Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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六本木の「鹿子木孟郎展」

今日は午前中工房で作業をやってから、昼頃になって家内と東京の六本木に出かけました。泉屋博古館東京で開催している「鹿子木孟郎展」を見て来ました。同展の情報は美術関係のテレビ番組で知りました。この時私は鹿子木孟郎という画家も初めて知ったので、関西美術界にこんな人がいたことに少々驚きました。まさに写実の写実たる画風は、筋の通った力強さも感じさせ、その存在感は不倒と言われた通り、絶え間なく研鑽を積んでいたことが作品を通じて伝わってきました。展示は10代から晩年の60代まで生涯にわたっていて、私が気を留めた太い樹木を描いた絵や関東大震災を報道映像の如く描いた絵などにその魂を感じ取ることができました。図録による「木の幹」の文章を引用いたします。「圧倒的なまでの克明な写実的表現に目が奪われる《木の幹》もまた、荒々しい樹皮の質感や太い幹の力強い筆致からは、時を経たものが内に持つ神秘性を捉えようとする鹿子木の真摯なまさざしが感じられる。」また関東大震災を描いた作品は「正確なデッサン力と様々な素材を駆使した厳格な画面構成に加え、死や暴力に関わる劇的な場面設定でたった今その出来事が起こったかのような迫真性に充ちた手法は、まさにローランスの歴史画に学んだものだが、一方モチーフの総てに均質に焦点を当てて一定の質感を持った分厚い筆致は、写真の時代における写実絵画の方向を示しているともいえる。」(引用は全て野地耕一郎著)とありました。油彩による代表作品の文章表現は図録の著者に任せてしまいましたが、若い時代に描かれた鉛筆を使ったスケッチは、その濃淡によって周囲の空気を捉えていて、まさにアカデミズムの極致とも思えました。鹿子木孟郎は明治7年に生まれ、昭和の初期に亡くなっています。もし彼が第二次世界大戦中をも生きていれば、戦争画を描くこともあったかもしれません。藤田嗣治のような描写力が備わっていたので、その宿命から逃れることは出来なかったとは思いますが、戦争前に亡くなったことがその宿命を断ち切ったとも言えます。会場を巡りながら様々な考えが私の中で去来しました。

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