にも通ずる観念連合の新しい世界を感得しえた画時代的な出来事であったからである。」最後にこんなことも述べられていました。「さてわたしはダリやエルンストの絵画は現代の空気のなかに、現代の夢と狂気とをあきらかに可視的に、具象化していると信じている。少なくともわたしには、ブレイクやファン・ゴッホをかつて理解しえたと信じたと同じように、あるいはそれ以上に、しかも同時代的に理解しうると信じている。~略~わたしは元来、いわゆる純粋絵画と応用美術という、形式的な差別にたいして、多くの疑問を抱いているものであるが、それは別としても、超現実主義の、かかる訴求力をもった造型的な認識が、新しい芸術の発展の少なくとも動機にならないとどうしていえるのであろう。」本書は以上で終わりになります。