2024.09.04
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅲ 現代抽象美学の形成 」の次の単元は「建築、新しい形態と空間の追求」で、テーマが大きいので分割して書いていますが、今回は後半です。今回はぺヴスネルとアルプ、2人の彫刻家に注目しました。「線と面との生みだす複雑さそのものにおいてさえ、ぺヴスネルの作品は最初からひとつの総体として構想されたものであり(ここには本来の意味での量はない。なぜなら、量とは、ここでは構造物の内面で移り変る空気と光のマッスだからだ)、そのため、かれの作品は、構想が芽生えた瞬間から、一種の宿命をになっている。それは生まれた瞬間から総体なのだ。芸術家はこれを最後的な創造にまで高めるため、デッサンにより、また特にしばしば模型によって、その各部分に手を加えていく。彫像がそれを閉じこめていた石や大理石の塊から切りだされてきたものによってつくられる具象的、伝統的な彫刻の場合とは逆に、ぺヴスネルの芸術にあっては、各部分は機械の部品のように組み合わされる。そして、作品の内的調和とその強い表現力が生まれるのも、まさにこうした部分部分の組合せからなのである。」次にアルプです。「ジャン・アルプが彫刻すると同時に詩を書いていたということは、けっしてなおざりにはできない事実である。かれにとっては、言語の問題こそすべてに先んじる問題であり、そのためかれは、つねに基本的な形態、形態の語彙の源泉にまで立ち帰ろうと努力しつづけた。それも、ブランクーシのように有限や無限のうちに定着された絶対を求めたのではなく、逆に、つねに動いているもの、変形の状態にあるもの、生成しつつあるもののうちに立ち帰ろうとしたのである。これこそ、アルプの好きなあの形態、あたかも感性や創造意志がじかに噴出する地点に立ち帰るように、きわめて自然にかれが立ち帰っていくあの形態が、胚種とか、発育しあるいは変様しつつある植物の組織とかに似ている理由である。」本単元は今回で終了です。