日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。現在、新作の制作では4点の壁に掛ける作品の画面にジェッソを塗った上から油絵の具を塗っています。抽象的な矩形に平塗をやっていますが、絵の具の効果はそれだけではなく、具象を対象とする写実的な表現が可能です。日本の図工・美術教育でも子どもがある年齢に達すると、写実をどう描くかを教えます。子どもの能力に多少の巧拙はあっても、私はその方法を伝授していました。美術系の大学の受験には何かのモティーフを写実で描くことを課しているところもあります。学生時代には、写実画から派生してさまざまな表現方法を探ることもあり、己の表現を獲得できるように切磋琢磨する美大生も少なくありません。そもそも描く行為は旧石器時代の洞窟壁画に見られるように、人類の歴史とともに発展してきました。最初は自然から採取した顔料を使って狩猟動物を描写記録していた人類は、やがて豊作を天に祈るようになり、宗教画が生まれました。眼では見ることができないものを具現化することに絵画が果たした宗教的役割は大きかったと思っています。絵の具もテンペラや油絵の具、水彩絵の具と多様化して、その用途に応じて使い分けるようになりました。チューブに入った絵の具が発明されたのは19世紀で、携帯できる描画セットは、戸外で風景を描く印象派の画家にとって都合の良いものでした。絵画史を雑駁に振り返っても、表現方法の多様性は余りにも豊富で、その延長線上に私がいると思うと、工房での運筆一つひとつに誇りを持って挑んでいてもいいのではないかと思ってしまいます。現代ではAIの進歩によって身体を使わずとも表現が可能になり、絵画表現はどこまでいくのか、私は楽しみでなりません。私自身は素材の力を信じていて、彫刻的な表現に全てを捧げていますが、彫刻より自由な表現が獲得できる絵画表現に時折近づくこともあります。今回はその例だなぁと思っています。