2025.04.15
「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はルソーの「眠るジプシー女」とムンクの「叫び」を取り上げています。まず、ルソー。「絵画の歴史には、時に奇蹟としか言いようのない不思議が起こることがある。様式の発展とか、時代の動きなどというものとはまったく無関係に、思いがけない傑作が、まるで別の星の世界から突然やってきたかのように、われわれの眼の前に出現する場合がある。1897年のパリのサロン・デサンデパンダン(アンデパンダン展)に並べられたルソーの『眠るジプシー女』の場合がそれであった。~略~この作品に描かれているのは、『人間のいるどんな場所』でもない。それは、ルソーの想像力が生み出した幻想の世界である。砂漠と、猛獣と、ジプシー女という組み合わせは、どこか熱帯地方を思わせるが、それは現実にどこの国というのではなく、むしろわれわれの知っている日常世界とは別のものだという非現実性を強調するためのものであるだろう。ルソーの後期の作品にしばしば登場するこのような『異国風景』は、多かれ少なかれコクトーの言う『描かれた詩』なのである。」次にムンクです。「『叫び』において、自然は決して狂暴に荒れ狂っているわけではない。遠く入江に浮かぶ舟は、眠ったように静かな氷の上にただよい、空は明るく夕焼けの色に染められている。それはおそらく、ノルウェーの古都においてはきわめて平凡な、よく見慣れた風景であったに違いないし、そこには、人間に危害を与えようとするものは何もない。それにもかかわらず、ムンクはその平和な自然を前にして、言いようのない不安を感じた。われわれは『叫び』の画面の前に立つ時、ムンクのその不安とおののきを、はっきりと感じ取ることができる。いったいムンクの感じた不安の正体とは、何だったのだろうか。~略~世紀末の芸術家たちが見出した人間の『内部の世界』というのは、決して印象派の世界のように明るく光り輝くものではなく、むしろ逆に、底知れぬ不気味な恐ろしさを湛えた夜の闇の世界であった。ムンク自身をも含めて、世紀末の画家たちが、しばしば暗い、不安に満ちた夜の世界を描き出しているのは、そのためである。その夜は、また同時に、20世紀の新しい夜明けを準備するものでもあったが、ムンクのように病的なまでに鋭敏な感受性に恵まれた芸術家は、明るい光を恐れるある種の動物たちのように、暗い闇の世界においてのみ完全に自己の才能を発揮することができたのである。」今回はここまでにします。