2025.08.04
「芸術家列伝2」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「ジョルジョーネ」について、気に留まった箇所をピックアップいたします。「画家は大きな体と寛大な心の持主であったため、のちに大きなジョルジョすなわちジョルジョーネと呼ばれるにいたった。生まれは卑しかったが、終生礼儀正しかった。ヴェネツィアに育ち、常に女性を愛するのを好み、リュートの響きをたいそう気に入っていた。生前リュートを奏で、声を出して歌わせれば、演奏は絶妙で、貴紳の催す楽曲の集いにしばしば召し出されたほどであった。デッサンの勉強を始めるや、これが気質に合った上に、自然が彼の天性に恵みを垂れたのか、自然の美しさを愛するあまり、実際に写生したものしか作品にしなかった。」ジョルジョーネの絵画に関する考え方が述べられている箇所がありました。「巷間に伝わるところでは、アンドレーア・ヴェルロッキオが例のブロンズの馬を鋳造していた頃、ジョルジョーネと議論していた彫刻家連中はこう言ったという。彫刻においては、一つの彫像だけで、そのまわりをめぐれば、さまざまなポーズや視点が得られ、この点だけでも絵画に立ち勝っていると。ジョルジョーネはこれに対し、次のような意見であった。別にまわりを一周しなくても、一目、ある物語を主題にした絵に視線を投げかけるだけで、一人の人間の種々さまざまなポーズに対応する視点が得られるが、彫刻では、場所を変え、視点を変えなくてはそうはならない。ところが絵画においては、視点は一つでなく多くある。さらに、たった一人の人間を絵にして、全面と背面、両横から見た二つの側面を同時にみせようではないかと申し出た。これには議論の相手方が面くらってしまった。ジョルジョーネはそれを次のようなやり方でなしとげた。まず、肩をひねってくるりとこちらに向いた裸の人物を描き、足もとに澄みきった水面をおいた。そこに体の前面が映って描かれている。片側にピカピカの鎧が脱ぎすててあるため、武具の鏡面にすべてが明瞭に映し出され、左側の面が現われる。反対側には鏡がおかれ、裸像のもう一方の半面が映っている。それは天馬空を行く奔放な思いつきであって、絵画がよりすぐれた腕前と努力をもってすれば、自然を一目見るだけで彫刻以上のことをなしとげることを、効果的に証明しようとジョルジョーネは望んだのであった。」今回はここまでにします。