2026.02.18 Wednesday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「2ピクチャレスクと観察」の気に留めた箇所を取り上げます。「自然は第二の聖書であるという認識があり、18世紀後半になっても自然の探究は基本的にはその創造主である神をより深く理解することに結びついていた。キリスト教神学の枠組みの中で自然の探求は深められていったが、その主たる手段は『観察』だった。~略~絵画の重要性が示しているように、ピクチャレスクの追求の中で最も重視されたのは視覚による観察対象へのアプローチである。~略~アディスンは『スペクテイター』において『想像力の楽しみ』についての一連の文章を1712年に書いているが、その最初で彼は『想像力に着想を与える』のは『全ての感覚のうちで最も完璧で最も喜ばしく』、『最も多様な思考で心を満たす』視覚であるとして、目の優位を説いた。」その後、ピクチャレスクにおいて視覚だけでなく、聴覚や触覚という諸感覚も重要であるという論考が続き、次のような文章が登場しました。「諸感覚を通した観察は自然への接し方を変えることになり、ピクチャレスクの風景描写の変化と同様に近代科学全般を後押しした。ピクチャレスクが流行したのは、ちょうど近代科学の黎明期だった。ピクチャレスクは観察対象からの刺激を諸感覚を通して受け取るようになっていったが、その変化と18世紀後半における神経繊維をめぐる生理学の目覚ましい発展とは無関係ではないだろう。~略~ピクチャレスクと博物誌という自然に対する二つのアプローチは相容れないものではなく、両者をいかに融合するのかはこの時代に目指された課題の一つだった。~略~ギルピンやペナントのみならずピクチャレスクの時代の旅行記の殆どは、風景美の描写だけではなく、旅先で作者達が『観察』した多くの生き物や出来事などを記しており、そこには博物学の視座が取り入れられている。」今回はここまでにします。
2026.02.17 Tuesday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「1ピクチャレスクの展開」の気に留めた箇所を取り上げます。「ピクチャレスクの流行に実際に貢献したのは、オリジナルの水彩画などの風景画ではなく版画である。ギルピンが『版画論』を書いた背景には、18世紀半ばからの版画熱があった。オリジナルを入手することが難しかったこの時代、版画は比較的簡単に手にはいるため関心を持つ紳士達が多かった。その版画市場を拡大した立役者がサンドゥビーであり、彼は風景画を中心に多くの版画を作成し、また自ら出版社を立ち上げて販売した。版画の版権対象は1767年に拡大し、その上に巧みな広告戦略などの効果もあって版画界は隆盛を見たが、そこに描かれた風景はピクチャレスクへの関心を高めるのに大いに貢献した。」ピクチャレスクとは風景画を準拠枠とする芸術表現形式であることは前のNOTE(ブログ)に書きましたが、それは写実表現ではあるけれど、見た風景そのものというより観念的な要素もあるようです。「美に主観を認める立場によれば、美の概念は文化や歴史によっても変化し、あらゆるものに見出すことが可能であるということになる。ナイトのみならずプライスまでもが『醜』にピクチャレスクさを見出していることはその証拠の一つである。そもそも眼前の風景がピクチャレスクだと言い始めたのは、風景そのものがピクチャレスクの理念に合致するように変わったのではなく、風景を見る目が変わったからである。一方、ピクチャレスクの対象から喜びを得るには『画家の目』が必要だとされるが、その目は絵画に精通することによって得られるとナイトは言う。そして、絵画から抽出されて記憶の中に蓄積された観念が、想像力の持つ『自発的な』作用と連合する必要がある。従って、絵画に親しむ機会の無い者は眼前の風景がピクチャレスクかどうか判断できないことになるので、ナイトにとってのピクチャレスクは教育や所得・資産に関わる、つまりは特定の階級の人々に限定された問題となる。それに対して、一定のルールのもとで風景を判断しようとするギルピンの形式主義は、見る側に条件を課さないと言う意味でナイトらのエリート主義に対抗する一面を持っていたと言うこともできる。」今回はここまでにします。
2026.02.16 Monday
私は毎年夏に開催する東京銀座の個展の他に、冬には横浜で開催しているグループ展に参加しています。「如月展」は退職中学校校長会のメンバーで構成されていて、今年で47回目を迎えます。メンバーのほとんどが後期高齢者で、書をやっている私の同期と私だけが若い世代に入ります。出品構成者が退職中学校校長なので、会の運営が高齢になるのは分かり切っていることですが、最高齢が90代後半と聞くと、愈々人生100年時代に差し掛かっているのかなぁとも思います。この時期に各自が作品を携えて、ここに集い、コミュニケーションを図ることが目的になるのではないかと会の代表を務める方がおっしゃっていましたが、まさにその通りです。校長を退職した後、社会的な交流が少なくなる中で、こうした機会は貴重な時間となるのは間違いありません。私も普段は自宅と工房を行き来する生活で、人と話す機会は減りました。ただ、私の場合は週末になると、後輩の彫刻家や教え子の美大生たちがやってくるので、完全に孤立しているわけではありません。週2回通っているスポーツ施設でも水泳を通して連帯感が生まれているのも確かです。そうした中で、「如月展」は全員が元校長という立場なので、独特な雰囲気が漂っていることもあり、会話も教育を交えたものになっています。そしてこの人たちは「如月展」のために展示用の物作りをしている人たちで、第二の人生を楽しんで歩んでいるのだろうと察しています。以前のNOTE(ブログ)に「如月展」の情報を掲載しましたが、ここでもう一度記しておきます。第47回「如月展」会期:2026年2月16日(月)~2月22日(日)11:30~16:30(搬入を16日11:30~14:00、搬出を22日14:00~16:30)会場:ギャラリーミロ(横浜市中区吉田町4-1 tel045-251-5229)最寄りの駅はJR関内駅、市営地下鉄関内駅、そこから歩いて数分です。私は22日の搬出日には一日画廊におります。ご高覧くだされば幸いです。
2026.02.15 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は創作活動の本流に近いイメージについて述べていきます。作品の発想はどこからくるのか、またそのイメージはどういうものか、自分の中では繰り返し考えていて、イメージが未来永劫湧き出てくるにはどうすればよいのか、自分には大いなる課題です。私の場合は彫刻を作っているので、イメージとしてまず視覚的な情景が浮かびます。彫刻的素材を前にすれば、それが触覚的になり、量感を伴った立体物として把握するようになるのですが、その前の視覚的情景が問題です。これは理屈ではなく、曖昧模糊とした状態で浮かんできます。それでも現存の作品に繋がるものとして、また発展したものとして湧き出るので、私の中ではまだいけると思っているのです。イメージが枯渇するのであれば、作品をどんなに考えても既視感があって退屈なものになるのかなぁと私は思っています。それでも現在は不安に駆られながらも、まだ先にいけると信じているので、焦らず休まず制作に励むことにしています。創作活動のイメージは訓練が必要だという持論が私にはあります。何にもしていなければイメージも湧いてきません。イメージを絶やさないために嘗て私が採った手段がRECORDでした。教職が多忙過ぎて、創作をする時間が押し潰されてしまいそうな時に、一日1点ポストカード大の平面作品を作っていくのを自分に課したのです。たとえ授業の合間の休憩でも、また通勤電車の中でも小さな紙を前にして、私はあれこれ考え、また鉛筆を動かしていました。今も遅ればせながらRECORDをやっています。RECORD制作では、確かにイメージは訓練するべきものという実感があります。初めはRECORDをイメージ継続のための手段としていたのですが、私の性癖のせいかRECORDの質を高めてしまい、エスキースではなくタブローのように表現してしまっています。RECORDを気軽に扱えなくなったのも制作が遅れている原因の一つですが、イメージの訓練になっていることは紛れもない事実です。
2026.02.14 Saturday
週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週の日曜日には雪が降り、工房周辺も雪景色になりました。その日だけは工房に行かず、その日以外は相変わらず毎日工房に通っていました。工房は断熱のある内壁がないので温度は外と変わらないため、その寒さの影響もあって最近は制作時間を短くしています。大型ストーブ1台だけでは手を温めることしか出来ないので、長く工房に留まると身体が疲労してしまいそうで制作で調整しているのです。今週の制作は壁に掛けるレリーフ作品の杉板刳り貫き作業に終始していました。この作業を随分長くやっていますが、工芸的な要素もあって結構手間暇がかかるのは確かです。今週は懇意にしている税理士から連絡を受けて、確定申告の資料をまとめていました。送られてくる資料を家内が整理しているので、ほとんど家内が資料整理をやっているのですが、年1回の確定申告の時期になると、毎年床いっぱいに広げた資料を分類する家内の姿があります。私は両親から引き継いだ集合住宅を所有していて、そのための申告が必要なのです。そのため両親の代から懇意にしている税理士にお願いしているわけですが、集合住宅は銀行から融資を受けていて、所謂借金がかなりの額にのぼります。住宅の家賃や利用している人たちの駐車場代、その他諸々のことがあり、その書類が複雑なので、私たちだけでは申告が到底できず、税理士に助けられているのです。そこから私たちの生活費も捻出しています。正直に言えば、校長の給与の方が不動産から捻出する金額より高く、多くの不動産を所有している人ならともかく、現状は生活に困らない程度の収入しかありません。それでも売れない彫刻を作り続けられるのは、先祖が残してくれた遺産のおかげだと思っています。今回はつまらない話題に触れてしまいましたが、1週間の振り返りの中でインパクトがあったのは、今週に限ってはこの確定申告の件だけでした。