2024.08.09
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅲ 現代抽象美学の形成 」の中で具体的な芸術家を取り上げていますが、今回の単元はロシア出身でドイツで活躍した画家ウァシリー・カンディンスキーです。「カンディンスキーの抽象的な芸術とロシアの聖画像とのあいだにみられる血縁性は、後者がまったく具象的なものであるにせよ、いかにその内部に抽象作用を有し、それを表現の手段としていたかを示すものである。中世芸術はーロシアでは中世芸術の生命はきわめて長かったので、今日でもなお宗教芸術や、またある程度まで農民芸術に霊感を与えつづけているー人間の形態をその純粋に再現的な価値にもとづいて利用するのではなく、はるかにその象徴的価値、暗示性、寓意性にもとづいて利用した。」さらにこんな文面もありました。「カンディンスキーにおける純粋抽象への移行は、改宗といった意味のものではなく、まさにその反対、つまり当然の帰結だったのだ。1910年以前の具象的作品はすべてその前奏にほかならなかった。別の言い方をすれば、私の見るところでは、カンディンスキーは、具象的伝統に従っているときでさえつねに抽象家だったのだ。したがってかれのうちに働いていたのは、外からの啓示ではなく、成熟、彫琢、感情の内的練磨、さらには気むずかしいかれの想像力や、形と色に対する熱烈な愛に奉仕する媒材や技法を構成する際の強烈な創造力の集中などであった。」彼の有名な著書に触れた箇所もありました。「『芸術における精神的なものについて』で表明された諸原理を検討しながら、ギーディオン・ヴェルクナー夫人はこう書いている。『ここにみられるのは、新しい描き方などではなく、芸術と生命を把握する方法を全面的にくつがえしたものである。』夫人はきわめて正当にも、ここに『新しい美学とそれに呼応する形態の言語によってのみ表現しうる感情的生命の、力と真実性に関する、哲学的な、ほとんど宗教的な告白』を見ている。」最後にカンディンスキー自身の言葉を引用いたします。「ひとつひとつの作品は、それぞれ新しい技術を生みだす。それはちょうど、宇宙が異変から異変を通じて、宇宙的要素の混沌たる騒擾から生じる交響楽、すなわち天球の音楽とよばれる交響楽を生みだしたのと同じことである。作品を創造すること、それはひとつの世界を創造することだ。こうして、パレットの上やチューブのなかの色彩の発見は、私にとっては精神的体験となった。これらの色彩は、まぎれもなく、魂を持った存在に似かよっており、その魂の秘められた力は、芸術家によって働きかけられると爆発し、みずからの姿を現わすのである。」今回はここまでにします。