昨日、工房で窯入れを行ない、それに伴って電気ブレーカーを落としてしまったので、今日は工房が使えない状態です。もう恒例化していますが、それを利用して私は鑑賞に出かけています。今日は東京の上野にある東京国立博物館で開催している「大徳寺」展と、東京駅にあるステーションギャラリーで開催している「水滸伝」展に行ってきました。「大徳寺」展は膨大で貴重な作品があり、これは後日改めて誌面を割きたいと思います。さて、「水滸伝」展ですが、私がいつ頃、中国四大奇書である「水滸伝」を知ったのか、思い返してみれば、高校生の時にNHKで放映していた人形劇「新八犬伝」に遡ります。この人形劇は滝沢馬琴「南総里見八犬伝」を原作としていて、さらに「南総里見八犬伝」は「水滸伝」の影響を色濃く受けていました。「水滸伝」の荒筋を大まかに知ったのは大学生の頃で、これも実写ドラマで知りました。図録には「『水滸伝』は、宋江を首領とする百八人の豪傑が、山東にあった梁山泊という巨大な沼沢地に集結して、権力に反抗する物語である。」とありました。本展では、その豪傑たちを描いた歌川国芳の密度のある絵が数多く展示され、その質量ともに私は圧倒されてしまいました。図録より拾います。「『水滸伝』という主題そのものに正面から取り組んだのが、浮世絵師・歌川国芳であった。彼の『通俗水滸伝豪傑百八人一個(壱人)』は、独立した水滸伝人物像として爆発的な人気を得た。本作には、先行する葛飾北斎画『新編水滸画伝』の図像はもちろんのこと、陸謙系の水滸伝人物図、陳洪綬『水滸葉子』版画本など中国由来の図像を摂取した痕跡が明らかにされている。中国絵画からの影響は国芳自身も自覚しており、自身の武者絵制作について、李公麟の水滸伝人物像を模したことで世に名を知られるようになった、と幼き日の河鍋暁斎に語った。~略~中国絵画にみられる抑制された動きの人物像に対し、国芳は豪傑たちを、刺青や筋肉、武器、劇的な構図によって、激しく躍動する身体として描き出した。」(引用は全て小松謙著)国芳のどの絵画をとっても刺青に覆われた豪傑の動的な姿態があって、しかも繊細なタッチに驚きました。本展にあった曲亭(滝沢)馬琴作 葛飾北斎画による「新編水滸画伝 初編」はまさに現代の劇画そのものの線描が使われていて、私は今も生きている水滸伝の画法に親しみを感じていました。