Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「フロイト主義と現代芸術」について
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「フロイト主義と現代芸術」について、気に留めた箇所をピックアップいたします。精神分析学の創始者ジークムント・フロイトの代表的な著書「夢判断」を私は既読していて、学術書の中で私には比較的身近に感じられて、本論で説かれた意味をよく理解できました。フロイトとシュルレアリスムとの接点を記載した箇所がありました。「1935年、ブルトンがプラーグでおこなった講演では、シュルレアリスムの目的を明白な精神分析の用語をもって説明している。『シュルレアリスム芸術の利用しうる唯一の領域は、純粋な心的表現のそれであって、しかも単なる幻覚的領域と混同することなしに、実際の知覚領域の彼方にまで拡大されるものである。重要なことは、この心的表現(物体の物理的な存在以外の)がフロイトのいわゆる〈心的機構の最深部に展開するさまざまな過程に関連する諸感覚〉を充足することにある。芸術における諸感覚の追求が、よりいっそう必然的に組織的になりつつあるのは、畢竟、自我のエスへの揚棄にほかならない。』それでもフロイトの理論がシュルレアリスムに完全に適合しないことも取り上げられていました。「芸術自体は複雑な矛盾の合成であり、フロイトの錯綜というような観念や、その他、彼のあらゆる分析に現われた微細な観察資料が、芸術の説明に適切な役割を果たすことはあらそわれない。フロイトのヒステリーの分析が、一種の心理小説を読むような興味を与えるように、芸術の分析、ことに彼のレオナルドの作品などの造形芸術の分析は、その前提の可否はともかくとして、巧緻な推論によって芸術の神秘を解きほぐされるような錯覚を感じさせる。~略~ハーバード・リードはその美術論に分析学の術語を用いるほど、その学説を支持しているが、フロイト学説の限界を認めて、『芸術家をして、そのさまざまな幻想を物質的な形態に変移させる特殊な感受性については少しも明らかにしてはくれない』といっている。(『芸術と社会』)」今回はここまでにします。