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  • 週末 映画「雲と大地のはざまで」雑感
    週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行なうところですが、それを明日に回して、今日は家内と観に行った映画について感想を述べたいと思います。横浜の中心街にあるミニシアターは、大きな映画館では扱わない作品を上映していて、私は昔からそうした映画を楽しんできました。今日観たのは南米ペルーの映画で「雲と大地のはざまで」。舞台は標高4000メートルを超えるアンデス高地でアルパカを放牧している一人の少年が主人公でした。ロナウドと名づけた少年のお気に入りのアルパカと牧羊犬が日常生活の一部として描かれる牧歌的な雰囲気と、ペルーがサッカーワールドカップの出場を賭けた試合がラジオや街頭テレビであり、その熱狂ぶりが対比されていました。本作ではその他に重要なテーマが浮き彫りにされていました。図録から引用いたします。「村ではじまった鉱山開発は、そのようなアンデスの人々の世界と生活を根底から揺るがした。祖先の時代から暮してきた土地と離れることは、単に住む場所を移ることではない。神々に守られ、神々と共に生きてきた場所から切り離されることを意味する。~略~鉱山開発はまた、水や土壌の汚染をもたらせてきた。アンデスやアマゾンの先住民地域では、鉱山開発にともなう水銀汚染が、人々の暮らしを脅かしている。汚染は水や土壌、大気、食物を通じて人々の体内に取り込まれ、生存と生の継承を根底から揺るがす。」(細谷広美著)映画全体から受ける印象は、美しい大空と雲の移り変わり、そして雪が残る険しい山脈であり、その前景で草を食むアルパカの群れですが、本作はそれだけではない環境に対する警鐘がところどころに挿まれていました。それでも村人の素朴さが心地よく感じられたのは、変化が激しい日本の現在にあって、私たちがどこか疲れてしまっているせいかもしれません。その素朴な環境が未来永劫守れる保障はありませんが、私たちの足元を振り返る機会を暫し与えてくれるものと思っています。
    秘仏との出会い

    先日、上野にある東京国立博物館平成館で開催している「空海と真言の名宝」展に家内と行ってきました。本展の目玉は何と言っても数々の秘仏の開帳にあります。秘仏とは何か、図録より引用いたします。「厨子などに納め、扉や帳を閉じることで直接拝観が許されない仏像を『秘仏』と呼びます。秘仏は、そこに存在する仏像が見えない状況を人為的につくりだすことですが、厳密な定義がありません。事情はさまざまなのです。~略~『秘すれば花』は日本文化の本質の一側面かもしれませんが、見ぬものを信じろと言われても難しく、秘仏開帳に参詣者が殺到するのも無理からぬ話です。」本展に足を運んだ私もその一人で、美術の報道番組で紹介された瞬間から、これは稀有な機会でもあるので絶対に見にいこうと決めていました。案の定、私のような考えを持つ人ばかりで、秘仏の前には長蛇の列が出来ていました。聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像は二間観音と呼ばれていて、その精巧過ぎる造形に、これを作り上げるためにどんな工具を使ったのか、見れば見るほど人技とは思えない超絶技巧という言葉がしっくりくる仏像で、他に類のないものだろうと思っています。近づいて周囲に目を凝らし、衣文や光背に至るまで文様ひとつひとつにも神経を尖らせて見た仏像は、私にとって初めての体験でした。図録を引用します。「二間観音は後七日御修法の観音供の本尊です。年に一度その役割を果たしますが、御修法自体が秘儀ですので一般には公開されない秘仏です。」(引用はすべて児島大輔著)その他に注目した秘仏は数々ありましたが、妙に色香が漂う姿態が印象的だったのが如意輪観音菩薩坐像です。六臂すべてを含む一木造で、しかも妖艶な姿が秘される要因かもしれないと思いました。何しろ各地の寺院に出かけて行っても、厨子や龕に納められ拝観が許されない秘仏とあっては、この機会にしっかり見ておこうというのが人間の心理で、勿論秘仏に限らず美術作品はどれも一期一会と思っていますが、本展はとくにその心理が顕著に働いた一例だったと振り返っています。ともかく本展では眼が疲れました。私にとって仏像は美術として理解している立体作品で、その証拠に仏像に興味を持った最初が運慶でした。運慶はまさに西洋美術の彫刻的量感を持っていたので私にも理解が出来たのでした。本展の秘仏も少なからずそうした美術的鑑賞をしていると自覚があって、他の鑑賞者が合掌しているのをみて、私は思わず首を傾げました。そうか、これは宗教だった、眼ではなく心で見て感じ取るものなのかなぁとも思いました。

    上野の「空海と真言の名宝」展
    先日、上野にある東京国立博物館平成館で開催している「空海と真言の名宝」展に家内と行ってきました。図録には「宝亀五年(774)に生を受けた弘法大師空海は、令和五年(2023)に生誕1250年を迎えた。」とあり、密教を日本に広めた業績により空海は大師と呼ばれる不動の存在になりました。「密教とは顕教に対して用いられる用語である。顕教は釈迦のような歴史的に実存した応身仏や請願によって成仏した阿弥陀のような報身仏の教えであるのに対し、密教は宇宙の根本である大日如来(=法身仏)が悟りの境地と即身成仏を説き、すべてのものを救う教えなのだと空海自身が『弁顕密二経論』の中で説き明かしている。」密教について簡単な入門書を、嘗て私は読んだことがあって、胎蔵界曼荼羅や金剛界曼荼羅について、それが何を意味しているのか、雑駁な知識とは言え一応理解をしています。そうした両界曼荼羅が展示されているのを見て、私は不思議な懐かしさを覚えました。「真言宗ほど美術の力を認め、活用した仏教教団はないかもしれない。~略~現代に生きる我われは、仏像はすべからく公開されるもの、そして視認して拝むものと思い込んでいるが、造像当初は決してそうではないことがあるからである。たとえば、仏堂の中心的な仏像を本尊と呼ぶが、本来『本尊』とはそうした意味あいよりもむしろ、修法の中心となる尊像を意味した。」(引用は全て児島大輔著)宗教を美術的な鑑賞題材と捉えて、仏像を見て歩く習慣は近現代になって現われた行為であったのが、本展に展示された秘仏を見るとよく分かります。それでも宗派に属さない一般人として、その宗教を理解するには美術的鑑賞に頼るところが大きいかなぁと思ってしまいます。私が教職に就いていた頃、修学旅行の引率として教王護国寺(東寺)に行くのが楽しみでした。講堂にあった立体曼荼羅は、生徒たちが目を見開いて鑑賞するのに十分な迫力があったのでした。「先生、どうして仏像が集団でいるの?」という彼らの素朴な疑問に、どうしたら分かりやすく答えてあげられるのか、密教の輪郭さえ辿れない自分がいてモヤモヤしたのを思い出します。秘仏については稿を改めます。
    上野の「百花繚乱」展
    昨日、上野にある東京都美術館で開催されている「百花繚乱」展に家内を誘って行ってきました。本展には「海を越えた江戸絵画」という副題があり、大英博物館日本美術コレクションによる展示でした。名品ばかりが居並ぶさまは、どこに焦点を当てていいのか、眼が泳いでしまうような驚きがありましたが、その中でも私は日英米の3か国に分かれていた襖絵が150年の歳月を経て再会した絵画群に圧倒されました。日本のものは青森県津軽の旧家に伝わる「春景花鳥図襖」、英国のものは大英博物館所蔵の「秋冬花鳥図襖」、その襖の裏に米国シアトル美術館所蔵の「琴棋書画仙人図襖」があり、これが一堂に集まったのは圧巻で、鑑賞される人も多く、私は人混みを掻き分けて堪能してきました。描かれた当時の狩野派の力量は、全体構成から隅々に至る描写表現にまで、その頂点と言っていいほど多様性に富み、厚く盛られた花びらや鳥の群れにも神経がいき届いていました。図録より描かれた制作背景を引用いたします。「これら障壁画群は、他の障壁画の場合と同様、ひとりで描いたのではなく、棟梁として宗眼重信が自分の造形に従う弟子を率いて描いたはずである。そのため、場所によって多少の筆の違いは生じるが棟梁の画風の範囲に収まる。桃山末江戸初期の狩野派において、山楽、内膳、興以そして宗眼重信といった門人筋の実力絵師たちは、狩野派血筋の絵師たちを力強く支えていた。質量ともに豊かなことが認識された旧・談山神社の襖絵群は、狩野宗眼重信の代表作と言え、より重要視されなければならない。」(山下善也著)こうした襖絵群だけでなく、同展には円山応挙の「虎の子渡し図屏風」があったり、浮世絵に関しては有名な絵師の代表作が並んでいました。日本の美術史を網羅しているような充実した展示に、これがロンドンからの一時帰国展であることを忘れてしまうような錯覚に陥りながら、英国で保存や修繕に力を尽くしてきた多くの人たちに、日本人としては感謝するとともに複雑な心境にもなりました。芸術作品は、どの国のどの時代のものであっても人類の財産として共有すべきものなのだろうと、改めて自覚しました。
    東京上野の大きな展覧会巡り
    今夏、東京で大きな展覧会が2つあり、何とか行きたいと思っていました。私の教え子がお盆期間中に出かけたそうで、その混雑ぶりが凄かったと伝えてきたので、私も覚悟を決めていました。2つとも東京上野で開催していて、一日で巡ることができるのかどうか、今日はチャレンジしてみました。横浜の自宅を家内と朝9時半に出発して、東京都美術館に到着したのが11時ごろ。窓口では鑑賞者の列が出来ていましたが、以前見た「伊藤若冲展」ほどではないかなぁと思いました。開催していたのは「百花繚乱」展で「海を越えた江戸絵画」という副題がありました。これは大英博物館日本美術コレクションがロンドンから一時里帰りをしたもので、かなり優れた作品が海外に流出していたことが分かりました。しかし当時の日本は廃仏毀釈など古美術の散逸があり、海外に貴重な作品が行ったことで充分な保存体制ができたとも考えられます。今こうして私たちが良い状態で先祖の作品が見られるのは不幸中の幸いだったのかもしれません。詳しい感想は後日に回します。同展だけでも相当疲れてしまいましたが、都美術館のレストランで昼食を兼ねて充分休憩を取り、僅かな時間で心機一転しました。次は東京国立博物館で開催している「空海と真言の名宝」展に行きました。ここも鑑賞者の行列が長く伸びていましたが、待つこと40分程度で館内に入れました。今年は空海生誕1250年を迎え、18本山をはじめ各派の関係寺院が所蔵する国宝・重要文化財が一堂に会していました。その中でも秘仏は各寺院に出かけても見ることが難しく、それが今回は公開されるとなれば、興味の対象は当然秘仏に向きます。その精巧な造りに暫し眼が釘付けになり、仏像の光背に至るまでじっくり観察させていただきました。私は来年に向けて装飾の面白さを次作で追求してみようと思っています。光背に見る精緻な刳り貫きと全体のバランスを次作に応用できるように心に刻みました。本展も詳しい感想は後日に回します。今日はお盆休みが終わって通常に戻っている一日を選んで上野に来たのですが、展覧会の混み具合はなかなかのもので、とくに高齢者が元気だなぁと思いました。あ、そうだ、私も高齢者だったっけ。今日受けた強烈な印象を明日からの創作活動に繋げたいと考えています。