Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 熱海にある「創作の家」
    版画家として成功した後も小説家として活躍した故池田満寿夫。陶芸も制作して晩年はマルチアーテイストとして旺盛な創作意欲を見せていました。音楽家の佐藤陽子と熱海に住んでいたことは当時のテレビ等で知っていましたが、今日はその「創作の家」を見てきました。熱海駅より坂を登ること10分。目指す家は小高い丘の上にありました。玄関前に立つと左手に丹精こめた庭があり、家の中は2人が日常生活を過ごしていた気配を感じることができました。調度品は海外で収集した大きなソファやステンドグラスで、ダイニングも人を招く目的があったのか、かなり大きめなテーブルや椅子がありました。アトリエには絶作の油絵が立て掛けてあり、リアルな空気が伝わってきました。自宅を公開するというのは個人美術館や記念館とは異なり、当時のナマな生活が垣間見えて何ともいえない気持ちになります。マテイスが晩年住んだ南仏のような気分で、池田満寿夫はこの熱海に住んだのではないかと思いました。                           Yutaka Aihara.com
    6月になって…
    今日から6月です。先日まで雨模様で寒い日が続きましたが、今日は一変して夏のような太陽が顔を出しました。RECORDも5月分の正六角形を終え、新たな図形を考えています。7月の個展に出品する「発掘〜遺構〜」の一部に使う杉の柱は、なんとか今日荒彫りを終えることができました。さて、この48本の柱をどう処理すべきか、頭の中にイメージとしてはあるのですがイメージ通りになるのかどうか。杉の柱を1本ずつ彫っていくのは労働の蓄積として、ある意味では気が楽なのですが、これからが全体の関わりとして、作品に1本ずつ組み込んでいくので骨が折れるのです。発掘された状態をどう木で表現するのか、陶彫を支える部分をどうすべきか、今日一日は荒彫りした素材を触りながら何かを感じ取りたいと頭の中で試行錯誤を繰り返しました。6月は制作が佳境に入る期間です。搬入の7月20日まであと1ヶ月半に迫りました。
    作品イメージの源泉
    先日から紙切れに鉛筆で文字を書いたり消したり…。作品化を始めた都市との関わりは、自分のどんな記憶に由来しているのだろうと思いを巡らせているのです。通勤する道路沿いに高層マンションが立ち並び、朝はひっきりなしに往来する人々や渋滞する車。騒音から始まる朝の訪れ。自分もその中にいて、あくせくと道を急いだりしています。リアルな日常が分刻みの時間の中でどんどん流れていき、そこに立ち止まって深呼吸することもありません。都市の構造に組み込まれた自分を省みて思うのは、大勢の人を見ていながら人との関係は極めて希薄で、近所付き合いもない孤立した状態です。むしろ付き合いを遠慮し面倒なことに関わりたくない思いもあります。そんな都市を俯瞰できたのは改めて作品化を思い立った時だったように思えます。都市の遺構を作ろうとした時に、現在の都市生活に何か有事があったらどうなるのか、災害で多くの人が亡くなっている状況は海外のニュースで知ることはできても、果たして自分には当事者意識があるのか、そんなことも考えの中にあって、最悪なシナリオを描いた屍のような都市空間を作ろうとしたのを思い出しました。はて、これをどんなコトバで伝えようか。目下自分の悩みの種になっています。       Yutaka Aihara.com
    発掘〜遺構〜に寄せるコトバ
    7月の銀座の個展に出品する作品で、タタミ六畳の面積を有する「発掘〜遺構〜」に寄せるコトバを思案しています。図録の1ページ目に掲載するコトバです。この作品のイメージを辿り、初めにどんな思いがあったかを思い出しています。作品を制作し始めると、そうした思いに枝葉がでてきて始原的なイメージの振り返りが難しくなることがあります。作品を作る前に何かがあったはずなのに、目の前にある作品の具体的な形態ばかりに左右されてしまうのです。作り込めば作り込むほど、それは作品のための作品になってしまいます。コトバを生み出すには、造形作品が生まれた時に立ち戻らなければならないと思います。コトバを介してイメージの源泉を探ることは自分にとって必要なことなのです。                     Yutaka Aihara.com
    シュレンマーの舞台空間
    昨日見た「バウハウス・デッサウ展」で美術館の壁一面を使って映像作品が流れていました。オスカー・シュレンマーによる舞台工房の作品で、バウハウスを特徴付けるカタチが表れていました。シュレンマーは形態、色彩、空間、運動、言語、音、理念の7つが舞台を構成する要素としていたようですが、映像を見る限りでは運動する人の身体が中心となった舞台のように見えました。独特な衣裳に身を包んだダンサーが機械的で禁欲的な動きをしていました。当時は演劇上の実験としても画期的なものであったはずです。建築、美術や工芸、舞台までも統一したバウハウスの理念がいろいろな側面から見て取れる展示内容でした。                    Yutaka Aihara.com