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  • 週末 5月の制作目標
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今回は5月になったので今月の制作目標について述べていきます。現在ゴールデンウィーク真っ只中で、高速道路は渋滞が発生しております。私は工房で制作三昧を決めていて、相変わらず創作中心の日常生活を送っています。今月は夏の個展に出品する作品の完成を目指します。陶彫部品で構成する集合彫刻1点は既に完成していて、多少修整はあるものの現在は工房の隅に置いてあります。陶彫による小品4点も完成しています。今月頑張るのは、壁に掛ける4点の平面作品の完成です。この4点は1点ずつに炭化した杉板をコラージュするもので、杉板は既に完成しました。その杉板を生かすための下地を油絵の具で塗装する作業が残っています。4点のパネルにジェッソを塗っていて、そこに鉛筆で下書きをしている最中です。写実的なモティーフではないので平塗を基本にしようと思っていますが、最終的な技法については今後の思索の中で決定していきます。これは絵画的な仕事だなぁと思っていて、いくら素材を生かすためとはいえ、自分の中ではあまりやってこなかった運筆による作業なのです。そこに色彩もあり、RECORDの制作を思い浮かべながらやっていこうと思います。今月はRECORDにも拍車をかけるつもりです。1日1点ずつ葉書大の平面作品を作ってきたRECORDですが、最近は遅れ気味でちょっと焦っています。これは発想力が求められるので、RECORDの継続は自分にとって大変有効です。焦らず休まず、ではなく、焦りながら休まず、やっていく所存です。今月の鑑賞も充実させたいと思っていて、既に初日で3つの展覧会を回りましたが、まだまだ面白そうな展覧会や映画等があったら、どんどん出かけます。読書は現在ロマネスク関連の書籍を読んでいますが、結構楽しくて、自分なりに拘ってみたいところが随所にあります。とりわけ教会建築は興味津々で、もう一度ヨーロッパに行ける機会があったら、思いきり味わってきたいなぁと願っています。
    週末 鑑賞三昧で過ごした1週間
    週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週は4月から5月へ移行した1週間でしたが、ゴールデンウィークが始まっていて、テレビの情報番組では高速道路の渋滞情報を流しています。嘗て私が教職に就いていた頃は、連休で制作時間が確保できて嬉しさでいっぱいでしたが、現在の自分の状況では混雑する観光地には行かず、ずっと工房に籠っていようと思っています。さて、今週は鑑賞三昧で過ごした1週間と言わざるを得ないほど、東京から横浜まで美術館を巡っていました。新作の制作では壁に掛ける4点の平面作品の下地に絵の具で塗装を施すため、その下書きをやっていました。それより今週は木曜日の午後と金曜日の丸一日を使って4つの美術館を巡ってきました。木曜日に出かけたパナソニック汐留美術館で「ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶」展は、舟越保武の彫刻に触発されて、その宗教性を考えるためフランス屈指の宗教画家の展覧会を見に行ったのでした。金曜日の午前中は国立新美術館で開催している「国展」に行きました。教え子が工芸部門に染めを出品していて、彼女にとっては祝うべき初入選なのでした。その後、サントリー美術館の「河鍋暁斎の世界」展を見に行き、河鍋ワールドの毒気にあてられそうになりながら、画風を大いに楽しみました。六本木駅から日比谷線、東横線、みなとみらい線に乗り継ぎましたが、実はずっと繋がっていて乗り換えなしで、みなとみらい駅まで到着しました。鉄道路線は便利になった反面、行程が長くなったせいか事故等で遅れることが屡々あります。みなとみらい駅で下車し、横浜美術館の「今村紫紅」展に行きました。私の地元の美術館なのに、当館がリニューアルして初めて訪れた美術館でした。確かに壁が綺麗になっているなぁと思いました。今村紫紅は横浜出身で35歳で夭折した日本画家で、その筆致はきめ細かく、また大胆な構成もあり、革新的な画風を味わいました。「国展」を除く他の3つの展覧会について詳しい感想を追々書いていくつもりです。
    5月初日は美術館巡り
    5月になりました。5月の制作目標は別の機会に回すとして、今日は昨日に引き続いて美術館巡りを行ないました。まず最初に訪れたのは東京の六本木にある国立新美術館で、ここで開催されている「国展」を見に行きました。週末は工房に出入りして染織をやっていた美大生が、卒業制作の染めを「国展」に応募して入選を果たし、その招待状を工房に持参してきたので、彼女の力作をもう一度見てこようと思ったのでした。作品は女子美大卒業制作展で既に見ていましたが、公募団体の中で見る作品がどう映えるのか確かめたかったのが来館の理由です。彼女は就職もするので、翌年は時間が制限される中での応募になり、以前の私と同じ二束の草鞋生活になります。時間が自由に使えた大学生生活とは異なり、厳しい中でも作品の水準を保てるのかが今後の大きな課題です。ただし、彼女には具体的な指標が見えているし、相原工房も使えるので、後は本人の頑張り次第というところでしょう。「国展」(国画会)は100年の歴史がある大きな公募団体で、絵画や彫刻も数多く展示されていました。見て回るだけで疲れましたが、せっかく六本木まで来たので、もうひとふんばりしてサントリー美術館にも立ち寄ることにしました。ここで開催している「河鍋暁斎の世界」展はイスラエル・ゴールドマン氏収集による本邦初公開の作品があり、疲れが吹き飛ぶほどの楽しい展示内容でした。河鍋暁斎の描く魑魅魍魎や蛙や猫に私は何度魅了されたことか。今回も例外ではなく、その描写の巧みさに心が揺さぶられました。詳しい感想は後日に改めます。描写の巧みさという点で言えば、次に向かった横浜美術館で開催されている「今村紫紅」展も、日本画に自由闊達な表現を模索した画家の足跡を辿った展示内容で、享年35歳で亡くなったのが信じられないほどの力量を感じさせてくれました。これも詳しい感想は後日に改めます。今日は東京から横浜まで3つの美術館で開催されていた3つの展覧会を回り、気持ちは充実していました。今月は制作だけでなく、観賞にも頻繁に出かけていこうと思っています。
    制作と鑑賞が充実していた1カ月
    4月の最終日になりましたが、今日は東京の新橋にあるパナソニック汐留美術館に出かけていき、「ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶」展を見てきました。先日新聞に掲載された舟越保武による塑造「ゴルゴダ」が、宗教に導かれた造形の凄さを表していたので、宗教と創作活動を多少なりとも理解しようと思って、稀代の宗教画家であるジョルジュ・ルオーの展覧会に足を運んだのでした。詳しい感想は後日に回します。さて、今月は30日間あって、28日間工房に通いました。工房を休んだ2日間は美術館や映画館に行った日でした。新作の制作状況は、陶彫による集合彫刻が既に完成し、今月は専ら壁に掛ける平面性の強い作品4点に取り組んでいました。その作品にはそれぞれに炭化した杉板を貼り、下地は油絵の具で塗装(描写)するつもりですが、文様を刳り貫いた杉板の炙り作業が終わり、愈々全体構成を考え始めています。今後は絵画的な制作が待っています。今月は制作も頑張ったのではないかと自負しています。鑑賞も制作に劣らず、かなり充実していたのではないかと振り返っています。まず美術展では元同僚が出品している「モダンアート展」を皮切りに「スウェーデン絵画展」(2つとも東京都美術館)、「チュルリョーニス展」(国立西洋美術展)、今日見て来た「ジョルジュ・ルオー アトリエの記憶」展(パナソニック汐留美術館)の4つの展覧会に出かけました。とりわけヨーロッパの画家による企画展は、西洋絵画の奥深さを感じさせる内容で、自分がこれから絵画的な創作活動を展開していくこともあり、大変刺激になる機会を持ちました。映画鑑賞では「ゴールデンカムイ網走監獄襲撃編」(TOHOシネマズ鴨居)は娯楽映画、「ホールディング・リアット」(横浜シネマリン)はイスラエル・パレスチナ問題を扱った社会派ドキュメンタリーで、映像表現の幅の広さを実感しました。制作と鑑賞は車で言う両輪と私は考えているので、今月はバランスよく嚙み合った1カ月だったと思っています。
    「聖堂をいかにデザインするか」について
    「ロマネスク美術革命」(金沢百枝著 新潮選書)の「第6章 聖堂をいかにデザインするか」の気に留まった箇所を取り上げます。「旧サン・ピエトロ聖堂の佇まいは、その建築プランから細部の装飾にいたるまで、後代の聖堂建築に多大な影響をおよぼした。ローマの旧サン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ聖堂やサン・クレメンテ聖堂などは、規模は小さいものの、サン・ピエトロとそっくりな作りである。もちろん影響はローマ市内に限らず、10世紀にはドイツのフルダ修道院、11世紀初頭に改築されたスペインのリボイ修道院、イタリア中部のモンテ・カッシーノ修道院などのロマネスク建築が旧サン・ピエトロ聖堂のプランを踏襲している。サン・ピエトロの身廊は旧約・新訳聖書の物語場面で覆われていたが、その壁面の図像もヨーロッパ中に流布していった。~略~古代ローマの世俗的な集会所であるバシリカに倣い、コンスタンティヌス大帝の建てた二つの聖堂に範を仰ぎ、堂内の聖性を高める工夫を積み重ねながら、キリスト教徒たちはヨーロッパ各地に聖堂を作りだしていった。そして、あの11世紀の建築ブームによってその数は急増し、都市部だけでなく田舎の村々にも次々と聖堂が建てられていった。この新たな聖堂、すなわちロマネスク期の聖堂が古代ローマ建築の遺産を受け継ぎ、これまで確認してきたような起源と定式を踏まえていることはいうまでもない。」ここで北方民族の装飾に論文が移っていきます。「『結び目』は邪を祓い、俗の侵入を許さない『結界』の印なのだ。だからこそ、蛇やドラゴンは、聖なる領域と俗なる領域を截然と分かつ扉口に絡み合って棲みついた。南方ラテン的なものとは異なる、北方ゲルマン的な『聖域の作り方』である。絡み合う動物たちのなかでは、何といっても蛇とドラゴンが、ドラゴンではとくにその頭部が重要である。船の舳先につけた竜頭は護符の働きをなしており、9世紀から10世紀にかけてのアイスランド入植の記録を記した『植民の書』には、『口を開いた頭や広く開いた鼻をつけたまま陸地に向かって船を進め、これによって地霊が怯えるようにしてはならない』とあって、その竜頭の取り扱いに注意を喚起している。」今回はここまでにします。