「ロマネスク美術革命」(金沢百枝著 新潮選書)の「第1章 かわいい謎 異様な造形」の気に留まった箇所を取り上げます。本章を読むとこの不思議な題名が主旨ではなく、キャッチフレーズのようなものかなぁと思いました。「ロマネスク美術をめぐっては、もちろんこれまでにさまざまな解釈がなされてきたが、大別すると二つの手法がある。キリスト教的な見方と、非キリスト教的な見方。つまり、すべてをキリスト教の教義で説明しようとする立場と、キリスト教以外の文脈から読み解こうとする立場である。」まずキリスト教的な見方。「聖堂装飾をキリスト教の教義に照らし合わせて解読するこうした手法は、中世美術史学の黎明期とされる1920年代(意外と遅いのだ)以降、キリスト教図像学の王道となった。~略~図像をテクストと緊密に、ときにあまりにも緊密に結びつける図像学の方法論は、現在でも美術史学の基本をなしている。教会の装飾なのだから教義と関連があるのは当然という論法だが、教会建築の周縁部にあたる持ち送り装飾すべてにこの解釈法を適用するのは、やや無理があるようにわたしは思う。」次に非キリスト教的な見方。「古代の習俗がどれほど聖堂装飾に影響を与えているのか、それを客観的に検証することは非常にむずかしい。ロマネスク期以前の聖堂建築の現存例が少ないからである。ヨーロッパ文化の古層との関わりは否定できないが、立証もできないのが現状である。~略~人が動物に、鳥が蛇に喰われていたりする捕食の像、また人間同士が戦っている戦闘の図など、なんらかの『葛藤』の情景を描いた持ち送り彫刻は、人目につきやすい扉口付近や後陣部など、十字架を担う子羊の周りに集中しているのだ。喰う、喰われる。追う、追われる。つまり戦う。ヨーロッパ美術史の流れのなかで、このような血なまぐさい葛藤の情景が頻繁に聖堂装飾に登場するようになるのが、まさにロマネスクの時代だった。」今回はここまでにします。