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  • 週末 11月の制作目標
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は11月1日なので今後の制作に向けての目標を考えます。6塔で構成する新作陶彫は土台(一段目)6点のうち5点ほど焼成が終わっています。二段目になる陶彫部品は6点全部が成形と彫り込み加飾が終わっています。三段目になる陶彫部品は2点が成形と彫り込み加飾が終わり、現在3点目を作っている最中です。今月はまずこの6塔で構成する新作陶彫を終わらせようと考えています。窯入れがどのくらいかかるのか、乾燥具合にもよるのでまだ先が見えませんが、成形と彫り込み加飾だけは終わらせようとしています。この新作の全体像は掴めていて、画廊内に6点を点在させる計画は当初のイメージ通りにやっていくつもりです。次に考えているのは画廊の壁を這う平面性の強い作品で、これも私の中では彫刻として考えています。この新しい試みには本番の前に雛型を作っていこうとしています。先日、画材店で厚紙を購入してきたので、まず小さいサイズの紙彫刻でやってみようと思います。この新作はまだイメージが掴みきれていませんが、雛型によってイメージが明確になっていくのではないかと期待しています。今月は一日1点ずつ小さな平面作品を作っているRECORD(記録)も拍車をかけていきたいと思っていて、これはイメージ・トレーニングとして最適であることを自覚してきました。夜の時間帯に自宅のダイニングテーブルでRECORDを作っていると、50年も前に大学の工業デザイン科受験を目指してやっていた平面構成を思い出し、ポスターカラーからアクリルガッシュに絵の具が替わったとしても、自分は高校生の頃と同じことをやっているわけです。先月やっていた石膏型取りといい、夜な夜なやっている平面構成といい、自分は10代の頃から何か進歩があったのかなと思いつつ、ただ原点だけは忘れずにブレない人生を謳歌していると言えそうです。勿論私は教職に長く就いていた経歴がありますが、創作活動をやっていると教職が夢幻のように感じられるのが不思議です。今月も無理をせずに創作活動を頑張っていきたいと思います。
    週末 10月の最終日に…
    土曜日になりました。いつもなら土曜日に1週間の振り返りを行なうのですが、今日が10月の最終日なので、1週間の振り返りは昨日行いました。そのため今日は1カ月の振り返りを行ないます。今月は秋が到来して朝晩寒くなりました。工房での作業には上着を羽織っていますが、作業の内容によっては半袖シャツになる時もあります。陶彫作品の制作状況として早くも今月は佳境を迎えていて、5回の窯入れを行ないました。これは全て土台(一段目)にあたる陶彫部品の窯入れで、土台の残りは後1点になります。二段目は成形・彫り込み加飾が6点全部終わっていて乾燥が進んでいます。三段目は成形方法を変えて石膏の雌型を作り、陶土の型抜きで成形をやっています。現在は2点目を作成中です。ということで今月は久しぶりに石膏型取りを思い出しながら作業をやりました。学生時代は頻繁にやっていた石膏型取りですが、昔取った杵柄は健在でした。今月は31日間あって、一日も休まず31日間全て工房に通いました。ただし、窯入れをした日は、朝のうちに工房に行って窯の温度確認を行なっていただけなので、この日の作業はやっていません。この日は作業の代わりに鑑賞の時間を設けました。まず、美術鑑賞ですが「大徳寺」展(東京国立博物館)、「水滸伝」展(東京ステーションギャラリー)、師匠である池田宗弘先生が出品していた「自由美術展」(国立新美術館)、昔の同僚が出品していたグループ展「DAN展」(みつい画廊)に行ってきました。映画鑑賞は「ヒンド・ラジャブの声」「プーチンの愛国教室」(両方とも横浜シネマリン)、「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(kinocinema横浜みなとみらい)を観てきました。今月は娯楽性の少ない社会問題を扱う映画ばかり観ていて、国際情勢がキナ臭くなっている現状に、改めて戦争のことを考えてみる機会を与えられたと私は思っています。アメリカの中間選挙やイスラエルの選挙があって、居心地の悪さを国際社会に感じながら、毎日のニュースを注視するようになっているのが現在の私です。読書だけは幻想世界に遊びたい欲求があって、綺想の世界観に心が救われる思いです。来月も無理せず頑張ろうと思います。
    型抜き成形&映画鑑賞の1週間
    いつもなら週末の土曜日に1週間の振り返りを行なうところですが、明日は10月の最終日になり、1か月分の振り返りを行ないたいので、一日早い振り返りを今日行ないます。今週の制作状況を言えば、新作の焼成が終わっている陶彫作品が4点あり、明日5点目の窯出しをする予定です。焼成はその準備を含めて日々精を出していて、土台部分の陶彫作品が確実に出来上がっているのを見るにつけ、6塔で構成される新作が最終段階に入っていることを自覚しています。今週は6塔の一番上部にあたる三段目の陶彫部品を作り始めました。これは土台になる一段目や二段目と違う方法で成形を行なっています。先日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、石膏型取りを使って作っているのです。原型を粘土で作り、そこに2分割される石膏の雌型を作り、原型を取り除いて、石膏雌型の内側に陶土を貼り付け、双方の雌型を合わせて型抜きをするという方法でやっています。今週は最初である1点目の成形や彫り込み加飾が終わりました。明日は2点目に取りかかります。三段目の陶彫部品は縦長の円錐形で先が尖った形態をしています。この尖端部分が今まで通りの方法では作れないのです。窯の温度を気にしながら、石膏の型抜きで最上部の成形や彫り込み加飾を行なっていたのが今週でしたが、これは来週以降も継続です。今週も窯入れをしている間は、工房の電気が使えず、家内と映画に行ってきました。「プーチンの愛国教室」(横浜シネマリン)は、第98回アカデミー賞ドキュメンタリー賞受賞に輝いた作品で、これをカメラに収めた学校のイベント企画・撮影担当の教員は、次第に自分の命が保証されない事態に陥ってしまうのですが、独裁体制の矛盾に気づいた彼は、秘密裡にフィルムを保持したまま出国に成功したのでした。世界に向けて発信した映像で、彼は今も身の危険を感じているのではないかと私は思ってしまうのですが、どうでしょうか。映画を含む表現活動には社会を告発するものも少なくなく、それによって社会体制に変化が起きることもあり得ます。今週はそんなことも考えた1週間になりました。
    映画「プーチンの愛国教室」雑感
    昨日、工房で窯入れを行い、それに伴って窯以外のブレーカーを落としていたので、今日は工房での作業は休みました。朝から家内を誘って横浜の中心街にあるミニシアターに映画「プーチンの愛国教室」を観に行きました。ウクライナと戦争を始めて4年が過ぎていますが、ロシアでは何が行われていたのか、本作は学校を通してロシアの現状を如実に表していて、胸に詰まるものがありました。図録にあった冒頭の文章を引用いたします。「プーチン大統領は子どもたちを〈未来の兵士〉として育てるため、戦争を賛美し参加するよう学校で教え込む『愛国教育』の導入を新たな国家方針として発令。和やかだった学校の雰囲気は、瞬く間に緊迫した『戦時中』のものへと塗り替えられていく…。」本作の主人公はイベント企画・撮影担当の教員で、彼の撮影を通して生徒たちの様子や同僚の葛藤が描かれていました。これはドキュメンタリーで、教室内の様子や個人の撮影には最大の配慮がなされていましたが、この映画を制作するにあたり、事実を事実として提示するためのスタッフ側の迷いもあったようです。観ている私は嘘と不条理に満ちた独裁政権が、学校教育を利用して生徒を洗脳していく過程に何とも言えない気持ちを抱きました。国際社会の情報が規制された国では、愛国教育の意義を高々と話す教師にも偏った思想観を咎めたくなるところですが、これは個人の問題ではなく、国家の信条を信じて疑わない彼らの純粋さにも私は注目をしてしまいました。また図録にこんな文章もありました。「ロシアの愛国教育は国家への忠誠だけを求めているわけではない。『祖国を守ることは善である』という道徳的価値観を子どもたちに教えようとしているのである。だからこそ、戦争への協力を拒否することは単なる政治的反対ではなく、時に『祖国への裏切り』と見なされる。本作に描かれる教育現場の変化は、この『祖国』という言葉が持つ感情的な力なしには理解できない。~略~第98回アカデミー賞ドキュメンタリー賞受賞という栄誉は、パーシャ(撮影担当教員)の命がけの告発に対する、世界からの最大級の敬意の現れに他ならない。本作が映し出す重苦しい真実は、今を生きる私たちに『教育とは、そして国家とは何か』を激しく問いかけてくる。」(廣瀬陽子著)
    影響力のある漫画家の逝去
    漫画家のちばてつやさんが22日、骨髄異形成症候群のため、87歳で逝去されました。謹んで哀悼の意を表します。ちばさんが描いた漫画で私が影響されたのは「あしたのジョー」でした。それまでの漫画は勧善懲悪の言うなれば単純なものでしたが、「あしたのジョー」の主人公矢吹丈は天涯孤独で、生活の底辺を彷徨っていたところをボクシングトレーナーに拾われます。犯罪に手を染めた矢吹は少年鑑別所に送られ、そこで精神鑑定を受けて少年院送致になります。少年院で出会ったのが力石徹で、漸くボクシングを通じた宿敵同士の物語が始まるというのが「あしたのジョー」の導入部でした。私が子どもの頃の漫画は、主人公が常に正義であり、最後には必ず悪を倒すのが定番でしたが、「あしたのジョー」の矢吹丈は貧困故の犯罪者であり、従来の道徳観念が通じない世界に生きていて、そのリアルな社会性が子どもの私には衝撃的であり、明日のために生きようとする飢えのような生きざまが新鮮でした。少年マガジンを読んでいた私は、少し遅れて始まったアニメーションにも夢中になりました。主題歌がテレビで流れるとワクワクしたのを思い出します。歌の作詞者に寺山修司という名があり、その心に突き刺さるコトバを書いた詩人をずっと後になって、私は知ることになります。詞のラストに「あしたはどっちだ」というフレーズがあって、結論を読者に委ねていたところが私は大好きでした。漫画やアニメが子どもだけのものではないと意識し始めたのも「あしたのジョー」からではないかと私は思っています。ちばさんは1941年に一家で旧満州(中国東北部)に移り、現地で終戦を迎え、戦争の無惨な状況を目の当たりにしていたようで、そうした戦争体験が「あしたのジョー」に反映していると作者本人が語っていました。さまざまな場面に闇があって、それがこの物語に「あしたはどっちだ」を問いかけるリアルな現実があったのだろうと私は考えます。影響力のある漫画家の逝去に、つい私も子どもの頃に夢中になった世界を思い出し、今日のNOTE(ブログ)に書かせていただきました。