2026.04.09 Thursday
満開の桜の時季になると大勢の観光客で賑わう上野公園ですが、桜がほとんど散って葉桜になった同公園では一時の賑わいはありませんでした。今日はそんな同公園の美術展に家内と訪れました。東京都美術館で開催されていた公募団体「モダンアート展」は、知り合いに出品者がいるため、招待状をいただいて私は毎年ここに来ているのです。ただし、平日と言えども上野が混んでいる状況は変わらず、外国人観光客も大勢見かけました。「モダンアート展」には元同僚の画家が会員になっている関係で、継続して見させていただいていて、彼の作風の変化も順を追って分かっているつもりです。彼も私と同様に教職を退職して時間ができたためか、作品の質は間違いなく上がっているように感じます。画風としてはアンフォルメル(非定形)を抑制して、精神性を追求しているように思われますが、塗装されていない余白の空間が雄弁に表現を物語っていると私は理解しています。沁みや色彩の流れをコントロールして日本の書のような世界観をもち、最終的には彼は幽玄を表したいのかもしれません。私は毎年出品された彼の作品を見るのが楽しみになっていて、これは作品がより高い精神性を備えてきている証拠だろうと思います。私は東京都美術館で、「モダンアート展」以外にも「スウェーデン絵画展」が気になっていて、家内とその企画展も見ることにしました。北欧の絵画と言えばムンクしか思い浮かばなかった私は、展覧会のタイトルにあった「北欧の光、日常のかがやき」の意味が本展で漸く分かりました。19世紀から20世紀にかけてスウェーデン絵画は、写実的な風景や人物、日常の描写に精魂を傾けていて、その淡い光の捉えが抒情を醸し出していました。これは日本人が好きそうな内容で、そのさりげなく丁寧な描写を熱心に見入っている鑑賞者が多かったように思いました。「スウェーデン絵画展」の詳しい感想は後日に回します。桜が舞い散り、新緑と言うにはまだ早い季節の上野公園を歩きながら、美術展によって充実した時間が過ごせたことで今日は幸せだったと振り返りました。
2026.04.08 Wednesday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「予言者や煽動家は教室の演檀に立つべき人ではない マックス・ウェーバー」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「教室は特定の政策的見解を述べる所ではない。教室では『事実をして語らしめる』こと、つまり事実の確定に徹すべきだとドイツの社会学者は説く。党派的主張は批判の可能な場でなされるべきで、教室では不都合な事実をも認める『知的廉直』を貫くこと。その言葉は論敵を斬る『剣』ではなく、思考の土地を耕す『鋤』なのだから。『職業としての学問』(尾高邦雄訳)から。」コメントの中に出てくる「知的廉直」とは「事実や論拠に対して誠実であり、都合の悪い事実もねじ曲げずに受け止める知的態度」というのがAIによる回答です。私がこの記事につい反応してしまうのは、嘗て教職に就いていて長い間演壇に立っていたからです。昔はほとんどの人が教職員組合に入っていて、支持する政党がありましたが、私はその頃から無党派で、学生時代に先輩たちが活動していた学生運動にも参加はしていませんでした。教員になってから学習指導要領に示された内容も吟味をしたこともありました。生徒たちに自らの信条を話すことは避けていましたが、幸い私は美術科だったので、中学校の社会科や高校の歴史綜合のような近現代史を扱うことはなく、寧ろ私が管理職になってから、社会科の授業では近現代史を先生方がどう扱っているか気になっていました。まさに時代が動いていて、今なお結論が出ていない事柄を、自分の主張を交えて生徒に伝えることは危険だと私は何人かの教員に伝えたことがありました。それこそ教育の現場では「知的廉直」を貫くことが賢明と私は考えています。思考の土地を耕す時期が過ぎれば、鋤を剣に持ち替える時がやってくるかもしれず、既成の概念に反旗を翻すこともあるでしょう。成長の過程には教室が不必要になると感じることもあるはずです。個人差はありますが…。
2026.04.07 Tuesday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第4章 ピクチャレスクと建築」の「6ピクチャレスク・コテージの進展」を取り上げます。「コテージは田舎の教会同様に『田舎の自然を飾る』のに『最もふさわしい装飾』であるとモルトンは説明しているが、提案されているデザインを概観すれば、彼の念頭にあった理想像の基盤は紳士用の装飾コテージではなく、労働者用の住居だったことは明らかである。ただし、コテージに不可欠の要素として彼が挙げるのは、『みすぼらしさ』とは正反対の、快適さ・豊かさ・清潔さ・満足感・微笑み、などの要素である。~略~『その土地の周囲の状況』に合わせて建てるということは、建設地で入手可能な建材を必要性や必然性に応じて組み換え、建設地の環境に合うように調整するということだと考えられる。また彼は、その建物内で暮らす住民の使い勝手を最優先することで建物外部の形が決まってくるようにすべきだとも言っていた。つまり、彼が強調したのは住民の生活スタイルと住環境との、そして建築物と周囲の自然環境との調和だった。~略~ガンディーはピクチャレスクに軸足を置きながらも、ちょっとした工夫で『規則的であるもの』は『ピクチャレスク』に変えうるし、その逆も可能であるとする。つまり、建物の古典的規則性とピクチャレスク的不規則性という、相反すると見なされて来た二つの価値を融合させたところに、ガンディーは建築の理想を見出そうとしたと言ってよいだろう。~略~ヴァナキュラー(※日本で言う民家のこと)なコテージをピクチャレスクの一つの基準にするという考え方がモルトンから始まり、そこにナショナリズムに後押しされた『オールド・イングリッシュ』が持ち込まれ、ピクチャレスクはさらに変化していったのではないかと考えられる。ヴァナキュラーも『オールド・イングリッシュ』も定義が曖昧で、両者の区分も明確ではない。P・F・ロビンソンの『農業建築のデザイン』で示される最初の二つの労働者の住居は『簡素』な形で『最小規模』のコテージである上に、『オールド・イングリッシュ』様式であると説明される。」今回はここまでにします。
2026.04.06 Monday
イラン情勢を巡る報道や、物価高に纏わる世知辛い社会の動向が、日々の新聞に溢れています。私はオールドメディアと呼ばれている新聞やテレビ報道を信じる世代のためか、一日1度は新聞に目を通すことが習慣です。新聞には時事問題の他にあらゆる記事があり、それが視界の片隅であれ、情報として入ってくることが結構大切だなと思っていたりしています。今回も社会問題ではなく、肩透かしを食らう記事が目に留まりました。「天声人語」より抜粋いたします。「高知県四万十市の中村地域では、喫茶店の朝食セットのトーストに山盛りの砂糖を添えるのが定番だという。いまどき、そんなところがあるのか。現地に向かった。記事を書いたのは高知新聞の富尾和方記者だった。53店を調べ、うち19店で砂糖の山を確認した。だからなんだと言われると困るが、本人いわく『記者がおったからこそ書ける記事』を狙ったとか。地元の人には当たり前の光景らしい。なぜ砂糖山なのか。街で尋ねたが、はっきりとは分からない。『文化ですからね』と創業半世紀の店の主人は言った。『ここの人たちは甘いのが大好き。しょうゆも甘口』と別の店主。『食べると元気がでる。コーヒーにはスティック4本や』という常連客もいた。『残念なことに、世の中にはただ単に健康によくないという理由だけで、多くの美味なものを簡単に斥けてしまう傾向がある』。作家のマーク・トウェインは自伝で嘆いた。いまの時代には響かなくとも、何か惹かれる言葉である。」記事を読んで、最近の我が家でも砂糖の山を見ることはなくなったなと思いました。朝のコーヒーは無糖、夕食後たまに飲む紅茶も無糖。私も甘党なので、大好きな和菓子か果物で糖分を採っていることに今さら気づきました。その他に朝のトーストは手製のジャムで、これは結構甘いのですが、近所の奥様が毎年作っていて、我が家にもお裾分けをしてくれるのです。ジャムの元になっている柑橘類は亡父が残した夏ミカンの木です。それに大変な手間をかけて作られているジャムは販売されているジャムより美味しいと感じるのは、私が植木に思いを寄せる贔屓かもしれませんが、奥様はきっと砂糖の山を前にして腕を振るっているはずです。
2026.04.05 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日の内容は映画鑑賞で、漫画が原作の実写版です。昨日の夕方、その漫画を紹介してくれた教え子を誘って、私は横浜市鴨居にあるエンターテイメント系映画館に「ゴールデンカムイ網走監獄襲撃編」を観に行ってきました。映画の舞台になった網走監獄は広大な敷地に作られたオープンセットで、これは網走刑務所の地形を全てスキャニングし、VFXチームによってリアルな世界観が表現されていました。こうした映画作りに制作陣の本気度が見られて、日本の映像表現もハリウッドのようになってきたなぁと思いました。個性的なキャストも際立っていて、観客を飽きさせないドラマを生み出していました。網走監獄での群衆アクションは見どころのひとつで、激しい虐殺が繰り返されていました。物語としては明治末期の北海道で、莫大なアイヌの埋蔵金を巡る争奪戦を描いたものです。歴史上の人物やら架空の人物が幾重にも重なり合った血生臭い展開が、家内はどうやら苦手なようで今回の映画鑑賞は遠慮すると言ってきました。私も物語そのものはあまり好きになれませんが、アイヌ文化に興味があり、その風習やデザインに、嘗て北海道を旅した時にアイヌの村落に行って興味を持ったことが契機になっています。その村落は観光化されたところでしたが、とりわけ私は木彫や織物に惹かれました。そのアイヌ文化に触れる箇所が映画にもあって、独特な食文化を紹介しています。映画の本筋とは関係ないところで、面白みを感じてしまう私は、本当の意味でこの映画のファンとは言えないのかもしれませんが、アイヌ文化を伝承するという趣意が出て来るところは、私にも理解できます。埋蔵金を争奪するというテーマはドラマとして組み立てられたもので、その先にアイヌ文化の継承が連なっているのではないかと私が想像するところです。