2024.07.26
昨日は工房での作業を早めに打ち切って、映画「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」を横浜の中心地にあるミニシアターに観に行きました。私一人で行くはずが家内が同行してくれました。ドイツの芸術家アンゼルム・キーファーは、私の中で圧倒的に存在感を増している芸術家であり、彼が創り出す荒涼たる廃墟のような心象風景は、第二次世界大戦後のナチス・ドイツ政権の終焉と無関係ではありません。戦後、ドイツの人々が罪悪感から立ち直り、未来に向けて歩み出した頃に、キーファーはナチス式敬礼の画像を複数の場所で撮影し、批判を浴びていますが、過去を忘れず足元を見つめ続ける芸術家の造形行為の在り方が示されているのではないでしょうか。「芸術家キーファーが現代ドイツ史に対峙する際に敢えてスキャンダラスな形式を選んだことは映画に示される通りだが、一方で神話や歴史をモティーフとしたモニュメンタルな作品の耽美と深遠な時間への思考は、皮相な諧謔家とは全く異なる真摯なアートへの信頼を感じさせる。この愚直な真摯さこそキーファーとヴェンダースという二人のアーティストをつなぐ鍵となるのではないか。」(渋谷哲也著)また、キーファーが使用する素材に関してはこんな論考もありました。「キーファーの作品には、いくつものキーワードが潜んでいる。よく言われるのは歴史、物質、時間、神話、神秘思想などだ。大きな枠組みとしてはそのとおりだろう。”物質”は鉛の本のようなものから(キーファーにとって鉛は第一質量=プリマ・マテリアである)、カンバス上に貼り付けられた藁や金属、ガラス片、灰や衣服に至るまでさまざまだ。絵の具に拘泥しない、でも確固たるマチエールが存在する。それをキーファーはペインティングのなかにさまざまな物質を放り込むことによって顕現させている。」(長澤均著)映画では工場のようなキーファーのアトリエが登場してきて、作品の間をキーファーが自転車で移動していきます。勿論素材もあちらこちらに置いてあり、金属を溶かしたり、藁を焼くシーンがあって、私は制作のスケールに驚きました。最後に翼のある巨大なモニュメントが出現するのは、キーファーが未来に対して希望を灯しているように感じたのは私だけでしょうか。