Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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新聞記事より「目に見えない」

先日の朝日新聞「天声人語」の内容が気に留まったので引用いたします。「ひとりの飛行士がサハラ砂漠の真ん中に不時着する。そこで彼は不思議な男の子に出会う。刊行83年となる名作、サンテグジュペリの『星の王子さま』である。男の子は言う。〈砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ…〉(内藤濯訳)。新しいニュースが次々流れてくるので、もうずいぶん前のことにも感じるが、先月、奈良県の19遺跡からなる『飛鳥・藤原の宮都』の世界遺産への登録が決まった。多くは地中にあって、見えない遺跡などと呼ばれる。発掘調査をした後、保存のために埋め戻されたからだ。かくれているのは井戸ではなく、宮殿や寺院ということか。〈そうだよ。家でも星でも砂漠でも、その美しいところは、目に見えないのさ〉。飛行士が男の子に返した言葉が、どこからか聞こえてくるかのようだ。『跡』の上に盛られた土には緑が芽吹き、のどかな田園の風景が広がる。景観を守る目的で、住宅の新築などは厳しく規制されてきた。登録決定は地元の人の長い努力の結果でもある。そこに立ち、足の下にある千数百年前の遺跡を思う。古代の人たちの営みを静かに想像する。何と豊かで、楽しいことだろう。いまや国内の世界遺産は27件。過度に権威付けしたり、大げさに騒いだりすることなくその良さを、じっくり味わいたい。世界遺産に限った話でもない。〈心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ〉。沙漠のキツネは言う。〈かんじんなことは、目に見えないんだよ〉」心で見つめることを、私はいつ頃意識したのか、はっきり覚えていませんが、子供の頃にはそんな意識はありませんでした。大学で彫刻に出会ってからなのか、作品の中から発する声を聞くのは他から教えられたものではなかったと思っています。長い時間ずっと見ていられるのは何故か、見た後も印象に残り続けるのは何故か、大学の友人と共有したあの時の感動とは何か、それが在るが故に、目に見えないものを私はずっと意識してきたと言えます。勿論美術だけではなく、あらゆる場面でも目に見えない肝心なことを私は受けとめてこられたのではないかと自負しています。

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