今日の朝日新聞「天声人語」より記事を掲載いたします。政治色がなく社会に対する批判もない、何気なく綴られた記事に私が心の安らぎを覚えるのは昨今の社会情勢のせいだろうと思います。ただ異常気象を僅かに感じつつ、時には季節の情景を詠むのも心の安寧を保つためには必要かもしれません。「『季節のうつりかわりに敏感なのは、植物では草、動物では虫、人間では独り者、旅人、貧乏人である』。そう随筆に記したのは〈どうしようもないわたしが歩いてゐる〉といった句で知られる放浪の俳人、種田山頭火である。うららかな春が過ぎ、立夏を聞いたばかりと思っていたのに、早くも炎天が近づいているのか。きのう列島の各地では30度を超える真夏日になった。漢詩の一節が頭に浮かぶ。只今五月、すでに許のごとし。六月、更に来たれば何ぞ当たるべけん。訪れる季節も、去りゆく季節もなぜこうも駆け足なのだろう。初夏の風をほおに感じながら、名残惜しく、街を歩く。青々とした樹木は薫り、薄紅色のバラがほほ笑んでいる。公園では、子どもたちが弾んだ声をあげていた。まぶしく目を細め、雲ひとつない青空を見上げる。少し汗ばみ、のどが渇いた。水飲み場で蛇口をひねる。ごくごくと、いや、山頭火に敬意を表し、へうへうとして水を味ふ。木陰に入り、息をつく。〈こんなにうまい水があふれてゐる〉~略~『私は草や虫みたいな存在だ』。托鉢の旅を続けた俳人は書いている。やさしく、寂しく、ひとは生きていくのだと。『きのうも歩いた、きょうも歩いた、あすも歩かなければならない、あさってもまた』」種田山頭火は1882年から1940年まで生きた自由律俳句を世に広めた人で、私の勝手なイメージで語るなら世捨て人のような存在と思っています。人となりを調べていくと、人生に憂鬱が付き纏っていた要素がいろいろあることが分かりました。母が父の遊蕩のせいで自宅の井戸で投身自殺をしていたり、ことあるごとに酒に浸る生活があったようです。こんな文が残されています。「無駄に無駄を重ねたような一生だった、それに酒をたえず注いで、そこから句が生まれたような一生だった」それでも現在に至るまで知られた俳人であるのは、自由律俳句の言葉一つひとつの印象が心に刺さるからでしょう。自然体であるべき姿勢がそこにあると思っています。