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  • 飼い猫トラ吉亡くなる
    トラ吉は我が家に来て17年が経ちました。亡父の残した植木畑の中で泣いていて、それを私が発見したのが始まりです。まだ掌に乗る生まれたての子猫だったのですが、保護せざるを得ない状況で、動物病院に預かってもらうはずが、結局我が家で飼うことになった経緯があります。トラ吉は元気いっぱいで、よく食べ、よく排泄し、家中を駆け回っていたのですが、先々週くらいから足腰が立たなくなり、ここ数日間は何も食べず飲まずで、次第に身体が弱っていきました。昨晩息を引き取ったようで、今朝はペット火葬をやっている業者に連絡し、火葬車で自宅まで来ていただきました。私は幼少時に実家で猫を飼っていた経験があります。外にいた野良猫に母や祖母が人の食べ残しの餌を与えていたので、ペットと言えるかどうか分かりませんが、いつの間にかその猫が実家に来なくなり、裏山で死んでいるのを父が発見しました。その場で父が穴を掘って猫を埋葬しました。自分がペットとしての意識を持って飼い始めたのは兎です。この兎は、近隣にあるスポーツ施設に籠に入れて捨てられていたのを私が拾ってきたのでした。兎は数年我が家にいて亡くなりましたが、その時は亡父の植木畑に私が穴を掘って埋葬しました。今回のトラ吉は17年間寄り添った家族として、きちんと火葬をしなければならないかなぁと思ったのでした。私も家内もペットショップで動物を買ったことはありません。保護せざるを得ない状況があって、その動物を飼うはめになったというのが私たちのペット歴ですが、飼う以上は最期まで面倒を見るのが自分の信条です。私たちはペットロスを心配していますが、猫が20年近く生きることを考えれば、もうペットは飼わないかなぁと思っています。彫刻家の師匠池田宗弘先生も多数の猫の面倒を見ていて、私が大学に入って初めて目にしたのが、先生が展覧会に出品した真鍮直付けの作品で、複数の瘦せ細った猫たちがひとつの餌を狙って歩み寄る情景を作ったものでした。私の創作活動も猫の作品を見たことで本格的に始まったので、猫には何か縁があるのかもしれません。
    週末 工業製品と彫刻
    週末の日曜日になりました。週末には創作活動について書くことにしています。1週間前になりますが、「ブランクーシ展」で見た金属による抽象彫刻のことに触れたいと思っています。現在の眼から見れば、磨き抜かれたシンプルな彫刻は、この彫刻が作られた当時に比べれば、どこにでもある形体になっていて、量産されている工業製品のようにも見えてしまいます。ブランクーシが飛行機の展示会に行き、そこで目にしたプロペラを見て、今後彫刻を作る必要があるかを他の芸術家に問う場面があったことが、どこかの書籍に書かれていました。確かにステンレスやアルミ等の工業素材を彫刻に使用するとなると、工業デザインとの関わりがあるだろうと思います。デザインとアートでは用途があるかどうかの違いはあっても、彫刻によっては、美術館で見れば芸術作品として認知したとしても、その形体が別の場所に置かれていれば、果たしてそれが芸術作品として認知されるかどうか、一般の人の眼から見れば、分からないのではないかと思うのです。本音を言えば、私がステンレスやアルミ等の工業素材を作品に使わない原因がそこにあります。私の学生時代は、教壇に立っていた教授たちがステンレスやアルミ等を使った大きな彫刻作品を野外に展示して、それが美術雑誌等で話題になっていました。私もそれがカッコ良く見えて、自分も将来はそんな建築性が強く、磨き抜かれた作品を野外に置きたいなぁと思っていました。私は元々工業デザイナー志望で、自動車のシャープなデザインを作るのが憧れでもあり、それを止めて彫刻に変えたのですが、それならデザイナーとして頑張っていても良かったかもしれないと思うこともありました。現在私が使っている焼き締めの陶土は、さすがに工業製品とは言えず、寧ろ原始性の強い素材です。土器か陶彫にしかならない素材を私が愛用しているのは、そんな要因があるのだろうと思っています。
    週末 私事あれこれの1週間
    週末になりました。今週を振り返ってみたいと思います。今週も陶彫制作は、毎日時間を延長して精を出していました。気温が上昇し、暑さに慣れていないためか、身体は疲れやすくなっていました。それでも時間を惜しんで陶彫制作を頑張っていました。何しろ工房に籠れば、眼前の陶彫作品しか目に入らない状況でしたが、今週は私事があれこれあって多忙だったように思います。まず、家内の邦楽器演奏が立て込んでいて、私は最寄りの駅まで送り迎えをする毎日でした。家内も相当疲れていたようでしたが、何とか乗り越えていました。飼い猫のトラ吉が推定年齢17歳になり、足腰がかなり弱っていて、歩くのにも難儀して、私たちは猫の介護に務めていました。柔らかくした餌を少量ずつ与えたり、移動場所を制限したり、とくに家内はトラ吉のストレスがないように工夫を凝らしていました。老衰はこんなところに現われるのかと、猫を見ながら、私も老齢の行きつく先を考えるようになりました。食事が摂れなくなるのが、生きる上で一番厄介なことなんだと改めて自覚しました。トラ吉の状況に気持ちが絡み取られないようにできたのは、私には創作活動があり、家内は演奏会があったおかげかもしれません。人間の場合は入院してしまうので、生命の最後を見取ることは厳密にはありませんが、トラ吉を見ていると、生命の限界の訪れを目の当たりにしているような気がします。そんなことと併行して金曜日は業者を頼んで、浴室等の清掃をしてもらいました。自分でやるのは厳しいと判断して、10数年ぶりに清掃をお願いしました。私事で多忙な1週間でした。
    「超現実造型論」について➁

    「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「超現実造型論」の後半部分の気を留めた箇所をピックアップしていきます。「サルバドール・ダリの出現とともに、超現実主義の領域にはひとつの未知な新要素、すなわち偏執狂的方法がもたらされた。~略~アンドレ・ブルトンがかつて『美は痙攣的である』といったのに対して、ダリは『美は可食的である』という定義を加えた。美は神性化された台座の上から引きずり降ろされて、人間の、あらゆる人間の手中に収められた。」ダリの登場でシュルリアリズムに偏執狂的要素が加わったのでした。本論の最後にブルトンのまとめがありました。「かつてヘーゲルによって規定された絵画・彫刻に対する詩の優位性は、現代ではすでに同等の位置に到達している。すなわち絵画は、その対象のもっとも広い範囲にまでヘーゲルの言うように精神生活のあらゆる諸力を意識にのぼすところに達したのだ。外部の世界に取られた諸形態を本質的に再現しようとする考えから解放された絵画は、いかなる芸術にとっても不可避な唯一の要素から出発して、精神に現存する影像の、内的な表現に近づくのである。この内的な表現を、現実の世界の具象的な諸形態のそれに対立せしめ、ついでピカソのように、対象をその全体性においてのみ把握する。自然を、意識の内的世界との関係においてしか考えない。…同じことは、彫刻ではジャコメッティやアルプによって実現されており、建築では、パリの大学都市のスイス館は合理主義者のル・コルビジュの作品であるが、最近その一室が、〈非合理的波状模様〉や顕微鏡的動物、小動物の細部の拡大写真などの壁画で飾ることに予定されたと伝えられていることは、かの野菜や甲殻類で飾られた、バルセロナの芸術の一形式(モダン・スタイル)の開花が、今やその復讐を用意しているのである。ーながい間、詩の特権であるとされていたものを、他のすべての芸術にも及ぼそうとする抗しがたい人間的欲求は、今日始めて明るみに出されたのであるが、それは今後、効用性という勝手な口実の強要する慣習的な抵抗に打ち克ってゆくであろう。」今日はここまでにします。

    「超現実造型論」について➀
    「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「超現実造型論」は短い論文ながら、密度の濃い内容になっているため、前後半にわけて気を留めた箇所をピックアップしていきます。「近代詩の領域ではアルチュール・ランボーの予見的位置、ロートレアモンの詩的弁証法的位置等を組織的に実験的に実現しようとしたのが超現実主義の詩法的態度であった。この意味でアンドレ・ブルトンとフィリップ・スーポー共著の詩集『磁場』(1921)ブルトンの『超現実主義宣言書および溶ける魚』(1924)とは現代詩の、画期的な書であったように、造型的領域においてもそれを契機として新しい〈霊感〉の機能が発見され、適用されたのであった。この先駆者の一人としてわれわれはまずマックス・エルンストを挙げるのに躊躇しないであろう。彼の使用したコラージュ(糊付け)は超現実主義画法の恐るべき図解であり、同時に絵画の古い定律を蹂躙するものであった。~略~マックス・エルンストが心的状態の苛立たしさの能力から発展させ強調した、フロッタージュ(あるいは磨擦画)と呼んだ手法も、彼のいうところによれば、彼自身の発展の上ではコラージュ以上に大きな役柄をはたしたのであった。」中高の美術科授業で教えるモダン・テクニックの始まりは超現実主義にあったと言えます。「アンドレ・ブルトンは『超現実主義宣言書』(1924)のなかでシュルレアリスムというものを、辞典的に定義して、ー『シュルレアリスムとは、言葉であれ、記述であれ、他のいかなる手段によろうと、思想の真の機能を表現せんとする純粋な精神的自動法である。理性によるあらゆる統制なしに、また美学的ないし倫理的なあらゆる先入観念の外において行われる思想の書き取りである。』と書いている。」これはオートマティスムと呼ばれる現象で、その後の現代美術に多大な影響を及ぼしています。今回はここまでにします。