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  • 新聞記事より「失敗する権利」
    今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「決定的に重要なのが『失敗する権利』の保証である。  山本宏樹」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「暴力が多発する学校への監視装置の導入をめぐる議論は、統制のための監視か、生徒の自主性と安全確保のための見守りかで分かれる。だがそれは管理する側の論理。生徒は失敗を通じて学び直すのだから、自ら安全設計に参画し、関係を修復する過程を経験する権利があると、教育社会学者は言う。論考『子どもの〖見守られる権利〗を設計する』(『現代思想』4月号)から。」私が教職に就いた時代は、全国的に学校が荒れていて、横浜でも例外ではなく、マスコミに取り上げられた浮浪者襲撃事件に加担した学校に私は赴任しました。当時も高圧的な指導では教育を正常化することが出来ず、先生たちは辛抱強くひとり一人の生徒の心に寄り添おうとしていました。当時は働き方改革の発想はなく、いついかなる時も連絡が入れば、生徒の元に駆け付ける体制が出来ていました。生徒に「失敗する権利」があれば、それによって迷惑がかかる生徒もいて、彼らにも「まともに学習する権利」が存在します。まともに学習する生徒はモノを申さぬ衆で、その同調圧力に対し、失敗し迷惑をかけた生徒はそこに居られなくなるという事態も起きてしまいます。「失敗する権利」の保証は、なかなか一筋縄ではいかない難しさがあります。他人に迷惑がかからない自分だけの失敗は、やがてそこで学んだものが人生の糧になるので、やり直しは大変有効です。「失敗する権利」が大手を振って歩いているのは学校教育の特徴で、うまくいったことより、失敗したことの方がより深い学びに繋がっているからです。失敗をリセットしてやり直そうと考えがちですが、リセットしてもゼロにはなりません。労力を使ってやり直すことが良い結果を残すことになることが多いのです。
    世田谷の「田中信太郎展」
    今日の午前中は工房で制作をしていましたが、午後になって家内を誘って、東京の砧公園にある世田谷美術館に出かけました。私たちにとっては久しぶりの砧公園散策で、新緑を味わいながら散歩を楽しみました。当館で展覧会を開催している造形作家田中信太郎は、私の師匠の世代に属する人で、7年前に逝去されています。私のように具象彫刻から抽象へ移行した行程とはまるで異なるキャリアを持ち、10代から20代にかけていきなり廃物を使ったアートで注目をされたようです。私が田中信太郎を知ったのは簡潔な直方体が空へ延びる野外作品で、その清々しい造形が印象に残っています。本展も作家の歩んだ軌跡を振り返る展示になっていて、現代アートが点在する展覧会は私にとって久しぶりでした。美術館の大きな空間にメッセージを極端に切り詰めた概念的な作品があり、とても映えていました。そこに添えられたコトバも作品の存在を雄弁に語っていました。図録に面白い記事があったので引用いたします。「田中信太郎の作品をそれと知って見るようになったのは、二紀展の作品よりだいぶ後、ネオ・ダダのグループ展でのことで、1961、2年の頃である。人形や薬カンや玩具のピアノなどの廃物を平面的にならべ、白い絵具を塗りつけた作品などが印象に残っているが、荒川修作、篠原有司男、工藤哲巳、三木富雄、吉原益信らの読売アンデパンダン展やネオ・ダダの中心人物たちの周辺を、うろうろしていた少年という記憶が強い。~略~気弱な弟、うろうろしていた少年の田中信太郎が、ネオ・ダダの嵐のあとで、気が付いてみると、もっとも純粋な『表現』の地帯に残っていた、あるいは、そんな地帯を切り開いていたのは、戦後美術史の別の一齣である。いまでは、ネオ・ダダ時代のことを持ち出すのがおかしいくらいに、この作家は純度の高い形態とシンプルな素材を用い、最小限の言葉つきで、繊美な感受性を伴った世界を静かに展開しつつある。」(東野芳明著)その純度の高い形態が並ぶ展覧会場を行きつ戻りつして、作品の周囲に漂う空気感をも私は味わっていました。
    「ロマネスクの美 」について
    「ロマネスク美術革命」(金沢百枝著 新潮選書)の「終章 ロマネスクの美 」の気に留まった箇所を取り上げます。「封建領主がそれぞれの地域を治めるようになると、教会もそれに応じて増えていった。新しい領主は新しい村を興し、新しい村は新しい教区に属し、新しい教区には新しい教会がなければならない。もちろん、新しい教会には新しい洗礼盤、新しい祭壇、新しい聖書が要る。新しい美術はかなり具体的なかたちで必要とされ、待ち望まれていたのである。~略~ヨーロッパを南北に分かつ、地中海の文化とケルト・ゲルマンの文化、このふたつの異文化が民族大移動によって出会ったのが古代末期(4世紀)だったとすると、両者の融合が始まったのはカロリング期(8世紀)、一般化したのがロマネスク期(11世紀半ば~12世紀)だったと言えるだろう。~略~ルネサンス的な美的規範が優勢であり続けたおよそ500年間、つまりごく簡単にいえば近代において、人々がロマネスク美術に目を向けず、関心を払ってこなかったとしても一向に不思議ではない。現実世界の再現に頓着しないロマネスク美術は、遠近法にも解剖学にも用がないのだ。ロマネスク美術の作り手たちは、人体のプロポーションを自在に変えることができたし、画中の奥行きなど意に介さず構図を決めることができた。キリストの威厳、マリアの愛、聖人の喜び、地獄の苦しみ。絵画や彫刻は、こうした是非とも伝達したい主題や感情を簡潔かつ的確に表すための、見る者へ向けたいわば直球勝負だった。~略~ながらく忘却されていた、ロマネスク的な異なる美と価値。それが『再発見』されたのは、産業革命と機械化によって社会と風景がおおきく変貌し、そこで失われてしまった何かを取り戻そうと、ヨーロッパが自己を相対化し始めてからのことである。」私が高校生の頃は、ルネサンス期の写実表現に近づくためにデッサンの修得に終始していました。それが大学受験の課題でもありましたが、その時稚拙と思えたロマネスクは、その後次第に私の中で存在感を増し、あらゆる様式の中でロマネスクが徐々に好きになってきました。それがどうしてなのか、私自身にもう一度問いかけてみようと思っています。次回は本書のまとめを述べていきます。
    週末 「炭景」の造形的背景
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日から壁に掛ける作品4点の画面にそれぞれ絵の具を用いて、杉板のレリーフとコラボレーションする背景を描くことになりました。杉板は幾何的文様を刳り貫いていて、しかも表面を炙って炭化させています。当初のイメージを振り返って、その意図に見合う題名を「炭景」としました。「炭景」というコトバは私が考案したものですが、別の意味があるかもしれず、念のためAIで調べてみると「炭を素材にしたインスタレーションや彫刻で『炭の風景』を構成している」とあり、ベストな造語であることが分かりました。背景となる下地には杉板の幾何的文様の要素を取り入れて、幾何的抽象作品にすることを決めました。幾何的抽象作品は前世紀に新造形主義を提唱したモンドリアンが創り出し、一方でドイツのバウハウスは教育内容にも取り入れていました。その成果として、現在ではデザインに幾何的抽象的な要素が多く見られ、私たちの生活に潤いを与えています。今では当たり前な美的要素ですが、この使い古された幾何的抽象的な要素を私が敢えて使う理由は、私自身が先端的なアートの価値観を求めず、旧態依然とした要素でも私の主張する造形が充分成立すると考えるからです。私は壁に掛ける作品にしろ、床に置く作品にしろ、己の中に湧き上がる視覚的イメージを大切にしていて、その具現化を図るためにさまざまな素材に挑んでおります。炙って炭化させた杉板は、床置きにする陶彫作品との繋がりの中で考案したものです。陶彫は土を窯で焼成して作り上げる作品ですが、その陶の肌触りと炭化した杉板の肌触りが微妙に相まって、独特な雰囲気を醸し出します。今回は別々の作品でそれを表していますが、作品によっては陶と炭化木材を組み合わせたものも多くあります。そこに理屈はなく、私自身の感覚によるものなので、何故と聞かれると返答に窮しますが、造形作品には論理的でないものも存在するとしか言いようがありません。
    週末 平面下書きの1週間
    週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週も相変わらず毎日工房に通っていました。仕事が素材を伴う立体的な作業から平面に下書きをする作業になり、この下書きを決定して色彩を施せば、壁に掛ける4点の作品は完成となります。壁に掛ける4点のパネルには、それぞれ杉板に文様を刳り貫いたレリーフを貼り付けていくことになりますが、その炭化した杉板をどう生かしていくかが現在取り組んでいる課題です。炭化した木材の質感と絵の具による平面の質感、それは炭化した木材の効果を上げるための背景と考えがちな色彩面になりますが、実際はそこに敢えて主従の関係は作らないようにしようと目論んでおります。適当な調和は画面を退屈にするからで、コラージュを予定している杉板を一旦除けて、まず画面だけでも充分見せられる表現にしようと思っています。杉板に合わせるのは文様の要素だけで、平面としてはその要素を使い、画面上では終わらない永遠のパターンを考えました。パターンに左右対称はなく、画面の枠には収まらない文様をイメージしました。鉛筆による下書きに1週間以上も費やし、直線や曲線を交差させ、都市の地図のような平面作品を作りました。そこに杉板を置くと刳り貫いた文様から下地の地図が見えて、面白い雰囲気になるのではないかと考えると、ちょっぴり楽しくなってきます。来週から彩色が始まりますが、平塗のグラデーションを多用して強弱をつけていこうと考えています。その強弱のついた色彩が壁に掛けられると、おそらく空間として錯視されるのではないかと思っています。最終的な仕上げとしては杉板との関係性を狙った効果的な彩色を施します。現在、下書きが終わった時点で、最終完成をイメージしていますが、果たしてどうなるでしょうか。平面的な仕事に関して私は経験が浅いので、なかなか思い切った処置が出来ませんが、ここはひとつ自分に賭けてみようと思っているところです。