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新聞記事より「積極的に誤解をする」

今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「人間は、積極的に誤解をすることで、初めて何かを見いだせるんじゃないか  勅使川原三郎 」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「『滑って転んで間違えて。むなしくて、からっぽで、お手上げになって』と続く。正しい理解を蓄えるより、『間違えるという愚かさ』を引き受ける中で、人は思いもよらぬ景色と出逢い、救いを得もするとダンサーは言う。辻褄を合わせるより、『人々が正解とする世界から足を滑らしてしまう』方がよほどいいと。本紙7月30日夕刊『楽しむ』面でのインタビュー記事から。」創作ダンサーは身体の動きやリズムを探っていく中で、失敗を受け入れ、さらに高みを目指すために、妥協をしない(つまり辻褄を合わさない)道を選ぶのだろうと思います。それは自分自身を追い込んでいく辛さがあって、肉体をあと少しで破壊することになるかもしれない境地を味わうのでしょう。私も曲がりなりにも創作に携わる者として、幾度となく失敗を受け入れてきました。自分が納得する基準をどこにおくのか、今作っているものがついにカタチにならなかったとしたら、どうしようか、苦しい局面に立たされることもありました。正解はないけれど、きっとこれが一番良い方法だろうとイメージしながら日々創作していますが、記事にある「思いもよらぬ景色と出逢う」ことが最上の喜びなのかもしれません。創作活動に限らず、どんな仕事であれ、紆余曲折した先に思いもよらぬ景色があれば、人はそれだけで今までの労苦が報われるような気がするものです。「積極的に誤解をする」ことや「間違える愚かさ」は、その境地に達しないと経験できないと私は考えます。教職に就いていた頃、授業で生徒に失敗してもいいよと言っていた裏側に、あなたは目の前にいる生徒より、失敗に対する積極的な受け入れがあるかを自問自答していました。カタチを成さなくなる結果は何を齎すのか、そこで自ら辿った道がどうだったのか、もう少し生徒に考えさせる時間を与えたかったと今でも悔やまれています。

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