2026.06.29 Monday
今回はホームページについて感じたことを述べていきます。私のスマートフォンに無差別に入ってくる個人のインスタグラムがあります。知り合いが料理やらペットやらの身近な情報を画像であげていて、気楽に情報を共有する楽しさがあります。ただし、個人情報が露見する恐れがあるため、私自身はインスタグラムやフェイスブックは今のところやっていません。私の考え方は情報を発信する以上、その情報を篩にかけて、さらに伝えたい内容に誤解がないようになっているかを自己判断しています。何もそこまでしなくてもいいのではないかと思われますが、私は慎重な性格であるため、画像なら周囲に映り込む諸々のことも気になってしまうのです。SNSは私にとって気軽な媒体ではありません。つまり、これも自己表現として、自分が創作している作品と同等な価値を与えていると言っても過言ではありません。自分の気持ちの吐露なんて、私自身は発信できそうにありませんし、自分のプライベートを生のまま人には言えません。このNOTE(ブログ)も自分の考え方を整理して文章化しています。自分の気持ちを気軽に伝えたいこともたまにはありますが、それは考えがまとまるまであれこれ思索してしまう癖が私にはあります。それでもNOTE(ブログ)は毎日書いていて、これも一日1点ずつポストカード大の平面作品を作っているRECORD同様、自分にとっては大きな刺激剤になっています。たまにその日のNOTE(ブログ)のテーマを何にしようか考えるときもあり、現在読んでいる書籍からテーマを採ってくることや、新聞記事から採ってくるときもあります。それはRECORDも同じですが、RECORDの場合は視覚イメージが寝起きに湧くことがあります。浮かんだ内容を視覚化すればRECORD、言語化すればNOTE(ブログ)というわけで、自分で締め切りを決め、自ら手枷足枷をしてしまっているのです。その習慣は最近ついたものではなく、かなり若い頃から私にはありました。自分のことをかなり面倒な奴だなぁとも思っています。
2026.06.28 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日も先週に引き続き来年に向けての新作について書いていきますが、先週書いた新作のイメージではなく、制作工程について改めて述べていきます。陶彫は私が立体作品を発表し始めてからずっと素材として扱ってきたものです。陶彫は最終的に窯に入れて焼成することで完成する技法です。それがあるために制約があり、陶土を練る最初から慎重に行う必要があります。まず土質を均一にして、しかも立体として造形したときも同じ厚みにしなくてはなりません。人体塑造を習作していたときのような無垢な状態にしていたら、内側から皹が入ります。内側は常にがらんどうなのです。陶土が乾燥する段階で一割程度収縮し、それによって陶土が上下左右に引っ張られるからで、そのストレスを解消するために陶土をよく練っておくのです。陶芸のように轆轤を回せば、ある程度同じ厚みになりますが、轆轤に頼らない陶彫の場合は、タタラで作るにしても紐作りにしても、可能な限り厚みに気を配ります。造形が出来たら私はビニールをかけて徐々に乾燥させていく方法をとります。陶土の表面に凹凸による加飾を施す場合も、厚みを気にしながら調整していきます。また穴を開けて内側の空気の通りをよくしておくことも私はやっています。そこまでして私が陶彫に拘る理由は、窯の中で陶土は石化し、作っている最中とはまるで異なる土質に変容し、作品が自分の手の届かない領域に入り込んでいると感じるからです。私は窯内で起こることを炎神という神に喩えていて、その炎神に鍛えられ、作品は鎧を身に纏った戦士のように思えてなりません。私が混合する陶土が、錆鉄色をした古代の出土品に似ているせいかもしれず、鎧の戦士の喩えも私なりに気に入っているのです。そんなわけで私は陶彫によって立体作品を作っていますが、窯の容量で大きさが決まってしまうので、作品を大きくする場合は集合彫刻として、陶彫同士をボルトナットでとめるか、積み上げていくか、そのイメージに合わせてサイズを決めていきます。新作の制作工程は始まったばかりです。この時期毎回ウキウキするのは私の癖と言えそうです。
2026.06.27 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。来月の個展で発表する作品の梱包作業を今週はやっていました。平面作品である「炭景」4点はエアキャップを貼り付けた梱包用シートで包みました。陶彫作品「発掘~六蹟~」の部分となる板材6点もそれぞれエアキャップを貼り付けた梱包用シートで包みました。残るは陶彫部品を収める木箱を時間をかけて作っていましたが、これも終わりそうで、今月末には搬入準備が整いそうです。それが分かったところで、今日から次の陶彫作品に向けた準備を始めました。とりあえず陶土の状態を確認しました。栃木県益子の業者から届いた新しい陶土は充分ありますが、今まで使っていて余った陶土を暫く放置していたので、まずそこから手を付けました。陶土はビニールで包んでいたとは言え、やはりかなり固まっていたので、小さく砕いて水を打ちました。時間をおいて菊練りを繰り返し、元の状態に戻すのに時間がかかるなぁと思います。今週も毎日工房に通っていましたが、家内の提案で休息日をとることにしました。水曜日の午後に東京のアクアパーク品川に出かけました。美術館や映画館以外のところに出かけて行くのは久しぶりで、思っていた以上に新鮮な気持ちになりました。水槽の中に広がる世界にホッとしながら、さまざまな色彩の魚がゆったり泳ぐ様子に、かなり癒された気がしています。水中に生息する珊瑚にも興味が湧きました。その鮮やかな色彩に自然が持つパワーを感じました。これはRECORDに応用できそうだと考えていて、昔から色彩に苦手意識を持っていた私からすれば、驚くような変化です。彫刻だけではなく、RECORDと称する小さな平面作品は、コツコツと創作を繋げていく日々に、アイデアを絞り出し、また色彩を試すことが、自分の意識改革になっていると感じます。この媒体が私にとって重要な表現になっているのは間違いありません。
2026.06.26 Friday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「モーセとイスラエルの王たち」は8つの単元と2つの付記から成っています。今回は〔31ダビデⅡ〕と〔32ソロモン〕に加えて〔付記bソロモン異聞〕を扱います。まずは〔31ダビデⅡ〕。「巨人ゴリアテを打ち倒したダビデはイスラエル兵の隊長となり、勝利を重ねました。ユダヤの民は『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』といういいかたで、ダビデを讃えました。~略~預言者サムエルの塗油を受け、王となることが定められていたダビデですが、サウル王の殺意により、長い逃亡生活を送らなければなりませんでした。あるときは洞窟に潜み、あるときは他国の王宮へ身を寄せたりしつつも、しだいに率いる兵を増やしてゆきます。そしてサウルとその息子たちがペリシテ人に敗れ、殺されたあと、イスラエルの全部族を束ねる王となりました。~略~王となってからも信義を重んじ、敬虔だったダビデですが、ひとつだけ罪を犯しています。美しい人妻に横恋慕したのです。~略~バト・シェバはのちにダビデの妻となり、男児を産みます。賢王ソロモンです。」次に〔32ソロモン〕。「ソロモンは、ダビデ王とバト・シェバの息子で、イスラエルの3代目です。神はソロモンを愛し、『非常に豊かな知恵と洞察力と海辺の砂浜のような広い心』を授けました。エルサレムに豪奢な神殿を建て、エジプトのファラオの娘を娶り、平和で豊かな王国を築きました。~略~エルサレムを訪ね、宮殿に滞在していたシェバの女王(エチオピアの伝承ではマケダ)は、貞操を奪わないようソロモンに誓わせます。王は答えて『そなたがこの宮殿から何も奪わないなら、わたしも奪うまい』。贅沢に慣れた女王、盗人扱いされるのは心外です。さすが賢王ソロモン、一枚上手でした。晩餐にわざと辛い食べものを出します。喉がかわいて夜中に目が覚めた女王。ふらふらと部屋を出て、水をひと口飲んだところに現われるソロモン。『水は宮殿で最も貴重な宝。ほら、約束を破った』と、彼女を寝所へ連れ去りました。そのとき身籠ったのがメネリクで、、エチオピア王国ソロモン王朝の創始者ーという伝承です。」最後に〔付記bソロモン異聞〕。「ソロモンの晩年について、旧約聖書は多くを語りませんが、ユダヤ・イスラーム世界にはさまざまな民間伝承があります。挿絵に描かれるのはもっぱらソロモンの権威と栄華とはいえ、ソロモンの凋落もまた好まれた物語だったからです。」今回はここまでにします。
2026.06.25 Thursday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「モーセとイスラエルの王たち」は8つの単元と2つの付記から成っています。今回は〔29サムソン〕と〔30ダビデⅠ〕を扱います。まず〔29サムソン〕。「サムソンが活躍したのは、イスラエルの民が土着のペリシテ人に支配されていた頃です。そのペリシテ人の娘に恋をしてしまったサムソン。両親の反対を押し切り、求婚するため娘の家へ向かいます。途中、ぶどう畑で1頭の若獅子に遭遇します。襲ってきた獅子をサムソンは素手でとらえると、『子山羊を裂くように』引き裂いたそうです。~略~その後、サムソンはデリラという女性を愛するようになります。サムソンにほとほと手を焼いたぺリシテ人の領主たちは、サムソンの怪力の秘密を、デリラに探らせました。~略~デリラの膝枕で眠るサムソン。7房の髪を切られ、力を失いました。ぺリシア人に襲われても、いつものように暴れまわることができず、捕えられます。」次に〔30ダビデⅠ〕。「ダビデは、2代目のイスラエル王。竪琴の名手で、旧約聖書『詩編』の作者と、中世の頃は考えられていました。賢王ソロモンー王都エルサレムに神殿を築き、イスラエル王国を繁栄させたーの父にあたります。以来ユダヤの人々は、『イスラエル存亡の危機にはダビデの家系から救世主が現れる』と信じるようになります。~略~ゴリアテとの格闘は、ダビデ伝では最大の『見せ場』です。ミケランジェロの彫刻やカラヴァッジョの絵画その他、古くは3世紀からの多くの作例が残ります。見どころは少年ダビデのすばしっこさと、巨人ゴリアテの豪快な倒れかた、小さきものが大なるものを倒すのは、見ていてスカッとしますね。少年と見て侮ったゴリアテ。ダビデが石を飛ばすと額に命中、巨人はばったりとうつぶせに倒れます。」旧約聖書には映像化されるような場面が多くあって、私は映画によってそれらを知っています。「十戒」にあったモーセの紅海を割る特撮や「サムソンとデリラ」、巨人ゴリアテを倒すダビデの物語は、宗教的背景を知らずに私は映画館に足を運んでいました。今回はここまでにします。