日曜日になって、工房にはいつも来ている美大生のほかに後輩の木彫家がやってきました。それぞれが一生懸命制作をしていて、日曜日の工房は活気づいていました。私はこうした雰囲気を歓迎しています。その彼らを前に…[続きを読む]
日曜日ですが、彫刻家一本になっている現在は、ウィークディと変わらず工房に朝から籠って陶彫制作に精を出しています。昨日のNOTE(ブログ)で現在制作している陶彫にひとつずつ日付をつけていると書きました。…[続きを読む]
シュルレアリスムに関する書籍を読んでいる最中に、箱による造形作品を作ったアメリカ人芸術家のジョセフ・コーネルに思いを馳せていました。シュルレアリスムの代表選手の中では誰もが知る巨匠とは言えませんが、私…[続きを読む]
昨日は東京六本木にあるサントリー美術館で開催している「京都・智積院の名宝」展に行ってきました。私が見たい本展の作品は長谷川等伯一門による障壁画でした。長谷川等伯といえば《松林図屏風》が有名で、水墨の濃…[続きを読む]
今日の午前中は工房に行って陶彫制作に勤しみましたが、午後は画廊や美術館に出かけて鑑賞の時間にあてました。家内を誘って、まず横浜の中心街にある画廊で開催しているグループ展を見てきました。そのグループ展は…[続きを読む]
「死と生の遊び」(酒井健著 魁星出版)を読み終えました。全編を通じて、私が嘗て何らか興味を持ったものばかりで、この書籍を購入しようとした動機が、旧知のものを再度考え直したい欲求に駆られていたためではな…[続きを読む]
「死と生の遊び」(酒井健著 魁星出版)の2つの単元をまとめます。ひとつは「死の国への哀歌」と題された単元で、ピカソの《ゲルニカ》のことが論じられています。ふたつ目は「死と生の呼応」と題された単元で、パ…[続きを読む]
「死と生の遊び」(酒井健著 魁星出版)の2つの単元をまとめます。ひとつは「内面の宇宙へ降りてゆく」と題された単元で、ロベルト・マッタとシュルレアリスムのことが論じられています。ふたつ目は「魂の風景画」…[続きを読む]
「死と生の遊び」(酒井健著 魁星出版)の2つの単元をまとめます。ひとつは「夜が太陽になるとき」と題された単元で、青春のピカソと最期のセザンヌのことが論じられています。ふたつ目は「解き放たれる幾何学の生…[続きを読む]
2022年の大晦日を迎えました。今年は、世界情勢を見ると世界史に残るような大変なことがありました。ロシアが隣国ウクライナに軍事侵攻し、21世紀の今日に、前世紀のような戦争の惨劇を見ることになりました。…[続きを読む]
「死と生の遊び」(酒井健著 魁星出版)の2つの単元をまとめます。ひとつは「エミール・ガレの象徴主義」と題された単元で、ジャポニズムの後半部分になります。もうひとつは「奔放な風土との調和」と題されたアン…[続きを読む]
今日の朝日新聞夕刊に彫刻家若林奮の「雰囲気」と名付けられた立体作品の論評が掲載されていました。故若林奮先生は、私が大学で彫刻を学び始めた頃に、その大学の教壇に立っていられましたが、先生が所属されていた…[続きを読む]
昨日は、大学時代から長いつきあいのあった銅版画家とそのご息女の漆芸家による親子展を見に、東京銀座まで足を運びました。私は版画と漆芸が並ぶ作品群に刺激を受けて帰宅しましたが、今日は夕方家内と映画館に行く…[続きを読む]
先日、東京白金台にある東京都庭園美術館に行って、「機能と装飾のポリフォニー」と題された展覧会を見てきました。本展に出品されている作品は、家具や工芸、服飾といったもので1900年代から第二次世界大戦まで…[続きを読む]
週末になりました。このところ土曜日にいろいろな予定があって、1週間の振り返りが日曜日になるケースが増えています。今日も東京白金台にある東京都庭園美術館に、工房に出入りしている美大生と一緒に行って来まし…[続きを読む]
NHKのBSプレミアム「ザ・プロファイラー」で、フランス印象派の画家クロード・モネをテーマにした番組を放映していました。最近のバラエティや報道番組の中で、知的好奇心を掘り下げる番組が増えてきたことを私…[続きを読む]
「死と生の遊び」(酒井健著 魁星出版)の2つの単元をまとめます。ひとつは「哀悼と懐疑のフレスコ画」で画家ジョットについての論考です。もうひとつは「背景への誘い」でレオナルド・ダ・ヴィンチについての論考…[続きを読む]
昨日は工房の作業棚の整理をしました。工房の作業棚には図録がかなりあって、それを自宅の書棚に徐々に運搬することにしたのです。陶彫制作の合間に何気なく始めた仕事でしたが、図録が並んでいる背後に、無くなった…[続きを読む]
昨日のNOTE(ブログ)に、シュルレアリスムを代表する芸術家マン・レイのオブジェ「破壊されるべきオブジェ」について書いたところですが、今日の朝日新聞夕刊にマン・レイの記事が掲載されていました。そこには…[続きを読む]
週末になり、工房に出入りしている若いスタッフ2人と、前から約束をしていた展覧会鑑賞に出かけました。場所は東京渋谷にある山種美術館で、そこでは日本画の巨匠竹内栖鳳の展覧会をやっていたのでした。私は201…[続きを読む]
自宅の書棚にはいつどこで購入したものか分からない書籍が眠っています。大手書店に行くと、私は手当たり次第興味の対象になる書籍を複数購入する癖があり、それを忘れてしまっているのです。書棚を眺めているとそん…[続きを読む]
週末は自らの創作活動である陶彫制作について書くことにしています。表題の擬古物陶製彫刻というのは、現在読んでいる「一期は夢よ 鴨居玲」(日動出版)の著者瀧悌三氏が、私の作品を評して名付けた語句です。私の…[続きを読む]
週末になりました。週末になると相原工房には、女子美術大学工芸学科の学生がやってきます。彼女の案内で今日は久しぶりに対面で開催された女子美祭へ行って来ました。新型コロナウイルス感染症の影響で大学の芸術祭…[続きを読む]
「絵画の黄昏ーエドゥアール・マネの闘争ー」(稲賀繁美著 名古屋大学出版会)は副題を「エドゥアール・マネ没後の闘争」としています。その「第6章 美術行政と美術制度の刷新」の「2 第三共和制初期の美術行政…[続きを読む]
栃木県益子町にある陶芸用品専門店「明智鉱業」から、私は毎年陶土を購入しています。30年前に陶によって彫刻を作ろうとしていた自分は、どんな陶土を使い、焼成はどうしたらよいのか見当がつかず、そもそも焼き物…[続きを読む]
週末になりました。今日は工房に出入りしている若い世代の子たち3人を連れて、相模原にある女子美術大学アートミュージアムで開催中の「柚木沙弥郎の100年」展に行って来ました。同伴した3人のうちの一人が女子…[続きを読む]
昨日、国立新美術館で開催中の「自由美術展」に行って、師匠である池田宗弘先生の彫刻と版画の連作を見てきました。師匠は83歳になっても創作意欲は衰えず、作品に込めた社会的メッセージにも力が漲っていました。…[続きを読む]
「絵画の黄昏ーエドゥアール・マネの闘争ー」(稲賀繁美著 名古屋大学出版会)は副題を「エドゥアール・マネ没後の闘争」としています。その「第5章 黄昏あるいは黎明」の「3 日本という美学」についてまとめま…[続きを読む]
「絵画の黄昏ーエドゥアール・マネの闘争ー」(稲賀繁美著 名古屋大学出版会)は副題を「エドゥアール・マネ没後の闘争」としています。その「第5章 黄昏あるいは黎明」の「1 仕上げの彼方へ」についてまとめま…[続きを読む]
「絵画の黄昏ーエドゥアール・マネの闘争ー」(稲賀繁美著 名古屋大学出版会)は副題を「エドゥアール・マネ没後の闘争」としています。その「第4章 大藝術の終焉」の「2 美術批評家ゾラの軌跡」についてまとめ…[続きを読む]
「絵画の黄昏ーエドゥアール・マネの闘争ー」(稲賀繁美著 名古屋大学出版会)は副題を「エドゥアール・マネ没後の闘争」としています。その「第4章 大藝術の終焉」の「1 老化と夭折」についてまとめます。「絵…[続きを読む]