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  • 映画「マイケル」雑感
    今週は映画三昧の1週間になりました。今日の夕方に家内を誘って、横浜市鴨居にあるエンターテイメント系映画館に話題の映画「マイケル」を観に行ってきました。映画には、ル・コルビュジエの建築がインド社会に齎せた影響を収めた社会性の強い映画がある一方で、娯楽性のある映画があり、その映像表現の幅の広さに胸が躍ります。本作は圧倒的な娯楽大作で、マイケル・ジャクソンの舞台を見ているような臨場感を味わうことができました。図録の冒頭に「マイケル・ジャクソンがステージに立つと、世界は息をのんだ。彼は時代のリズムと魂に直接触れていた。まさに完璧なエンターティナー。メロディーを純粋な感情へと昇華させるシンガー。音とスペクタクルを融合させた先駆者。壁を打ち破る開拓者。見る者が鏡に映る自分自身を見つめ直すほど、絶えず自らを変え続けた存在だった。~略~その爆発的な創造力こそが、マイケルの核にある。かつての天才少年が、いかにして誰もが認めるスーパースターへと変貌を遂げたのかを、本作は圧倒的な没入感とともに描き出す。音楽とダンス、そして観客ひとりひとりの胸に深く刻まれる瞬間に満ちた、息をのむような体験。」とあり、子ども時代から特別な才能に恵まれたマイケルの半生を振り返る映像が流れていました。とりわけ成人してからマイケルを演じた彼の甥にあたるジャファー・ジャクソンの歌と踊りが圧巻で、思わずその立ち居振る舞いに惹きこまれてしまいました。マイケル自身と彼は骨格がやや異なっていたものの、これは模倣ではなく、ジャファーが創り出した別のマイケルではないかと私は思いました。ソロ活動が始まっていても家族(ジャクソン5)の絆や父親の縛りから抜け出せずに悩むマイケルの姿や、とくに私はマイケルが一人になって楽曲作りに精を出す創作の姿に面白さを感じました。マイケルの半生にはまだまだ語られていない部分もあるにも関わらず、本作の後半はムーンウォークに代表される音とダンスに特化していて、マイケルのビジュアル好きには堪らない映画だったのではないかと察しています。
    映画「誓い 建築家B・V・ドーシ」雑感
    先日、家内と映画「誓い 建築家B・V・ドーシ」を観に行きました。ドーシはル・コルビュジエの事務所に在籍し、インドでのプロジェクトに携わった建築家です。図録にこんな紹介記事がありました。「2018年にインド人初のプリツカー賞に輝き、2023年に95歳で死去した世界的建築家バルクリシュナ・ドーシが、師匠であるル・コルビュジエやルイス・カーンと協働した建築物や自身が手掛けた建築物を訪れ、建築哲学や制作過程、そして70年におよぶキャリアについて語る姿を追う。モダニズムとインドの伝統、風土、精神性を融合した独自のスタイルを確立し、社会や環境に貢献する建築や、生活に根差した”人々のための建築”を志向した彼の最晩年の内面に迫る。」映画全般にわたって机に向かいながらアイデアを描き込んでいくドーシの姿や、建築専攻の大学生たちとの触れ合い、森に覆われてしまった自身の建築物などを通して、親しみのある彼の人柄が随所に現れていました。建築を通して何をすべきかを常に語り、その台詞の中に私にも刺さる言葉が結構ありました。「彼は自著の中で、『自分はル・コルビュジエのような曲芸師にはなれないし、カーンのような厳格さを貫くことも難しい』と書いています。だからこそ、二人に深い敬意を払いながら、自らの内面を見つめ、内なる世界を探求し続けました。その静かな内省の姿勢は、瞑想などのインド文化に深く根ざしたものだったのでしょう。~略~また、『どうすれば良い建築ができるか』という問いには、『24時間いつでも考え続けることだ』と答えました。効率や管理を優先しがちな日本人の私に、悠久の時間が流れるインドらしい、建築への真摯な向き合い方を教えてくれたのです。」(飯田寿一著)昨日、NOTE(ブログ)に書いた映画「ユートピアの力」。そのコルビュジエ・ワールドを観た後で、インド人建築家による本作を観て、まさに建築に対する考え方や、建築に限らないインド民族特有の哲学に触れ、私自身も多少なり悠久な時間の流れを齧ったような気分になりました。これは私にとって貴重な時間を与えてくれた映画だったと思っています。
    映画「ユートピアの力」雑感
    昨晩、家内を誘って横浜市の中心街にあるミニシアターにル・コルビュジエに纏わる二本立ての映画を観てきました。二本続けて観ると3時間を超え、しかもレイトショーだったので、詳しい感想は今日から明日にわたって書くことにします。二本ともドキュメンタリーで、インドに作られた都市や建造物を通して、彼の地の経済や課題と向き合う姿勢を示した映画だったと思っています。まず「ユートピアの力」の紹介文より。「ヒマラヤの麓の荒野にゼロから誕生した、ル・コルビュジエの”輝く都市”チャンディーガル。コルビュジエが唯一実現できた計画都市は、新生インドを象徴する都市として、人を中心に置き、『より良く、より公正で、より調和のとれた世界』を目指した。70年を経て、このユートピアはどのように変容したか。建築物と歴史を追いながら、住民である建築家、都市活動家、芸術家などがチャンディーガルの直面している課題や揺るがない魅力について語る。」とあり、人々の現状を捉えた映像が流されていました。私はインドに行ったことがなく、街の雑多な雰囲気をテレビでしか見たことがありませんが、理想的な都市空間がそのまま保たれていることに懐疑的でもありました。やはりここでも格差社会の深刻さが現れているように思いました。図録より引用いたします。「ル・コルビュジエが『人々の幸福のために』築いたチャンディーガルもまた、例外ではない。理想の都市として構想されたこの地にも、人口増加とともにスラムが形成されてきた。そして同市は、2025年までにすべてのスラムを撤去し、インド初の『スラムのない都市』を宣言した。しかし、住民の移転が必ずしも円滑に進んでいるわけではない。~略~大気汚染が人々の健康を損ない、寿命にまで影響を及ぼしうることは、これまで繰り返し指摘されてきた。にもかかわらず、状況が目に見えて改善しているとは言いがたい。しかも、呼吸器系の不調などで医療機関を受診しようととしても、家族のだれか1人でも何らかの医療保険に加入している世帯は、全国で4割程度にとどまる。」(辻田祐子著)ただし、理想的な都市を取り巻く環境は現在大きく変化してきているようです。明日は一人の建築家に焦点を当てた映画について述べていきます。
    「モーセとイスラエルの王たち」(1)
    「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「モーセとイスラエルの王たち」は8つの単元と2つの付記から成っています。今回は〔25モーセの生涯 Ⅰ〕と〔26モーセの生涯 Ⅱ〕を扱います。まずは〔25モーセの生涯 Ⅰ〕。「モーセは、旧約聖書のなかで、最も重要な預言者です。奴隷としてエジプトで過酷な労働を強いられていたイスラエルの民を彼地から脱出させ、神から『十戒』の律法を受けとった偉大な指導者。~略~キリスト教では、モーセが神と交わした契約を『古い契約』、イエスの教えを『新しい契約』とみなします。聖書に『旧約』と『新約』があるのはそのためで、モーセをキリスト以前の古い世界=『律法下の世界』の象徴とします。~略~じつはモーセの『角』は、聖書の誤訳とされています。『出エジプト記』第34章29節『顔の肌が光を放っている』という1節で使われるヘブライ語の『光を放つ』という意味の『カーラン』は角(ケレン)と子音が同じ。ラテン語に訳すとき、〈角が生えた〉としたため、モーセ像には角が描かれるようになったというのです。」次に〔26モーセの生涯 Ⅱ〕。「モーセはエジプト生まれ。紀元前13世紀頃の人とする説があります。『出エジプト記』によれば、当時のエジプト王はイスラエルの民を奴隷とし、重労働を課していました。奴隷の人口増加を防ぐため、生まれた子が男子の場合、ナイル川に捨てるよう命じていました。モーセも生後3カ月のとき、ナイル河畔の葦の茂みに捨てられます。しかし幸運なことに、川に水浴びに来たファラオの王女がモーセを拾い、育てたのです。~略~ファラオの宮廷で何不自由なく育ったモーセでしたが、ある日、エジプト人がイスラエル人に暴力をふるうのを目撃します。憤ったモーセはエジプト人を殺してしまいます。~略~その後、モーセはミディアンの荒れ野で羊飼いとして暮らしていました。転機となったのが、『燃える柴』と呼ばれる事件です。あるとき、羊を追ううちに、神の山ホレブに迷い込みます。そこは古くからの聖地。燃えても燃えても燃えつづける柴の間から神が現れ、モーセに履物を脱げと命じ、エジプトで奴隷となっているイスラエルの民を救う決意を語ります。」今回はここまでにします。
    新しいイメージは現行の展開から
    今年7月に発表する陶彫による集合彫刻が完成しましたが、その完成を待たずに次のイメージが湧いてきています。以前私がNOTE(ブログ)に、現行の制作が佳境に入りつつあり、また苦しい状況が続いている時に、次作のイメージが降ってきたり、湧いてくるのは現実逃避なのかなぁと書いた覚えがあります。それは今も同じで、何にもないところに新たなイメージはやってこないのです。私には突然発想が出てくることはなく、現行制作の展開である場合が多いのです。たとえば現行制作の「発掘~六蹟~」は6体のブロックが向き合い、ひとつの世界を表現していますが、これを集合と考えるならば、次なる展開は拡散です。陶彫ブロックを画廊の床に点在させて、それぞれのブロック同士で響き合う関係が作れないかを模索しているのです。つまり、少ない塊で大きな空間が出せることが私にとって最良の世界になるからです。あるいは物質同士で響き合いながら何もない余白の空間に意味を持たせようとしているのかもしれません。壁に掛ける作品でも現行制作の展開として新作を思い浮かべています。幾層にも重なる空間をどう平面に落とし込むか、平面は一方向からの切り取りなので、平面画面の中だけで完結しないイメージがあります。その裏側を予感させるカタチをどう表現するか、立体作品とは違った世界がそこにあると考えます。また、私にはイメージの展開や発展は弛まぬ訓練によるものという考え方があります。それは感覚の先鋭化を齎すでのはないかと願うところでもあります。センスは磨くことができると信じていて、それは制作の実践だけではなく、観賞によっても成し遂げられるものだろうと思います。次なる作品のためにあれこれ考えてしまう癖が私にはありますが、彫刻は哲学であると誰かに言われたことを今も気にしていて、人体塑造の習作をやっていた頃は、写実の巧拙だけが全ての時代がありましたが、現在のように立体作品によって空間を変容させようとしている動機がある以上、これはある種の哲学と言ってもよいのではないかと思います。