2024.11.14
昨日の夕方、窯入れを行ないました。それによって工房での窯以外の電気が使えず、今日は工房で温度確認を行った後、家内と車で東京都府中市に向かいました。府中市美術館へは幾度となく行ったことがあって、きっと周囲の公園は紅葉しているのだろうと期待をしていました。紅葉した樹々と開催中の「ミュシャ展」の雰囲気はよく合っていて、家内も心なしか楽しそうでした。「ミュシャ展」の副題は「ふたつの世界」で、これは版画と油彩画の世界を表したものでした。チェコで生まれたミュシャは、パリで大女優の主演舞台をテーマにした宣伝版画を描き、一躍有名になりました。その後、当時流行ったアール・ヌーヴォー様式の版画で時代の寵児になったミュシャは、大量に仕事が舞い込みますが、40歳を過ぎてから自分の出生であるスラヴ民族をテーマに据えて油彩画を描き始めたのでした。ミュシャの名声は一時的に堕ちますが、この時に描いていた「スラヴ叙事詩」を、嘗て見た私は感銘を受けました。2017年に来日したこの巨大な油彩画に私の心は震えました。本展にもその関連作があって、改めてミュシャの油彩画を堪能いたしました。図録にこんな文章がありました。「版画はアール・ヌーヴォー、油彩画は象徴主義の絵画として語られたことで、版画と油彩画はますます遠く離れたものとなってしまったのである。しかし、実は、象徴主義の画家としてのミュシャを語る上で版画は欠かせないし、アール・ヌーヴォーの全体像を理解する上でもミュシャの油彩画は欠かせない。」さらに時代は領域を超えた芸術表現が始まっていて、ミュシャには追い風になっていました。「伝統的な絵画と工芸の秩序だったあり方が崩れつつあり、さらに、今日、私たちがイメージする『デザイン』というものが生まれる直前の時代。そして、前衛的な表現が生まれる一方、伝統絵画も尊重されていた時代。ミュシャの造形は、美術をめぐる様々な価値観が混沌と存在していた時代だからこそ、生まれた。」(引用は全て音ゆみ子著)本展でもポスターになったリトグラフ(版画)と重厚な雰囲気を醸し出す油彩画が並べられていて、時代を追ってミュシャの辿った生涯が見渡せる展示になっているため、ミュシャの総合プロデューサーとしての力量に圧倒されました。私は美大で学んだせいもあって、彼のデッサンも気になりました。完成されたポスターよりも迷いが生じているデッサンの方に私は個人的に気迫を感じました。