Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「ピクチャレスクの観察」について

「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章  ピクチャレスクとは何か」の中の「2ピクチャレスクの観察」の気に留めた箇所を取り上げます。「自然は第二の聖書であるという認識があり、18世紀後半になっても自然の探究は基本的にはその創造主である神をより深く理解することに結びついていた。キリスト教神学の枠組みの中で自然の探求は深められていったが、その主たる手段は『観察』だった。~略~絵画の重要性が示しているように、ピクチャレスクの追求の中で最も重視されたのは視覚による観察対象へのアプローチである。~略~アディスンは『スペクテイター』において『想像力の楽しみ』についての一連の文章を1712年に書いているが、その最初で彼は『想像力に着想を与える』のは『全ての感覚のうちで最も完璧で最も喜ばしく』、『最も多様な思考で心を満たす』視覚であるとして、目の優位を説いた。」その後、ピクチャレスクにおいて視覚だけでなく、聴覚や触覚という諸感覚も重要であるという論考が続き、次のような文章が登場しました。「諸感覚を通した観察は自然への接し方を変えることになり、ピクチャレスクの風景描写の変化と同様に近代科学全般を後押しした。ピクチャレスクが流行したのは、ちょうど近代科学の黎明期だった。ピクチャレスクは観察対象からの刺激を諸感覚を通して受け取るようになっていったが、その変化と18世紀後半における神経繊維をめぐる生理学の目覚ましい発展とは無関係ではないだろう。~略~ピクチャレスクと博物誌という自然に対する二つのアプローチは相容れないものではなく、両者をいかに融合するのかはこの時代に目指された課題の一つだった。~略~ギルピンやペナントのみならずピクチャレスクの時代の旅行記の殆どは、風景美の描写だけではなく、旅先で作者達が『観察』した多くの生き物や出来事などを記しており、そこには博物学の視座が取り入れられている。」今回はここまでにします。

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