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「抽象作用、人間精神の恒常性 」について➁
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅱ 抽象作用、人間精神の恒常性 」の気になった箇所をピックアップいたします。「抽象化の過程を生みだす要因は大きくいってふたつあり、そのまま人間精神の二大傾向に対応している。すなわち、装飾本能と宗教感情である。前者にあっては、なまの形態は単なる装飾的モティーフとしてのみ扱われ、それ以上の装飾的意図は介入しない。このことは、われわれがその精神内容を熟知しているヨーロッパ芸術に関するかぎり、かなり容易に見ることができるが、いったん欧州以外の芸術の、あまりにも広く複雑な領域に足をふみ入れると、われわれは概して、装飾本能の占める部分と、象徴や寓意や記号の占める部分との境界線を明確に引くだけの知識に乏しいので、この点に関するわれわれの結論も保留つきのものとならざるをえない。われわれは時折、実際には宗教的伝統にしたがって描いている形態を単なる装飾モティーフと解して怪しまないことがある。それは実は、芸術家やかれの働いている社会の眼からみて、物や生物の自然主義的再現が、異例の存在、唯一の存在、至高の存在、神聖な存在を人間や事物の形に描くことによって卑俗化、通俗化し、日常的な次元にまで引き下げる欠陥を持っていると思われるたびに、新たな抽象化を触発する原動力となっているのである。~略~『幾何学は、つねに存在するものの学である。』とプラトンは『共和国』のなかで言っている。この言葉に注釈はいらない。それほどこの言葉は明白な真理を語っており、強い説得力をもっている。幾何学的形態のうちにひそんでいるこうした永遠的で普遍的な属性は、芸術家をしてこの無限に完璧な構造に、少なくとも近づきたいという欲求を起こさせる。」そんな抽象の秘めた困難さが次の文章で述べられています。「先史時代以来、具象の流れと抽象の流れは同時に現われているが、後者は前者ほど知られていなかった。それは、洞窟に描かれた動物の形の力が抽象的なデッサンよりもずっと見分けやすいし、元通りに再現しやすいからだ。抽象的なデッサンは非常にしばしばみられるのだが、具象的なデッサンとは比べものにならぬほど理解しがたく、それゆえまた解釈しがたいのである。」今回はここまでにします。「Ⅱ 抽象作用、人間精神の恒常性 」はこれをもって終了いたします。