土曜日になりました。いつもなら土曜日に1週間の振り返りを行なうのですが、今日が10月の最終日なので、1週間の振り返りは昨日行いました。そのため今日は1カ月の振り返りを行ないます。今月は秋が到来して朝晩…[続きを読む]
「綺想の美術廻廊 種村季弘・異端断片集」(斎藤靖朗監修 芸術新聞社)の「怪物」について、気に留めた箇所を取り上げます。本章では図録に添えた短文を、さらに選択して羅列してあります。「怪物に関するビュフ…[続きを読む]
「綺想の美術廻廊 種村季弘・異端断片集」(斎藤靖朗監修 芸術新聞社)の「化身」について、気に留めた箇所を取り上げます。本章では図録に添えた短文を、さらに選択して羅列してあります。「安直に変身してしま…[続きを読む]
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週の制作状況を言えば、新作の焼成が出来上がっている陶彫作品が3点あり、今日4点目の窯出しをしました。まさに焼成の1週間でしたが、作品が窯に入っ…[続きを読む]
「綺想の美術廻廊 種村季弘・異端断片集」(斎藤靖朗監修 芸術新聞社)の「吸血鬼」について、気に留めた箇所を取り上げます。本章では図録に添えた短文を、さらに選択して羅列してあります。「吸血鬼は、寄辺な…[続きを読む]
「綺想の美術廻廊」(斎藤靖朗監修 芸術新聞社)は「種村季弘・異端断片集」という副題があって、ドイツ文学者種村季弘の美術に関わる言葉を集めた書籍で、嘗て種村ワールドに親しんだ私は、当時を振り返りながら本…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)を読み終えました。訳者あとがきに「独特の感性で選びだした12のイメージー絵画、写真、彫刻、建築ーを例にあげ、『美術作品を見るときに人…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第12章である「劇場としての絵画」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はカラヴァッジョの絵画についての考察です。「(ナポ…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第11章である「記念碑を作るということ」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はピーター・アイゼンマンの建築についての考察…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第10章である「哲学としての建築」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はC-N・ルドゥーの建築についての考察です。「一つ…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第9章である「破壊の彫刻」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はアレイジャディーニョの彫刻についての考察で、舞台になって…[続きを読む]
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。「ピカソの画風のなかで、けっして変わらなかったのは、モデルに対する態度である。~略~ピカソは他人に深く共感することができな…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第8章である「描かれた暴力」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はパブロ・ピカソの絵画についての考察です。「さまざまに変…[続きを読む]
今日で9月が終わります。今月を振り返ると頻繁に台風がやってきたこともあり、また秋雨前線の影響により長雨が続きました。湿気が多いのは陶土が緩やかに乾燥するので歓迎するところですが、私自身の体調面では歓迎…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第7章である「反射としての自画像」について、気に留まった箇所を取り上げます。「ある意味で、すべての肖像画は見る者を映しだす自画像で…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第6章である「悪夢としてのイメージ」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はマリアナ・ガートナーの絵画についての考察です。…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第5章である「共感としての絵画」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はラヴィニア・フォンターナの絵画についての考察です。…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第4章である「目撃者としての写真」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はティナ・モドッティの写真についての考察です。「写…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第3章である「謎だらけの図像学」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はロベルト・カンビンの「暖炉囲いの前の聖母子」につい…[続きを読む]
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週の制作状況は、新作陶彫である6つの塔の二段目にあたる成形をやっていて、毎日陶土に触れる生活を送っていました。先月に比べると気候も涼しくなり、…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第2章である「不在としての絵画」について、気に留まった箇所を取り上げます。「描写不能のものは最初から描くことを拒否するという古代の…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の最初の章である「物語と絵」について、気に留まった箇所を取り上げます。「周囲にあふれるさまざまなイメージ、すなわちかつて自分のものだ…[続きを読む]
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)を読み始めました。本書は「イメージを読み解く12章」というサブタイトルがあって、それぞれテーマや芸術家を12章に分けて取り上げていま…[続きを読む]
「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)を読み終えました。本書は人形制作や版画を主な表現媒体にしたドイツ人芸術家ハンス・ベルメールの生涯を書いた伝記です。日…[続きを読む]
「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)の「パリ1955-1975」について、気に留まった箇所を取り上げます。「新聞や美術雑誌におけるベルメールの作品評には…[続きを読む]
「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)の「パリ1949-1955」について、気に留まった箇所を取り上げます。「パリに戻ってベルメールは、クリスティアン・ド…[続きを読む]
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週は来年に向けた新作陶彫の土台部分を作っていました。前にNOTE(ブログ)に書いた春霞のようなイメージは、今ではくっきりとした立体になり、塔の…[続きを読む]
お盆休み期間中は、どこの美術館や博物館でも混んでいることが予想されますが、現代彫刻の展覧会はどうなのか、ましてや思索を伴う造形を推し進めた特異な作家の展覧会を、私はこの時期に見に行ってみようと決めてい…[続きを読む]
先日、見に行った世田谷美術館で開催されていた「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展の図録から、色彩に関する記事を抜粋いたします。私はアフリカと言えば、泥染めに見られるようなアースカラーを連想してしまうの…[続きを読む]
昨晩、自宅に世田谷美術館で開催していた「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展の図録が届きました。展覧会場では注文を受け付けているだけで、その場で購入することができなかったのですが、届いた図録は装丁や画像…[続きを読む]
「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)の「南仏1945-1949」について、気に留まった箇所を取り上げます。「ベルメールは生命のある有機体としての肉体を強…[続きを読む]