Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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ゴヤ&ドラクロワについて
「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はゴヤの「裸のマハ」とドラクロワの「アルジェの女たち」を取り上げています。まず、ゴヤ。「『裸体のマハ』は、神話の女神やニンフたちのように最初から裸だったのではなく、『裸にされた』のである。どのような並べ方をしたにしても、この二点(※『裸体のマハ』と『着衣のマハ』)でひと組の作品ということになれば、われわれは、裸婦を眺める時でも着衣の彼女を意識しないわけにはいかない。それは、裸婦像としては、きわめてなまなましい、感覚的なものである。~略~後半のゴヤを特徴づけるものは、何よりも人間性の真実の追求であろう。すでに宮廷の肖像画家としてさえ、彼はモデルになった人物の本性を残酷なまでにあばき立てずにいなかったが、華やかな社交生活から身を引いてからは、彼はいっそう鋭敏な観察者となった。彼の作品に見られる幻想性というものも、決して荒唐無稽なものではなく、恐ろしいまでに真実のものである。着衣と裸体のふたりの『マハ』を描くゴヤの眼も、美しいものに憧れる抒情詩人のそれではなく、逃れ難い人間の運命を見つめる予言者のそれである。そして、おそらくその仮借ない眼の故に、彼は近代の先駆者のひとりとなり得たのである。」次にドラクロワ。「ドラクロワの生涯においてきわめて大きな意味を持つこのモロッコ旅行は、1832年1月、南フランスのトゥーロン港から出発して、同年7月再びトゥーロンに戻って来るまで、約半年間続いた。その旅行の帰途、6月の末に3日間ほどアルジェに立ち寄った時、ドラクロワは偶然の機会から『アルジェの女たち』の私室を垣間見ることができたのである。~略~絢爛たる色彩と、豊かな絹の手触りと、濃密な花を香りに満たされたこのような東方世界への憧れは、モロッコ旅行以前からドラクロワのなかに存在していた。~略~新古典主義の『理想美』の美学に対し、ロマン派は、はっきりと人間ひとりひとりの感受性を重んじた『個性美』の世界を対置させた。『美』とは、万人に共通な唯一絶対のものではなく、人によってさまざまに変化し得るものだという考え方である。絶対的な『理想美』を想起するかぎり、芸術創造は優れた先人の後を追うことになるが、『個性美』を認めるとすれば、芸術創造は何よりも他人とは違った独創的なものが要求される。万人に共通するものではなく、逆に万人にはなくて自己にのみ秘められているものを追及し、発掘することが、芸術の目的となったのである。」今回はここまでにします。