Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

広尾の「日本画聖地巡礼2025」展
昨日、東京広尾にある山種美術館で開催されている「日本画聖地巡礼2025」展を見てきました。昨日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、聖地巡礼は日本のアニメーションに登場する場所を、そのファンが訪れることで語彙が定着したと私は思っていましたが、しかし聖地巡礼の本来の意味は宗教が絡んでいます。図録の冒頭にこんな文章がありました。「『聖地巡礼』とは、本来、宗教上の聖地を訪ねることで、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のそれぞれの聖地が共存するエルサレムへの巡礼などが知られています。日本でも、弘法大師(空海)の足跡を訪ねて八十八箇所を巡る『四国遍路』や熊野三山の神社を参詣する『熊野詣』など、霊験あらたかな霊場巡りが古くから行われており、これらもまさに『聖地巡礼』といえるでしょう。」(山﨑妙子著)本展は近代日本画の巨匠たちが描いた風景を、実際の風景写真を同時に展示して、画家たちは聖地をどのように解釈したかを表すものです。現代絵画を代表する山口晃氏の東京の鳥観図もあって、観賞者が大勢集まっていました。私は川端龍子の「月光」に関心を持ちました。図録によると「この《月光》は川端龍子が開催した『日光に題す』という個展に出品されたもので、大猷院の拝殿を描いています。龍子の言葉にある通り、家光の大猷院は家康の東照宮よりも派手さが抑えられた印象を受けますが、それは、祖父である家康公を凌いではならない、という遺言を家光が残したからだといわれます。」この絵は建物の一角を描いたもので、柱がこちらに向かって迫出ている場面を、たとえば洋画で描いたなら陰影を駆使して立体感を出していたであろうところを、この絵は極めて平坦に画面を処理しています。その優雅な構成が見事で、日本画らしい色面が文様のような効果を齎せています。前述にある龍子の言葉というのは「華麗の裡に多少の渋味を持つ」とあり、私は暫し時間を取って、この絵の渋味を味わっていました。