Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 世田谷の「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展
    昨日と同じく今日も私は午前中陶彫制作をやっていました。午後になって家内と東京世田谷の砧公園にある世田谷美術館で開催されている「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展に行ってきました。本展は人類学者と陶芸家夫妻がアフリカで収集した手工芸品を展示した内容で、アフリカの仮面が好きな私は嬉々として出かけました。横浜中華街にも「チャイハネ」という手工芸品を販売している店があり、店内ではアフリカの布や造形を手に取っていました。展覧会に出品された手仕事の背景を知りたいと思った私は本展の図録を注文しました。パンフレッドには「ヨーロッパ・西アフリカ・日本という3つの異なる視座から文化を見つめ、口頭伝承が豊かに息づく社会を調査するかたわら、人々の暮らしの道具からうかがえる世界観を洞察した人類学者・川田順造(1934-2024)。1970年代、夫の川田の調査助手として西アフリカのサバンナの国・ブルキナファソで3年半生活し、帰国後は独自の『うつわ』の制作により国内外で高く評価されてきた陶芸作家・小川待子(1946-)。ふたりが主に現地調査のなかで集め、日本に持ち帰ったさまざまな手仕事は、1980年代にその一部が公開されて以来、長らく展覧の機会がありませんでした。」とありました。今回展示された手工芸品を眺めると、私が好きな仮面だけではなく、儀礼用の楽器、草で編んだ籠、藍や泥で染めた布など生活のあらゆる日用品があって、その民族がもつ美意識に惹かれました。アフリカの野趣溢れる造形は、どうして創作活動に意欲を齎すのか、20世紀を代表する芸術家ピカソ然り、シュルレアリストのブルトン然り、その根源にある生命力に理由があるように思います。和楽器をやっている家内も、展示されている楽器を手に取って音を出してみたいと言っていました。その音楽もその風土で生きる人々の音程やリズムに裏打ちされたもので、舞踊もそれに伴って身体を動かしていくのでしょう。図録が届いたなら、学術的背景を読み込んでいきたいと思っています。
    映画「ヒトラーの毒見役」雑感
    今日の午前中は工房で陶彫制作に勤しみ、午後になってから家内と横浜の中心街にあるミニシアターに映画「ヒトラーの毒見役」を観に行ってきました。平日にも関わらず映画館は観客で溢れていて、ほぼ満席状態でした。本作を私は新聞記事によって知りましたが、そうした情報を得た人が多かったのかもしれません。図録に「2012年、95歳のドイツ人女性マルゴット・ヴェルクが亡くなる直前に、生涯隠し続けてきた秘密を世界に明かした。彼女は2年以上にわたって、”狼の巣”に潜んでいたヒトラーのために毒見をさせられていたというのだ。」とありました。この証言を基に本作がまず小説として執筆され、更に映画化されたものでした。映画を観ていて私は、この物語のどこまでが証言によるものなのか、ほとんどドラマのように思えていましたが、原作者がヴェルク夫人に取材を試みていたところ、当の彼女は既に亡くなっていたので、専門家の協力を得て小説を書き上げたことが分かりました。それでも映画を作る上で、リアルを追求したことが図録にあって、戦時下のドイツで女性たちが被った暴力等も真実に近かったのだろうと私は感じました。「これは歴史の暴力に巻き込まれた若い女性たちの『小さな』物語なのだ。彼女たちを翻弄した戦争は、残念ながら今日の私たちにとっても他人事ではない。ヒトラーの毒見役の存在がどこまで事実かどうかは明らかになっていないが、長い年月を経て、戦争における搾取について声を上げた女性がいたということが重要なのだ。」図録にはこんな文章がありましたが、悲惨な戦争の裏側にはさまざまな事件が隠されていることは疑いのない事実でしょう。今日は広島原爆投下の日にあたりますが、こんな日に本作を観て、戦争について考える機会を持てたのは、私にとっては重要な巡り合わせだったと思います。ミニシアターで上映される作品で私は知識を得ることもあり、一概に映画と言っても多様な表現があって、自分自身は豊かになれると思っています。
    「イマージュの解剖学」について
    「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)の「イマージュの解剖学」について、気に留まった箇所を取り上げます。「『イマージュの解剖学』でベルメールは、少なくともメタファーとアナロジーの源泉については生理学的に、そして構造的に説明しようと努めている。そのようなシステムは身体に根づき、肉体の感覚とエロティシズムであまねく染めあげられている。肉体の欲求を満足させようとする努力こそが、メタファーの創造を、つまるところは知のあらゆる形態の創造を動機づけるエネルギーを供給することとなると彼は論ずる。~略~『イマージュの解剖学』の趣意は、非合理についての論説であると同時にある種の豊穣な非合理主義の実例でもあるという点で、ブルトンによる1924年の『シュルレアリスム宣言』を想起させる。~略~『イマージュの解剖学』は、肉体的無意識において作動する機構と人間的な表現を際立たせる過程とを描写するであろう。肉体と精神を連結させるこの機構を知れば、どうしてあるイメージ群が、表面上は非合理であろうとも、不可解なほど確実なものとして印象づけられているのか、そしてシュルレアリストたちが『痙攣的』と称した不穏の感覚をさえ呼び覚ますのかが明らかにされるだろう。~略~『イマージュの解剖学』を通じてベルメールは臨床の領域と芸術の領域を交互に行き来して語っている。というのも、想像力は肉体それ自体に根ざしているからであり、臨床的な徴候と詩的な、あるいは図像的なメタファーは、欠乏と欲望の接合によってひき起こされる転移においては類似しているからである。~略~ベルメールは個人の主体性=同一性と知覚の活動に関する問題について、思索を深めていく。彼によれば、知覚の活動はしばしば、われわれの側で主体的に選択されるものと考えられている。そしてイメージは、自我の側と外部の現実世界の側との間でふたたび舞台の中心を占める。『夢想はことごとく、自我の輪郭から逃れようとする唯一執拗な本能へと回帰する』と彼は断じる。」今回はここまでにします。
    新聞記事より「積極的に誤解をする」
    今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「人間は、積極的に誤解をすることで、初めて何かを見いだせるんじゃないか  勅使川原三郎 」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「『滑って転んで間違えて。むなしくて、からっぽで、お手上げになって』と続く。正しい理解を蓄えるより、『間違えるという愚かさ』を引き受ける中で、人は思いもよらぬ景色と出逢い、救いを得もするとダンサーは言う。辻褄を合わせるより、『人々が正解とする世界から足を滑らしてしまう』方がよほどいいと。本紙7月30日夕刊『楽しむ』面でのインタビュー記事から。」創作ダンサーは身体の動きやリズムを探っていく中で、失敗を受け入れ、さらに高みを目指すために、妥協をしない(つまり辻褄を合わさない)道を選ぶのだろうと思います。それは自分自身を追い込んでいく辛さがあって、肉体をあと少しで破壊することになるかもしれない境地を味わうのでしょう。私も曲がりなりにも創作に携わる者として、幾度となく失敗を受け入れてきました。自分が納得する基準をどこにおくのか、今作っているものがついにカタチにならなかったとしたら、どうしようか、苦しい局面に立たされることもありました。正解はないけれど、きっとこれが一番良い方法だろうとイメージしながら日々創作していますが、記事にある「思いもよらぬ景色と出逢う」ことが最上の喜びなのかもしれません。創作活動に限らず、どんな仕事であれ、紆余曲折した先に思いもよらぬ景色があれば、人はそれだけで今までの労苦が報われるような気がするものです。「積極的に誤解をする」ことや「間違える愚かさ」は、その境地に達しないと経験できないと私は考えます。教職に就いていた頃、授業で生徒に失敗してもいいよと言っていた裏側に、あなたは目の前にいる生徒より、失敗に対する積極的な受け入れがあるかを自問自答していました。カタチを成さなくなる結果は何を齎すのか、そこで自ら辿った道がどうだったのか、もう少し生徒に考えさせる時間を与えたかったと今でも悔やまれています。
    新聞記事より「組織を率いることは…」
    昨日の朝日新聞「天声人語」に掲載された記事に注目しましたが、これをNOTE(ブログ)で扱おうか迷いました。政治色のある記事を載せないと決めていたのですが、余りにも身近な話題で、しかも私は横浜市民であり、5年前は校長という立場でもあったので、記事を載せることにしました。「英語で『パブリックサーバント』という言葉がある。公衆に奉仕する者という意味で、日本語では『公僕』と訳される。公務員や、ときには政治家も含めて使われる。そんな公僕が集まる市役所で、ひどいパワハラが起きていた。横浜市の山中竹春市長が先日、第三者による調査で、様々なパワハラをしていたと認定された。報告書に書かれたハラスメントの数々に驚いた。怒鳴る、書類を投げるにとどまらず、職員を、人間のクズ、ポンコツなどと呼んだ。特に深刻なのは人事を使った脅しだ。職員の異動を『粛清』と言い、心身の不調で退職に追い込まれた人もいた。人材が失われ、業務が滞れば、その被害者は376万人の横浜市民だ。ある職員は『自由にものも言えず、恐怖政治が敷かれたような職場だった』と打ち明ける。でも、やりがいのある仕事だから我慢してきた、という言葉に胸が詰まった。そんな中で声を上げたのは、現役の人事部長だった。助けを求める人たちを前に、『逃げてはいけないと思った』。容易な決断ではなかったはずだ。告発した人が不利益を被らないように、守れる社会でなければと思う。組織を率いることは、まず部下に奉仕することである。周囲の信頼を得られれば、人は自然と付いてくるー。半世紀前、そう説いたのは、米国のロバート・グリーンリーフだ。組織論を研究し『サーバントリーダーシップ』という言葉を広めた。奉仕する者となり、信頼回復できるのか。市長は問われている。」私が校長だった時代に、自分はどうだったのかを振り返る貴重な記事で、職員ひとり一人との向き合い方を自分に問いかけました。自分が人の上に立つことで自分を過大評価していなかったか、実務を担当する人の気持ちを理解していたか、職員との溝はなかったと自分では思っているけれど、全員が自分と同じ方向を向かせることに無理があったのは私自身はよく分かっていたと思っています。リーダーシップとは何か、未だに私には明確な答はありません。