2024.09.16
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅴ 抽象絵画の主流 」は長い論文になるので、NOTE(ブログ)には分割して、留意した文章をピックアップしていきます。本章には抽象絵画の先駆者たちが登場し、ひとり一人の世界観を論述しています。今回取り上げる画家はセルジュ・ポリアコフ、ジュゼッペ・サントマソ、ニコラ・ド・スタールの3人です。まずポリアコフ。「ポリアコフのあらゆる絵からは、欝積した激しさを持つ大気が発散している。それは、鉱物の重みの奥の中心の火を思わせずにはいない。秘められた豊かさでますます満たされた単純さを追求して、この作家はひとつの表現形式に向かう。それは、強烈なポエジーを孕んだあの無言の表面を見つめる人に、ぐいぐいと自分を押しつけてくる。これらの絵のなかに含まれている時間の要素は、絵のなかであまりにも本質的なものになった結果、空間の要素を絵から除いてしまう。むしろ、空間が時間になっているのである。」次にサントマソ。「具象形態を捨てながらも、生活に、ときには現実の形態にきわめて接近しているかれ(サントマソ)は、自分の芸術に、動く力の持つ逞しさと激昻とを与えた。そして、作品が熱烈な生気を得て、《衝撃を総合するもの》になるのを好んでいる。合衆国のデ・クーニングとポロックに代表されているアメリカ人のいわゆるアクション・アートに、イタリアでもっとも近いのはおそらくかれだろうが、かれの場合、純粋な本能はフォルムへの意志によって調整され、是定されている。」最後にニコラ・ド・スタール。「形や色彩の単純化に、もっと厳格で、もっと構成的な意志のあるのはニコラ・ド・スタールだ。かれには、ある苦行的な時期があったが、その頃の分厚いマティエールや、極度に控え目なフォルムに加えられた、暗く鈍い色彩は、精神が本質的なものの探究に集中されていることを物語っていた。かれのいくつかの絵に見られるのは、アフリカあるいはポリネシアの住民の荘重で悲劇的な芸術を思わせた。そこには、峻厳さの美学に対応した、思考と感情の強烈な凝縮があった。」今回はここまでにします。