Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 「ベルメールとシュルレアリスム」について
    「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)の「ベルメールとシュルレアリスム」について、気に留まった箇所を取り上げます。「1934年のベルメールはヒトラーの支配下に入って間もない暗澹たるドイツで孤立し、いまだ芸術家としては無名で、非難の的になりやすい状況であった。」そこにフランスで興ったシュルレアリスムとの接触がありました。「『現実と想像、動くものと動かないもの、自然と人工の結合を実現すること。それが、シュルレアリスムが掲げた、総体的で刺激的な力を伴う最初の、そして唯一の目的である』。欲望と反逆はシュルレアリスムの本質的な原動力であり、ベルメールの人形はシュルレアリスムの理想的なオブジェであった。~略~ブルトンによる1924年の『シュルレアリスム宣言』以来、シュルレアリストたちは幼年時代の想像力がいまだ『未開の状態』であった特権的な時期と見なしてきた。『未開の状態』とは、教育が組織的に『矯正』しようとするあらゆる種類の印象と連想に敏感に反応する状態である。子供の想像力は、未開人、あるいは分裂病者や霊媒者のそれのように人間の失われた能力の一つであり、シュルレアリストは成人を改造する計画においてそれを回復しようしたのであった。ベルメールの人形は、このような側面から考えても理想的なシュルレアリスムのオブジェであった。すなわち、子供の遊びは実際に回復されていたが、地下領域の驚異と不道徳な力を含みもつ幼少時の世界は欲望と反逆という完全に成熟した形に関連づけられるのである。~略~ベルメールの人形が統括する神話の領域は、無論、エロスの領域である。『シュルレアリスム芸術の発生と展開』(1941年)でベルメールの芸術に言及して、ブルトンは次のように書いた。『そしてまた、永遠に女性的なるもの、つまり眩暈の核心であるが、この場合思春期の少女こそが、人形と分かち合った創造の苦闘とゴーレムの不確実な生へベルメールを投じたのであった』。~略~ハンス・ベルメールがドイツ人であるという事実は、パリを拠点に活動するグループにとってまったく障害とならなかった。むしろ、敗戦国ドイツから賠償金を搾取するフランスの政策とドイツのみに戦争責任を押しつける偽善を告発し続ける、国際的な精神をもったシュルレアリストたちによって、ベルメールは歓迎された。」今回はここまでにします。
    新聞記事より「記録媒体としての和紙」
    昨日の朝日新聞「天声人語」の内容が気に留まったので引用いたします。「修理する仏像の中を開けてみたら、源平合戦の頃の文書がぎっしりと納められていたー。800年以上前のものだ。この文書が、神奈川県立金沢文庫で20日まで公開されていると聞き訪ねた。高さ約1㍍の阿弥陀如来立像の中にあったのは全部で81通。8割が平安末期の貴族、藤原実清の書状だ。筆で書かれた字に重なるように、仏のかたちのはんこがびっしり押されている。当時は亡くなった人を供養するために、その人ゆかりの文書にこうした印仏をして仏像に納めることがあったそうだ。『紙が大変貴重な時代で、残っている文書は少ない。希少な1次史料です』と学芸員。文書のなかには、鳥羽天皇の皇女八条院に仕える実清が、自らの官職とひきかえに子息の昇進を乞うものもあった。これが没後800年以上未来の人に再読されるとは、想像もしなかっただろう。改めて記憶媒体としての和紙の優秀さに驚く。湿気と火、虫には弱いが、保管状態が良ければ1千年以上劣化しない。対する洋紙のうち、19~20世紀に大量生産された酸性紙は100年ほどでぼろぼろになる。デジタルの記憶媒体の多くは、寿命がさらに短い。大量のデータを保存しても800年後にどれだけ再生が可能だろう。私たちの多くが、小中学校で書写を習う。考えてみれば、字の練習にとどまらず、和紙に墨でことばを残してきたこの国の歩みを体験できる機会でもあったか。時には大人も、書を手に取るようなゆとりが持てたらいいのだけれど。」私は情報をキャッチできず金沢文庫の展覧会には行けませんでしたが、記憶媒体としての和紙の優秀さや和紙の手触りを含む魅力はよく分かっています。私は学生の頃からさまざまな和紙を集め、そこに版画を試したりしてきました。失われた私の作品は多いけれど、和紙が劣化したものではなく、作品が気に入らなくて処分している結果です。現在でも自ら印を彫って和紙に押し、それを陶彫作品に貼っています。嘗て紙漉きの体験もしましたが、表面が単一ではなく人の温かみを感じることが出来る和紙を今後も大切にしたいと思っています。
    今年より図録からパンフレットに変更
    昨年までお世話になっていたギャラリーせいほうから、今年はうしお画廊に変わって、私の個展の作品点数や作品の内容にも変化が生じています。今年は大き目の陶彫による集合作品は1点のみ、小品は4点、さらに壁に掛ける平面性の強い作品を4点出品する予定です。作品の表現方法が変わっていく中で、昨年まで作成していた図録も変えることにしました。作品点数が少なくなったのが一番大きな理由ですが、作品が減ったとしてもインパクトを与えたいと私は考えていて、そのために大き目の三つ折りのパンフレットを導入することにしました。作品をより目立たせることを主眼において、存在感のある簡潔なものにしていこうと思ったのがパンフレットにした目的です。私の作品は陶彫部品を幾つか組み合わせて、ひとつのスペースを占有する作品なので、図録なりパンフレットを作ることは作品を紹介する上で必須です。しかも懇意にしているカメラマンにお願いしてデジタル作品としても鑑賞に値するものを作ることにしているのです。私はアナログな世界に生きる彫刻家を名乗っていて、画像化した自分の作品を見ると不思議な感覚に囚われてしまいます。現代はデジタル優勢の時代なので、こうした表現に私の興味が注がれるのです。今晩は撮影をしたカメラマン2人が私の自宅に来て、パンフレット500部を届けてくれました。厚紙に印刷したために三つ折りは私が手作業でやることなりましたが、これも作品と思えば、頑張るしかありません。打ち合わせを横で聞いていた家内が、私の作品に関するインスタグラムを立ち上げようと目論んでいます。インスタグラムに私自身は出ませんが、作品の制作工程なら自分で撮影しても良いかなぁと思うようになりました。どのくらい陶彫に興味を持たれている方がいるか分かりませんが、家内のセンスに頼ってみようかなと思っています。パンフレットは搬入までに準備して、個展に来られた方々に無料配布しようと考えています。
    週末 美術の分類について
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今回は美術の分類について雑感を述べていきます。私は大学で彫刻を専攻し、そこに生きがいを見つけ、何の躊躇もなく彫刻家を目指しました。ところが現代の多様化した美術表現は、絵画や彫刻という枠に捉われない表現が数多くあり、昔から言い慣らされてきた分類が時代に合わなくなってきているように感じています。私が所属する日本美術家連盟も絵画や彫刻という分類から、第1部門、第2部門、第3部門になりました。美術系の大学でも絵画(日本画・油画)・彫刻・工芸(各種工芸)・デザイン(各種デザイン)等に専攻が分かれていますが、横断的な表現ができるように配慮している大学もあるようです。私自身は自らの表現活動についても、彫刻という分類が果たして現在作っている陶彫による集合作品に合っているのかどうか、疑問を持つようになりました。現在は平面意識の強い作品も同時に作っていますが、これは果たして絵画と呼べるのか、自分には分かりません。絵画にしても彫刻にしても、西洋美術として明治時代にその概念がやってきました。それは現代アートのような造形を想定したものではなかったので、表現活動の分類について現代に相応しい語彙や分類に変えていく必要があると思います。とりあえず私は陶彫による集合作品を床に置く作品としてNOTE(ブログ)には書いています。加えて杉板をレリーフにした作品は壁に掛ける作品と称しています。それでも私は一般化した彫刻という言葉が好きなので、自らを彫刻家と自称していますが、壁に掛ける作品の比重が増えてくれば、造形作家と呼ぶことにしようと決めています。完全なる平面作品であるRECORDも私は毎晩作っているので、一日の作業を振り返れば、立体と平面の境がないのが私の発するイメージなのです。今日のNOTE(ブログ)には思いついたことをあれこれ述べてしまいました。それでも私が表現活動の最初の一歩で彫刻を学んだことを後悔していません。そこが核になって現在の私が存在しているからです。
    週末 美術&映画が充実した1週間
    週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週は来年に向けた新作の陶彫部品を作り続けていました。土台となる円筒形の陶彫部品は成形、彫り込み加飾が今日で2点終わりました。新作のイメージが少しずつ具体性を帯びてきて、私は期待を膨らませています。朧げなイメージが確かな形態となって見えはじめてくると、私には迷いがなくなります。彫刻制作の第一歩としては良い状態を示しているからです。どんどん作っていきたい衝動に駆られますが、このところの気温の上昇と湿気の多さで、工房に長く留まることができず、持参した水分がなくなったところでその日の制作は終了となります。若い頃のように気合だけで制作を継続すると、身体に負担がかかることも承知しています。まずは制作の第一歩なので、焦らず無理をせずに進めていきたいと思っています。さて、今週は鑑賞が充実していました。早めに今年の個展準備が終わっていたので、時間的な余裕があったのが要因のひとつですが、見たい展覧会や映画があったことも良かったのでした。美術鑑賞としては渋谷区広尾にある山種美術館で「川合玉堂」展に行ってきました。日本の原風景を緻密な技法で描いた作品は、日本絵画の貴重な財産であり、そこに懐かしさを感じる世代としては私が最後の世代かもしれないと思っています。玉堂の墨の運筆に私は暫し見惚れてしまいました。映画鑑賞としては横浜市鴨居にあるエンターテイメント系映画館に「キングダム 魂の決戦」を家内と観てきました。本作はその日が封切りだったので、かなりの観客がいましたが、面白さに溢れていて心底楽しめた時間でした。実は1週間前に家内の誕生日があって、何かして欲しいものがあるかと聞いたら、鰻が食べたいというので、映画を観た帰りに鰻屋に寄って白焼と蒲焼が半分ずつ入った鰻重を食べました。家内も私もこの歳になると誕生日を祝うことはなく、末永く生きていたいと願うようになりました。私の創作活動はまだ始まったばかりで、あと何十回誕生日を迎えたらゴールが見えるのだろうと思っているのです。