Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「ピクチャレスクの世界観」について

「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章  ピクチャレスクとは何か」の中の「5ピクチャレスクの世界観」の気に留めた箇所を取り上げます。「あるべき風景や庭園はあるべき社会と重なる。風景を変容させる『時間と偶然』は、伝統的な自然神学が擁護しようとした固定的秩序への疑念を生じさせた。特に『偶然』の強調は、変化のプロセスが単調で直線的ではないことを示唆している。『不和の調和』の背後にも当然『エコノミー』思想があるが、これらが象徴する宇宙の秩序が崩壊し始めた後、風景描写においては対象の諸要素を列挙して積み上げることで多様性を包括する『全体』性が目指されたと18世紀研究で有名なワッサーマンは言う。新しい描写方法を探る一つの手段として細部の観察によって全体の理想的風景を構築しようとするピクチャレスクの描写方法は、この見解に合致する。~略~『エコノミー』観を変質させていった『時間と偶然』による変化を前提とする新しい世界観は、近代的な環境思想とも連関している。ピクチャレスクの文献に現れる具体的な例を挙げると、個別の観察から森林が形成される過程を考えようとする視点は自然の生態系の仕組みへの理解に道を拓くものであるし、落葉松などの植林は偶然の重なりによって自然に形成された森林美を損なうという警告は外来種の導入による生態系破壊への危惧に結びつく。また、プライスやナイトの文章には共有地の開発反対や古木の保護などといった主張も認められるが、これらは地域の環境を維持しようとする現代の保護活動と重なっている。人為的な原因の環境破壊に警鐘を鳴らす一方で、彼らは人間の力を超越する自然のダイナミズムにも気づいている。雑草という人間にとって有用性を持たないものに彼らは美を見出し、その生命力に賞賛の言葉を向けるが、これは同じ時代のホワイトやクーパーの人間中心のキリスト教世界観とは相容れない。建築物が雑草にのみ込まれて自然に還ってゆく様を崇高とみなすプライスやナイトの視点はワーズワスのコテージ観にも共通し、人工物も結局は自然から出でて自然に還るという考え方につながっている。」今回はここまでにします。

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