「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第9章である「破壊の彫刻」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はアレイジャディーニョの彫刻についての考察で、舞台になっているのはブラジルです。まず、作家の風貌に纏わる文章です。「肌の色が黒く、声は荒々しく、怒りっぽかった。小柄で、太っていて、体には障害があった。丸顔で、頭が大きく、黒い髪は縮れていた。びっしりと髭を生やし、額は広く、鼻は人並みだがやや尖っていて、唇は厚く、耳は大きく、首は短い。読み書きはできるが、小学校より上の学校へ通った記録はない。」次に彼の代表作について述べた文章です。「受難を描いた作品は、聖堂に至るまでの折れ曲がった道の途中にある『道行きの礼拝堂』に収められている。参拝者は礼拝堂のなかに入って狭い親密な空間で作品と対峙し、語られるキリストの受難の物語に、息をひそめて聞き入るのだ。~略~アレイジャディーニョは病気のせいで体が変形し、指と視力を失い、自分の醜さを気にしてテントのなかで仕事をし、他人が浴びせる無神経な視線に激怒した。人間の姿で生きることを選んだ神ーキリストーの物語を描きだそうとするとき、彼は想像のおよぶかぎり、自分の肉体とはかけ離れた人体を創ろうとした。その優雅な顔や体つきは、彼の夢から生まれたものであり、なりたかった自分の姿が反映されていたはずだ。~略~ヨーロッパ人と奴隷のあいだに私生児として生まれ、病気で体に障害を得たばかりか、人からは罪の報いだと中傷され、ポルトガル生まれの白人の領主だった父親の職業である芸術に天分を発揮した彼は、遠く離れた父の祖国の螺旋模様や渦巻き模様、寓話やたとえ話のなかに生き延びる手段を見出したのだろう。母の祖国の人びとは、木に釘で打ちつけられた神の話、神を産むために選ばれたーアフリカの祖先たちの神の姿で描かれたー処女の話を自由に解釈し、迫害の恐怖なしに崇拝することができた。アレイジャディーニョはたぶん、神を描いた芸術、その誕生と受難を描いた芸術のなかに、二つの道を見つけたのだろう。自分に与えられなかった肉体を褒め称える道、そして現実の自分をかえりみて、こんな体を与えた神々に対して怒りをぶつける道だった。」今回はここまでにします。