Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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週末 「陶」と「彫」について
日曜日になりました。日曜日は創作活動について書いていますが、私にとって創作活動には実践と鑑賞が両輪のようにあって、相互理解の上に成り立っていると考えています。私が実践している陶彫は「陶」と「彫」に分けて考えるとなかなか興味深いものがあります。「陶」では、私が20代後半に海外で見た日本の陶磁器展にイメージの原点があります。ちょうどこの頃、私はヨーロッパにいて自分なりの彫刻の在り方を考えていました。日本の陶芸が醸す陶土の何とも言えないほっこりした雰囲気に私は忽ち魅了され、日本人として自然に手に馴染むものについて見つめ直したように思います。「陶」で何かを作るべきと考えた私は、現地の美術学校でやっていた彫刻も否定できず、その彫刻的構築性はそのままにして、「陶」はひとまず置いておいて、まずヨーロッパ的「彫」を推し進めることにしたのでした。「陶」と「彫」の融合はヨーロッパから帰国後に試し始めました。融合して何を作るか、それはギリシャ、トルコの遺跡の発掘現場で体感を伴う鑑賞をしてきたおかげで、そのヒントを掴んでいました。「陶彫」というコトバはいつ頃から使われ始めたのか、私自身もよく分かりません。嘗て京都で興った「走泥社」は、用を持たない陶芸を作った作家集団で、そこでは「オブジェ焼き」と呼ばれていました。最近、東京で「走泥社展」があって、その図録の解説に「オブジェ焼き」と「陶彫」は異なるものという論考があり、ならば「陶彫」はイサム・ノグチか辻晋堂あたりの彫刻家が広めた概念かもしれません。これは「陶」を素材としつつ、本質はあくまでも「彫刻」なのだとする考え方であって、それは私の作品にも合致するものです。彫刻は明治時代以降に西洋から入ってきた造形概念で、空間に存在する立体を構築から学び、その美しさを周囲どこからでも鑑賞できる芸術品なのです。明治時代以前の仏像にもそうした考え方はありましたが、論理的な立体の説明は西洋が発祥と言えます。そうした西洋美術の考え方が小中高校の美術教育に齎せた影響は大きく、私たち日本人の美術作品の見方を決定してしまいました。私の作品もどんなに陶という味わいを持たせても基本は西洋美術にあります。それでも自分独自の方向を今も探っているところです。