「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)を読み終えました。訳者あとがきに「独特の感性で選びだした12のイメージー絵画、写真、彫刻、建築ーを例にあげ、『美術作品を見るときに人が考えること』を探ろうとしたのが本書である。」とありました。また、あとがきで著者は「舞踊や芝居を見るとき、人は踊り手や俳優に自分を重ね合わせる。それと同じように、世界を前にして考え、行動する人は、自分の考えや行動と同化することになる。誕生の瞬間から私たちは、ほかの人たちが考え、行動するのを見つづける。そして、その人の喜び、アイデア、直観、苦しみなどを自分のものとして感じる。そんな親密な共存関係から、自分がほかの誰かになりかわったような錯覚が生まれる。快楽、教育、そして安らぎのために、私たちが意識して作りだすイメージはそんな錯覚を拡大する。~略~本来、イメージとはすべて、色の染み、石の塊、網膜に作用する光でしかなく、それが引き金になって発見や回想が導き出されるだけのことである。」と書かれていました。美術作品を鑑賞するときに、何かを感じ、考えを巡らせることを著者なりの表現で著したものは、一般的に出回っている美術評論とは異なる論法があって、私は面白いと思いました。時折、不可解な箇所もありましたが、私が思いもよらない視点からのアプローチがあって、共感も覚えました。ただ、残念なのは本書が西洋美術に限られていることで、西洋で育った人が西洋美術を考えるという限定的なものが、私にはやや物足りなさを齎せました。たとえば彼の感性を持って東洋美術を取り上げたなら、どんな著作が生まれただろうと想像してしまいます。とりわけ私が生まれた日本は、奇想の画家の宝庫です。彼らは西洋美術に匹敵する世界観を有しています。「奇想の系譜」(辻惟夫著 筑摩書房)を紐解くと、伊藤若冲をはじめとする奇想の画家が並んでいて、私にも想像が及ばない奇抜とも言える奇想天外を、西洋人がどう捉えるのか、興味が尽きないところです。