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「オランスの身振り」について
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の「第6章 カラヴァッジョの身振り」の「2 オランスの身振り」の気になった箇所を取り上げます。「動作を伴う身振りを絵画で表現することには大きな制約があるのだが、絵画でしか表現できない身振りもある。ひとつの身振りが二つ以上の意味を暗示するという場合があり、象徴的な意味を帯びる場合である。カラヴァッジョの作品には、両腕を左右に広げる身振りが多く見られる。ここでは仮にこの身振りを『オランス型』とよぶことにしたい。~略~そもそも祈りの姿勢としての両手を上げて立つ身振りは、反宗教改革期における初期キリスト教文化の復興ブームの中でオラトリオ会を中心に普及したものと考えられる。これは古代においては、負けた者が両手を上げて武装解除したことを示す降伏の身振りであったが、これは嘆願から祈りを示すものとなり、古代教会では一般的な祈りの姿勢となった。そして千年頃に、両手を合わせる身振りが造形表現の中で取って代わったのである。祈禱者の身振りとよばれたこの祈りの姿勢は、『救い主の身振りを模倣して両腕を十字架のように左右に伸ばして立つもの』として、キリストの受難を喚起するものであった。」これを踏まえてカラヴァッジョの作品を一覧します。「カラヴァッジョは、その最初の宗教画《聖マタイの殉教》から《復活》にいたるまで、磔刑を暗示するオランス型の身振りを繰り返し表現していた。《キリストの埋葬》では哀悼、《聖マタイの殉教》では防御、《エマオの晩餐》では驚愕、《聖パウロの回心》と《ラザロの復活》では歓呼あるいは応答を表す身振りであったが、いずれも磔刑を暗示し、生と死、復活と救済などの意味を付加して主題に奥行きを与えていると解釈できるのである。ただし、それらはいずれも伝統的な図像を大きく外れるものではなく、基本的に先行図像に倣いながら、やや身振りを大きくして画面におけるその比重を増すことでその意味を強調している。~略~物語を効果的に伝えるために大きな身振りを表現するだけでなく、形態のもつ重層的な指示性によって、ひとつの身振りが別の意味を象徴的に示す、というのは絵画表現のみに許された特質であった。表現的・表出的な身振りが、象徴的で儀礼的な身振りに転化する、あるいは両者が重ね合わされていることが、自然主義的な身振り表現を十全に展開したと思われてきたカラヴァッジョ作品のひとつの特質といってもよいのではなかろうか。」今回はここまでにします。