Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 16回目の搬入日
    個展開催が明日に迫り、今日は搬入日を迎えました。朝10時前に運搬業者が工房にやってきました。運搬業者は今までずっとやってくれている2人で、心の優しい屈強な男性です。ギャラリーせいほうまでの行程も慣れていて、安心して任せていられる人たちです。こちらのスタッフは私を入れて4人で、いつも手伝ってくれる男性の若手彫刻家、女性の中国人デザイナー、それに家内と私でした。今回の展示は例年より手間がかからないと判断し、コロナ渦の中で展示作業人数を絞ることにして、信頼できる2人に声をかけたのでした。10時過ぎにトラックに先導され、私たちも車に乗って、首都高速を汐留まで走りました。東京オリンピック・パラリンピックの開会式が迫っているせいか、高速道路を行き交う車は少なく、銀座8丁目までスムーズにやってきました。荷を降ろし、梱包を解いて、空箱をトラックに積んでそのまま業者は帰っていきました。例年なら展示作業でボルトナットを使って陶彫部品を接合する行為があるのですが、今回の「発掘~盤景~」は厚板材で作った土台の穴に陶彫部品を置くだけの設置だったので、思っていたより展示が早く終わりました。「構築~視座~」の組み立てもあっさり終わりました。おそらく今までの搬入のうちで一番早く終わり、負担も少なかったのではないかと思います。昨年から変えたのは昼食で、コロナ渦の影響で近隣のレストランには行かず、テイクアウトの弁当を予約していたことです。これはちょっと奮発して高級な弁当にしています。16回もこのギャラリーで個展をやっていると、銀座の街が少しずつ変わっている様子もわかります。時の移ろいを感じるところですが、明日から土曜日まで毎日銀座に出勤する私には、それも日常の中に埋没していくものかなぁと思いました。
    搬入前日に思うこと
    昨日、コロナワクチンの接種に東京大手町の大規模接種センターに行ってきました。2回目の接種で体調を崩す人もいると聞いていて、今日は安静に過ごした方がいいかなぁと考えて、とくに予定は入れていませんでした。午後になって身体がだるくなり、これはコロナワクチンの影響かなぁと思っていました。ただ、明後日から始まる16回目の個展が気になり、明日の搬入日に備えて、今日はその前日で搬入準備が終わった荷物を工房に確認に行ってきました。「発掘~盤景~」の木材による土台が20点あり、それをエアキャップのついたビニールシートでひとつずつ包んであります。この土台は全て砂マチエールを施し、その上から油絵の具を滲み込ませているので、陶彫部品に匹敵する存在感があり、作品に重要な要素が与えられている部品です。陶彫部品は梱包用木箱を作り、全てそれに収納してあります。木箱は19箱あり、ひとつの木箱に2点から3点を入れてあります。大人2人で運び出すくらいの重量です。「構築~視座~」は4本の木彫した柱と大きなテーブルから成る彫刻で、柱は1本ずつエアキャップのついたビニールシートで包んでいます。テーブルも大きめなビニールシートで包んでいて、陶彫部品がある「発掘~盤景~」に比べると軽量です。搬入には「構築~視座~」の組立て用の電動工具やビス、破損した場合の応急処置用の簡単な工具も持っていきます。ギャラリーの外に掲示するポスターや芳名帳も必要です。私の個展はギャラリーの企画展として開催していますが、ギャラリーは会場を貸してくれるだけで、その他一切のことは私が用意しているのです。過去の個展ではボルトナットや工具を忘れて、大変な思いをしたことがありました。ギャラリーにも備え付けの工具はありますが、使い慣れている私物を用意した方が良いと思っています。明日は頑張ろうと思います。
    コロナワクチン 2回目の接種へ
    6月のNOTE(ブログ)に東京大手町の自衛隊大規模接種センターに出かけて、1回目のコロナワクチンの接種をしたことを書きました。その時に2回目の予約を行い、今日がその接種日になりました。知り合いの中には接種を躊躇う人もいますが、リスクを考えて私は接種を決めました。2回目の接種で体調を崩す人もいるので、ちょっと心配ではありますが、明後日の個展搬入には大丈夫だろうと信じています。接種の予約時間が夕方だったので、その前に銀座のギャラリーせいほうに出かけ、先日出来上がったばかりの図録50冊を持参しました。残りの図録は搬入日に運搬しようと思っています。毎年、搬入日に手伝いをしてくれた人たちに昼食を出していますが、昨年から近くのレストランからのテイクアウトに切り替えています。以前は全員で銀座ライオン本店に行っていましたが、コロナ渦のこともあって、ギャラリー内に皆で散らばってバラバラに食事を取ることにしたのでした。今年も若い世代を意識して肉中心の弁当を注文してきました。その後で東京駅の丸の内南口まで出かけて、接種会場までの送迎バスに乗りました。今日は関東地方に梅雨明けが宣言されて、まさに夏本番の晴天になりました。バスの窓から眺める皇居の風景は植え込みが美しく、また高層ビルが青空に映え、そこに入道雲がぽっかり浮かんでいました。夏が来ても昨年と同じでどこかに出かけようという計画はなく、何だか寂しい限りですが、コロナ渦が落ち着くまでは仕方がありません。接種センターは1回目の時に訪れているので、様子が分かっているために随分気持ちは楽でした。1回目と同じように案内係から親切に指示されて、接種はあっという間に終わりました。ゆっくりする間もなく帰りの送迎バスに乗っていました。明日は特に何の予定も入れていませんが、体調はどうなるのでしょうか。明後日が搬入日なので、明日はきっと工房に出かけて最終確認をしてしまいそうな気がします。
    HPのリニューアルについて
    昨日から私のホームページのデザインが新しくなりました。スマートフォンでホームページを見ていただける人が多くなったため、スマートフォンでも見やすくしたのが、今回のリニューアルの目的です。ただし、情報処理に関して私自身は極めて疎いため、時代が進むにつれて操作がままならない自分は取り残されている気分になります。デジタルのもつ情報の効率化や優れたデザイン性は私にもよく解ります。ウェブギャラリーに自分の作品が掲載されていることが今でも信じられないと思っていますが、実際自分が日々取り組んでいるアナログな世界とは、まるで異なった世界であることは確かです。カメラマンが自分の作品をあらゆる視点から撮影し、それが豊かな世界観に繋がっていることは私も認めるところですが、ホームページに関してもアート・ディレクターから企画を提案され、自分の作品とは別の世界観を形成していることも私は認めるようになりました。個展の案内状や図録はカメラマンとの協働で生まれるものならば、ホームページもアート・ディレクターとの協働で生まれるものなのだと考えます。パソコンが得意ではない私はホームページの運用をアート・ディレクターに聞きながら、何とかこのNOTE(ブログ)を書いている状態です。新しいものに対して暫く慣れない状況も続きますが、日々関わっているものなので、間もなく解消できるのではないかと思っています。見る側で言えば、今回のリニューアルは見やすくなっているのは確かです。今後ともこのホームページで情報を発信していきますので、何卒よろしくお願いいたします。
    映画「HOKUSAI」雑感
    以前、横浜のミニシアターで映画「大英博物館プレゼンツ 北斎」を観ました。大英博物館で葛飾北斎の展覧会があり、その展示の舞台裏や北斎絵画の学術的検証、北斎の人生を読み解く考察などが描かれた西欧人によるドキュメンタリーで、海外にファンの多い北斎の魅力を映画では余すところなく描いていました。ここにきて漸く北斎の画家人生にスポットを当てた日本の映画が登場しました。同じ横浜のミニシアターで今日は映画「HOKUSAI」を観てきました。朝早い上映だったので家内と車で出かけ、映画を観終わった後に感想を交えて昼食をとりました。北斎は平民だったために生涯に関する資料が少なく、とくに青年期の苦悩する絵師だった北斎をどう描くのかが脚本を初めとする演出陣の見せ場だったのだろうと思いました。この時代は美人画が中心で、歌麿や写楽が流行絵師として登場していましたが、苦闘の末、北斎が「江島春望」の波に辿り着くまでの行程に説得力を持たせていました。版元であった蔦屋重三郎に存在感があり、結果としては北斎を育てた恩師になっていました。老齢期に差し掛かった北斎を鼓舞させた戯作者柳亭種彦も、武士でありながら時代に抗い、己を通した生き方が描かれていました。最後は小布施に行った北斎が「男浪」「女浪」を描くところで終幕になりますが、その前に描かれた「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」では版木制作から摺りまで再現されて、私としてはちょっと興奮しました。北斎の熟年期を演じた田中泯がベロ藍を手に入れた瞬間に雨に打たれながら外で踊り出す場面は、ダンサーならではの面白さがありました。世界で一番有名な日本人アーティスト葛飾北斎その人物をどう表現するのか、資料が残っていない分、象徴的な表現を取り入れて、リアルと幻想を巧みに合わせた物語は一見の価値はあると私は思いました。