「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第12章である「劇場としての絵画」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はカラヴァッジョの絵画についての考察です。「(ナポリの教会において)栄光の場所である高祭壇の上の絵は、1607年、からカラヴァッジョに注文され、《慈悲の七つの行ない》(一時期は《慈愛の聖母》と呼ばれたこともあった)が描かれた。ローマ当局に追われ、まじめな教会参事には疑わしい目で見られていたにもかかわらず、当時のカラヴァッジョはきわめて人気の高い画家だった。~略~カラヴァッジョの舞台装置はなんの意図ももたず、寓意的な含みもない。貧困を浄化するために教会が用意した舞台装置とは異なり、またコンメディア・デッラルテの様式化された娯楽の舞台ともちがう。これも劇場ではある。だが、カラヴァッジョにとって、慈悲の行ないがくりひろげられる舞台ーそれが真実を語るものならーには観客も参画すべきだった。したがって、カラヴァッジョは絵を見る者が部外者として留まることを許さない。彼らを役者の一人に変えてしまう。目の前でくりひろげられている事件の関係者にする。~略~ナポリの貧民たちを神聖なキャンバスという舞台に乗せたとき、カラヴァッジョは、すでに古くなっていたトリエント公会議の決定に背いただけではなかった。彼はあいかわらず、さまざまなものを作品にとりこんでいた。コンメディア・デッラルテとともに、庶民たちが街角や路上でくりひろげつつあった公共の舞台、カーニバルや愚者の祭り、教会が主宰する祭礼の行進や聖史劇さえもヒントになった。そのような貧しい人びとこそ、カラヴァッジョが自分の絵のために探してきた俳優だった。~略~カラヴァッジョの絵は偽善を糾弾する。表現についてのカラヴァッジョの考え方は、バロック美術によって提案され、対抗宗教改革を唱える教会によって奨励された抽象性とはかけ離れていた。」今回はここまでにします。