「綺想の美術廻廊 種村季弘・異端断片集」(斎藤靖朗監修 芸術新聞社)の「化身」について、気に留めた箇所を取り上げます。本章では図録に添えた短文を、さらに選択して羅列してあります。「安直に変身してしまえるには、一つだけ条件がある。変身する『私』があらかじめ自我を放棄して、誰でもない人になっていること。」「鏡を知った以後の人間は、他者および他者の視線を知ることになった。それが人間にとって、鏡に与えられたいちばん大きな意味じゃないかと思います。」「女性は個性を抑制して類的存在の外貌を帯び、人形のように同じ顔になってはじめて永遠に女性的なるものの秘密を証すのである。」「すべてが機械に代行されて人間が何もしなくていいという無為の楽園は、その裏側に何一つやることがなくなってしまうという外界に対する接触不能の地獄をひそませているかもしれない。」「人形への愛にはあらかじめ当てにできる到達点というものがない。それは、うつろな眼窩のように愛や崇拝の感情をことごとく吞み込んで、いかなる応酬もしない非情な虚無である。」「鉱物の絶対性、永遠の不変性は美と栄光の輝かしい象徴たるべく運命づけられているが、同時に不変なるものにたいして移ろい行く生のはかなさを鋭く対比づける酷薄な試金石でもあった。」「同じく人体を象ってはいても、彫刻であれば、古典的な美の規範に支配され、素材が金属、粘土、石、木、その他何であれ、大地のなかから採られてきたものでありながら、造形意志の力によって大地から純粋に聳立し、高度に分離している。だが、人形はちがう。人形はともすれば、それが生まれてきた大地のなかに崩れ落ち、土に還り、虚無に吞み込まれる、危うい予感をたえず湛えている。」「両生類はとどのつまりは完全な水棲動物に退化し、ついに子宮内の羊水の逸楽を復元するかのように、熱帯の温水の水底深く漂いながら地球という原母胎に還り、ここに巨大な全生命的規模の母胎還帰願望が完結するのである。」今回はここまでにします。