先日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「あまり遠くのこととか先のこととかを考えるのではなく、自分の半径五メートル以内のことをちゃんとやっていこう…宮﨑駿 」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「物心ついた頃、周りには戦禍の跡が溢れていた。いま在るものもやがて崩れるとの思いは、自身の相当深い部分に植えつけられていると、アニメーション監督は語る。大量消費に蝕まれる人間の度しがたさに耐えられるか心許ないが、それでも五百万人に映画を送るより三人の子供を喜ばせたいと。『折り返し点 1997~2008』から。」大量消費に晒されるのは映画も造形美術も同じです。しかも形あるものはいつか崩れると私も思っています。私自身は作品が売れず、流行に乗る反響を感じたことは未だにありませんが、それはどうであれ、私も遠くのことや先のことは考えないようにしようと思っていることは確かです。目標は大きく捉えず、すぐ足元の小さな目標を達成することの方が容易で、その繰り返しで人生の目標がいずれ見えてくるのかもしれないと思っています。私の作品も周囲の人を喜ばせることにはなっていると自負していますが、作品を作ることで何が幸せかを考えると、私の作品世界を理解してくれる人が少しでも増えてほしいと願うことかなぁと思います。誰かが見ていてくれると思うから創作に精を出すのであって、その人と意思の疎通を図るのは無上の喜びなのでしょう。アニメーションもそうですが、造形美術にしても社会が不安定になり、物質至上主義に陥れば無用の長物になることは間違いないわけで、戦時中であれば、そんなものを作っているのは非国民と言われた過去の時代があったのです。そうした戦禍の跡を見てきたアニメーション監督は、自分が精を出して作っているものが刹那のものになることも分かった上で、自分の身近にいる子どもたちを喜ばせたいと感じているのでしょう。ものを創り出す無力さが垣間見えるのも、最近の社会情勢の不安が要因なのかもしれません。