2026.08.22 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週も来年に向けた新作陶彫の土台部分を作っていました。新作陶彫は塔を作ろうとしています。その一番下になる陶彫部品が今週で6点完成しました。陶彫作品は成形して彫り込み加飾をした後、乾燥させてブロックサンダーで指跡を消し、化粧掛けを施して窯に入れます。窯内で高温に耐え、素材は石化して窯から出てきます。そこで初めて完成になるので、現状の成形と彫り込み加飾が出来た段階では、厳密に言えば完成ではありません。ただ、立体として成り立たせるために一番集中力を使って造形していく過程が、成形と彫り込み加飾なのです。この工程を経ると作品全体の方向性が見えてきます。来年のうしお画廊に設置するであろう新作の空間演出が見え始めてきたというのが正確なところです。6点の陶彫土台を見渡して、塔の数はこれでいこうと決めました。今年の「発掘~六蹟~」も6点で構成された集合彫刻でしたが、来年も6点の塔が点在する空間が、画廊の広さを考えるとちょうどいいのかもしれません。そこで次の制作工程としては2段目にあたる陶彫部品を作っていくことになります。土台に組み込むため、土台よりやや細めの陶彫部品を作るのです。これはまた土練りをして陶土の準備が整ったら、来週から始めることになりそうです。今週は後輩の木彫家が頻繁に工房に来て作業をしていました。彼は教職に就いているので夏季休暇を取得しているのでしょうか、会員である二科展の搬入に間に合わせるため、密度の濃い制作時間を過ごしていました。教職と言えば、退職中学校校長会の結成65周年記念展の打ち合わせが金曜日の午後に「かなっくホール」で行われ、私もそこに出席していました。20名弱の方々が作品を出されることが分かり、案内状の印刷やら会場の備品の確認等を担当者を交えて会議を持ちました。横浜市は美術科校長が少ないため、私は出来る限り協力していこうと思っています。
2026.08.21 Friday
「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)を読み終えました。本書は人形制作や版画を主な表現媒体にしたドイツ人芸術家ハンス・ベルメールの生涯を書いた伝記です。日本でベルメールはそれほど知名度がなく、私は人形作家四谷シモンの個展で、ベルメールの存在を知りました。本書の「おわりに」にあった文章を引用いたします。「ベルメールは覗き見趣味の『色情狂』というよりむしろ、『臨床の誘惑とイメージの魔力に憑かれた詩人』として理解されるべきであろう。その作品と個人的な傾向によって彼自身が、今や近代的な想像力の中心と認識される特異な領域の文化的参照となった。~略~生涯においては、貧困と亡命と、そしてプライバシーを堅守しようとする徹底した警戒心にもかかわらず、ベルメールはアヴァンギャルドの主要人物たちと知り合い、共作した。~略~快楽と苦痛との照応関係のネットワークを探求し、自らの芸術により肉体と精神の従来の区分けを問い直そうと試みるとき、ベルメールは、現代人の精神的傾向とかかわる自己同一性という観念の徹底した革新行為に参入している。このことは、性とポルノグラフィに関してであろうと、ジェンターと表象に関してであろうと、聖愛と俗愛に関してであろうと、なぜ彼の芸術が現代の様々な議論でほとんど言及されることがないかを明かしている。」私は20代の頃に、アンダーグラウンド演劇に心酔し、唐十郎率いる状況劇場(赤テント)に通い始めました。その芝居で女形を演じていた四谷シモンに注目し、彼が人形作家であるのを知りました。彫刻として人体塑造をやっていた私はリアルで妖艶な四谷シモンの人形作品を見て、魂がある彫刻と、がらんどうの人形に不思議な対極性を見取り、何物にもなれる人形の魔性にも惹かれるものがありました。その原点にベルメールがいて、自分の中に存在し得ない雰囲気が妙に印象に残ったのでした。当時は自分では説明がつかなかった何かが、本書によって丁寧な論述がされていて、今回で何となく腑に落ちたように思います。自分の若い頃の闇がひとつずつ解明されていくことに己の齢を感じるこの頃です。
2026.08.20 Thursday
「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)の「パリ1955-1975」について、気に留まった箇所を取り上げます。「新聞や美術雑誌におけるベルメールの作品評には、両極へ向かう傾向が見られた。20世紀の他の幾人かの芸術家たちが経験してきたのと同様に、彼のイメージはつねに論争の的となり、書き手たちの論調はそれを偏愛するか、憎悪するかのいずれかに分かれた。~略~生涯の最後の期間を通じて、ベルメールは版画制作に専念した。『ドローイングを銅版に写し、重いリープ・ペーパーに刷るというのは、描かれた鉛筆の線の魅力をひき立てるのに独特の効果をあげるのです』。~略~ベルメールは、リトグラフであろうとエッチングであろうと、版画の様々な技法に驚くべき能力を発揮し、それはかつてグラフィック・デザインに期待された能力をはるかに凌いでいた。しばしば彼は混合技法を使用したが、それによってエッチングとドライポイントは統合され、イメージは版上で厳密な精巧さを獲得することとなった。~略~ベルメールの作品形成において重大な役割を果たした人物は誰かと問うならば、それは間違いなくサドである。ベルメールは、感覚的な満足のために性本能を自由に使用すべきであり、あらゆる人間の精神にひそむ暗い衝動の幻想を自らの芸術を通じて伝達する必要があるというサドの信念に同意した。」ここからベルメールの生活や健康に関わる文章が登場します。「『マリオネット』が刊行された1969年に、ベルメールの健康は深刻なまでに悪化し、ウニカとの関係は極めて危機的な状況に陥っていた。彼らが最初から互いを必要としていたのは疑いようもない。ベルメールは孤独であったから、彼女の友情と激励が必要であった。ウニカもまた孤独で、自分の才能を信じてくれる人を求めていた。~略~ベルメールの長きに渡る重度の喫煙癖と飲酒癖とが健康を損なっていたのは明らかであった。すなわち、かれは重い気管支炎を患い、深刻な腸の疾患を抱え、不眠症にも悩まさせていた。」一時は医師の治療によって回復しましたが、錯綜した精神的な場面ではウニカが自死してしまいました。「1975年2月24日に(ベルメールは)死去し、故人の希望でパリのペール・ラシェーズ墓地にウニカとともに埋葬された。~略~墓碑には、かつてウニカの花輪に添えたのと同じ言葉が刻まれている。『私の愛はあなたを来世にまでも追っていくでしょう』」本書の内容はこれで終了です。
2026.08.19 Wednesday
私は彫刻を作りながら5年前まで教職に就いていました。彫刻では生活が出来ないことで、地元の学校に勤めながら彫刻制作をやっていこうと20代最後の歳に決め、横浜市の採用試験を受けました。教職は片手間では出来ないことも承知していましたが、その頃の私は必死な思いで毎日を過ごしていました。海外に5年間も暮らしていて好き勝手な留学生活の末に、将来に対して暗中模索となり、二束の草鞋生活を選んだのでした。意外にも授業での生徒の反応が面白く、このままこれで時間をやり繰りすれば何とかなるかなぁと思っていたところ、当時の校長から管理職試験を受けろと勧められました。え?と思いましたが、家内から社会で評価されているうちが華だよと言われ、これもチャレンジすることになりました。管理職になっても私には創作活動を止める選択はなく、校長兼彫刻家として年1回東京銀座のギャラリーで個展を企画していただいていました。どうしてそんなことが出来たのか、今でも分かりませんが、全力投球していれば何とかやっていけるものなんだと言うことを私は実践してきました。横浜市の校長を退職すると、自分の都合に関係なく清交会という組織に入ることになりましたが、その清交会が結成65周年を迎えるので記念展覧会をやるそうで、担当している元校長から連絡がありました。その人は初任校で一緒だった人で、彼からお願いされれば断れないので協力することにしました。退職校長会のグループ展「如月会」に私は出品している関係で、65周年記念展も支援することになったというのが本当のところです。実際の搬入采配やら展示には身体を動かさないとならないかなぁと思っています。当たり前のことですが、退職校長会のメンバーは全員高齢です。ただ頭脳が明晰な方が多いので、礼儀を弁えながら行動しようと思っています。清交会名簿の最初の方に掲載されている人は100歳を越えているのでしょうか。たまに連絡がくる訃報によると、元校長は長寿の方が多いと感じます。私の個展に一人で来られた元校長は95歳と言っていました。はっきり言うと羨ましい限りです。結成65周年記念展は9月22日から、東神奈川駅にある「かなっくホール」で開催されます。
2026.08.18 Tuesday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「巧妙だというのは、必ずしもふんだんな材料を次から次へとくりだし使いこなすという点にばかりあるのじゃない。吉田秀和」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「調性や和声、リズムに関しその『安定と動揺の間の振幅を美しく拡げ』たのがモーツァルトだったと、音楽評論家は言う。すぐ聞き飽きる音楽はこの『複雑さの幅が狭い』と。使える材料や環境に限りがあってもそのなかで最大の効果をあげること。家事だってこの緊張が大事で、盛りだくさんが幸せなのではない。『モーツァルト』から。」音楽で言えば、多くの楽器を使ったオーケストラでも、最初はその迫力に驚いても、楽想が単調であれば忽ち飽きてしまう結果になります。クラシックでなくても周囲に流れている音楽を聴いていると、『複雑さの幅が狭い』音楽は数多くあると思っています。それは音楽に限ったことではなく、たとえば料理にも言えるかもしれません。あれこれ料理の素材が使われていても、工夫がなければ本当の美味しさは引き出せないように私には思えます。最良の例として日本の懐石料理は、ひとつの素材に対し、あらゆる吟味を試みて一番適した調理をしていると思っています。そこには味だけでなく、視覚的な効果も狙っています。どんな器に盛り付けるのか、そこに情緒のある風景を出現させ、料理という小宇宙を形成しているのです。それは私が専門としている造形美術にも当てはまります。今や現代アートの素材のバリエーションは豊富で、どんなものでもアートになり得ることができますが、そこに「安定と動揺の間の振幅を美しく拡げ」られた作品がどのくらいあるでしょうか。私も陶彫という素材に拘って長いこと表現をしてきていますが、「複雑さの幅が狭く」ならないように盛りだくさんであるが故に退屈にならないように、究極のカタチを追い求めていると言っても過言ではありません。