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  • 週末 撮影準備に費やした1週間
    日曜日になりました。日曜日は創作活動について書いています。通常では昨日の土曜日に1週間の振り返りをやるのですが、昨日は個展図録用の撮影日だったので、そのことについて書いてしまいました。そこで1週間の振り返りを今日行うことにしました。先週はどんな1週間だったのか、毎日工房に通い、完成した新作に最終的なことを施した1週間でした。全て土曜日の図録用撮影に向けての準備でしたが、これは個展搬入でも必要なことなのです。「発掘~六蹟~」はこの撮影日に初めて部品を組み立てていきます。組み立ては当日工房に来てくれるスタッフたちがやってくれますが、彼らが分かるように部品に番号をつけておかなければなりません。陶彫部品には小さく切った和紙に印を貼り付けて落款としていますが、印だけでなくそこに番号もつけておくのです。その番号順に組み立てられるようにしておくことで搬入や搬出でもスムーズにできるようになるのです。同時に図録の形式を一新するために雛型を作る必要がありました。1週間かけて毎晩いろいろなことを考えて、図録の形式やレイアウトを下書きしました。今年から画廊が変わるので、この機会に作品の点数や内容も変わり、図録も変わることで、私にとっては創作活動の折り返し地点かもしれず、立体作品や平面作品両方のバランスも変えていくことにしました。このやり方が今後の私の発表を定番化していくのだろうと現地点では思っています。というのも、私はまず作品ありきではなく、展示される空間に応じて作品を作っていく傾向があって、自分の創作活動が空間演出装置を作っていると語る根拠になっています。撮影の後は陶彫部品を収納する木箱を作ります。今年の木箱は十数個になるかなぁと思っています。例年より少ない見積もりですが、これも画廊の空間に合わせた結果です。実はこの時期は翌年発表することになる新作が頭に浮かんでいて、木箱作りと並行して新作への第一歩を踏み出す時期でもあるのです。このことについては別稿を設けます。
    週末 26’図録撮影の日
    週末になりました。土曜日はいつもなら今週の振り返りを行なうのですが、今日は7月開催の個展のための図録や案内状の撮影日になりました。図録や案内状を私は毎年個展がある度に作っていて、今年も例外ではありません。ただし、画廊が昨年とは変わり、展示空間が異なっているために、彫刻作品を少なくして、その分、壁に掛ける平面作品を増やしました。それが契機になって、図録のデザインを大きく変えました。今までのような冊子ではなく、1枚の紙を山折り谷折りしたパンフレットのような図録にしたのです。それ故に撮影する画像はかなり減りました。ただし紙の大きさはA3版にしたので、それなりにインパクトはあると思っています。その表紙は小品4点を草叢の上に並べて撮影しました。野外撮影は「発掘~六蹟~」も行いました。撮影途中、コンクリート床に落ちる影が、天気の関係で薄くなり、暫し待ちの時間を取ったりしました。野外撮影は意外な効果を生むので、光と影が織りなす風景が私は大好きなのです。今回の撮影で室内風景はありません。図録はシンプルでもインパクトのあるものを目指していたので、概ね良かったのではないかと思っています。以前のNOTE(ブログ)にも書きましたが、私はカメラマンの視点を大切にしています。私以外の人によって作品が見られることは、作品の良さを引き出すことに繋がります。制作者はあまりにも作品に近く、自分から切り離せない関係になっています。そこに他者の視点を入れることで、作品との距離感が生まれ、冷静に作品を観察し、またユニークな視点の発見にもなります。アナログとデジタルの違いも作品鑑賞の強みにしたいと私は常々願っているのです。今日は午前中から懇意にしているカメラマン2人に、後輩の彫刻家、教え子で美大生・卒業生の2人、家内と私の合計7人で、撮影に臨みました。つまり今日が全作品の完成日となったわけです。「発掘~六蹟~」の全体組み合わせも今日初めて行いました。
    新聞記事より「ムリとムダとムラ」
    昨日に続き、今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。数学者森毅氏によるコトバは教員だった私に刺さります。「学生さんがわからんことへのこらえ性がなくなりまして、わからんけどおもろいなというのがないんです。  森毅」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「理解できないことも、わからないままに、『欠けた学力でも何とかする』というのが学びの要諦だと、数学者は言う。そんな野性的ともいえる能力を育むには、わかりやすく説くより、難しくても楽しめるようにすること。「ムリとムダとムラ」をなくそうとするより、むしろそれを楽しむことが大切だと。河合隼雄らによる『学ぶ力』から。」学生に限らず、現代人は課題に対して短絡的な回答を求める傾向があります。長々した文章はショートカットして、その物語の要点や結果を知りたがるのは、若い世代に限らず、私たちにも共通するものです。さまざまな情報が溢れ出し、また多様化したことも要因の一つと言えそうですが、一つの課題に腰を据えてじっくり考えこみ、あらゆる予想を立てて取り組む姿勢は、確かに失われつつあるかもしれません。「わからんこと」は手っ取り早くAIに聞くという傾向も最近になって目立つようになりました。図書館に行って書籍を持ち出し、頁を括って適正な解答を探り当てていく行為は、ますます減っていくのでしょうか。工房に出入りしている学生もスマートフォン片手に課題をやったり、論文を書いていたりしています。現代の利便性は「ムリとムダとムラ」をなくし、効率よく処理する能力に長けている反面、自らの問題解決力はどの程度身についているのか些か疑問です。私もつい安易な方に流れてしまうので、「ムリとムダとムラ」の極致である創作活動くらいは、自分の頭で考え、手強くても素材相手に身体を使って実践していこうとしているのです。AIに冒されない領域を守ろうと私は必死なのです。
    新聞記事より「賢くなり合う関係」
    今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「アホ、受験勉強が一生役に立ったらどれだけ怖いか  森毅」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「世界の問題には正解は一つしかないという考えは、受動的で硬直した心性しか育まない。大学でも、こうかもしれんしああかもしれんと呻く教師がいて、学生らも『あのおっさんいい加減やしな』と言う研究室は概して研究も活発だと数学者は言う。『賢くなり合う関係』がそこにある。親が賢くならずに子を賢くしようとするのも無理だと。河合隼雄らによる『学ぶ力』から。」私は昭和の時代に教壇に立っていました。まさに一つしかない正解をどう求めていくのかに特化した教育姿勢があって、それはそれで今から考えると随分安易で楽な授業だったと振り返っています。教師も生徒も疑うことがない学習内容。その中には疑問を持った生徒も多少いたと思いますが、その声をあげることは周囲の空気が許さない状態でした。私は美術科でしたが、美術の場合でも一つの正解を欲しがる生徒たちがいて、私も安易な指導をやっていました。基礎的な学習はこれでいいんだと自分を納得させていた節もあります。一方で私が二束の草鞋生活で実践していた創作活動では、「こうかもしれんしああかもしれんと呻く」ことばかりで、正解なぞ一生かけても見つからない暗中模索の中を彷徨っていました。それは現在でも続いています。学ぶ力とは何か、私自身が身近な創作活動で実践していたことを、どうして授業に生かせなかったのか、美術を通して生徒に何を身につけてもらいたかったのか、あの頃を振り返ると、その在り方を自問自答してしまうのです。幸いにも私と同じ美術を専攻する教え子たちは、私と同じ地平に立って、「賢くなり合う関係」であることが唯一の救いになっています。学ぶことは悩みも多ければ、楽しいことも多いのは、正解が一つではないからで、その多様な解決の糸口を探り当てていくのが極上の喜びなのだろうと思っています。
    「アブラハムとその子ら」(後編)
    「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「アブラハムとその子ら」は6つの単元から成っています。今回は〔22イサクの嫁取りとヤコブの祝福〕から〔24ヤコブとヨセフの物語〕までを扱います。まずは〔22イサクの嫁取りとヤコブの祝福〕。「年老いたアブラハムの最後の願いは、息子イサクの結婚でした。~略~町の娘リベカが水瓶を肩に載せてやってきました。彼女はじつは、イサクの従兄弟の娘で、際立って美しい乙女でした。従僕エリエゼルが駆け寄り、水を乞うと、駱駝にも『たっぷり』飲ませてあげましょうと、優しい。~略~リベカが子を産んだのは、その20年後。双子でした。兄のエサウは全身が毛深く、長じて狩りの名手となりました。~略~イサクは狩りの獲物が好物だったので、エサウを愛しました。リベカは、穏和な弟のヤコブを可愛がりました。ある日、ヤコブがレンズ豆の煮込みを作っていたところに、狩りで疲れきったエサウが帰ってきました。腹ぺこのエサウは食べさせてくれと頼みます。ヤコブが食事と引換えに『長子権』を要求すると、エサウは早く食べたいあまり、『ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい』とあっさり譲ってしまいました。」次に〔23ヤコブの夢〕。「眠るヤコブ、梯子、天使は、この場面に必須な要素。ちなみに、雲間から幾条かの光が地上に差し、天使が下りてきそうにみえる気象現象(薄明光線)を、英語では『ヤコブの梯子』と呼びます。~略~中世の神学では『ヤコブの梯子』は、『魂が徳を得て神に近づく諸段階』を表すと解釈されました。」次に〔24ヤコブとヨセフの物語〕。「旧約聖書の登場人物のなかでヤコブが特別面白いのは、必ずしも『品行方正』でないからです。兄のエサウから『祝福』を横取りしたばかりでなく、天使とつかみ合って格闘したり。~略~『神に勝利した者』すなわち『イスラエル』という呼び名の由来となったこの場面は、肉体をもたないはずの天使(あるいは神)と肉弾戦を行うという、じつに不思議な逸話です。中世の解釈では、人間の心のなかの『善悪の戦い』と考えられ、ロマネスク期の柱頭彫刻に多く登場します。」今回はここまでにします。