Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • P・ブリューゲル物語
    まだ読み終えてもいない本をブログに書くのは初めてです。厚めの本ですが、翻訳であっても読みやすく、さらさら読めてしまいます。こうした歴史に現れる断片を使って創作していくことは、読み側としては楽しい限りです。創造の力で、あたかも自分が16世紀のフランドルにいるような感覚をもてるからです。スペインの圧政が続いた時代に生きたブリューゲルは、パトロンである枢機卿に翻弄されて生きています。写真の無い時代には、絵画は記録として重要な役割があり、才能に恵まれたブリューゲルは絵画の仕事で充分に食べられているのです。本もラストまであと少し。読み終えた時に再度ブログに載せるつもりです。
    デッサンの魅力
    時々デッサンを描きたい衝動に駆られます。白い画面にペン、コンテ、鉛筆なんでもよいのですが、心にあたためているカタチを描きおこしてみたくなるのです。高校時代は在るがままのカタチをどう写実的に描くかに頭を悩ませました。美大受験にはデッサンの傾向があって、それをモノにするために日夜デッサンを描いていたのでした。ところが今は違います。イメージを描きとめておきたい衝動です。毎日RECORDもやっているのですが、デッサンはもっと大きな画面に描きたいと思っています。エスキースではなく、人に見せられる作品としてのデッサンです。その展開としてエッチングやリトグラフもやってみたいと思います。紙の上にある自由な世界。写実にもなれば、図面としての役割も果たしてくれるデッサン。今になって魅力を感じずにはいられません。                        Yutaka Aihara.com
    仕事の持ち帰り
    仕事から離れた時間は、できるだけ自分の時間にしたいと思うのは誰でも同じだと思います。年間にすれば仕事を持ち帰って自宅で処理しなければならない時間はさほど多くはないのですが、やはり持ち帰るとなるとシンドいものです。今晩は仕事に振り回されました。これがあるからこそ創作活動の時間の有難味がわかるのですが、創作と違い、仕事の時間は長く感じられてしまいます。次の週末を楽しみにしながら仕事をしていく生活も慣れたはずなのに、時折ぼやいてみたくもなります。自分は現実逃避も悪くないと思っています。そうすることで人はバランスをとっているのかもしれません。今日は逃避もできず、仕事一本の一日でした。
    現れ出るイメージ
    公務で気持ちがギュウギュウ詰めになっている時に、ふと思い浮かべるイメージがあります。それは壁であり、地層であり、連なる家並であり、迷路のように入り組んだ路地です。会議で眠くなる時もイメージが現れ出ることがあります。現実逃避かもしれませんが、ただ思い浮かべるだけではありません。これは作品化できるかどうかをイメージと同時に考えているのです。今までの作品はこんな些細な心の動きから始まっていると言えます。ただ過去に自分が住んだヨーロッパの都市や旅した風景が頭の隅にあって、イメージが具体的に現れるのは、このようなところが起因しているのは言うまでもありません。今日は隆起した土地と陥没した土地がイメージされました。その断面が何とも心地よく、また彫刻的な美しさもあって、この断面のイメージを何とか作品にならないものかと思案しているところです。       Yutaka Aihara.com
    煤を払って週末が終わり…
    今週末はひたすら杉の柱の炙り作業に徹しました。作業場の外は煤だらけになり、木材の焦げた臭いが周囲に漂っていました。終日作業しても48本は終わらず、また来週末も炙り作業になりそうです。かつて「発掘〜円墳〜」や「発掘〜地下遺構〜」を制作した時も、枕木を炙ってテーブル彫刻の柱にしたことがありました。古びた枕木に比べれば、杉の柱は炙った跡が鮮明にわかり、作業としてはやりやすい状態ではありますが、煤だらけの顔を鏡で見るにつけ墨や炭を作る職人の大変さがほんの少しわかった気がしました。杉材は焦がすと時々乾いた音がします。急に熱を加えたので木が割れているのです。そこはお構いなしに作業を続けています。彫り跡も残したままです。充分炙った後、木についた煤を払って定着液を塗って1本完成です。この繰り返しが48回あります。来週末も延々と続きます。