2026.05.15 Friday
今日から「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)を読み始めました。先日まで読んでいた「ロマネスク美術革命」と同じ著者の書籍を選んだ理由は、難解な理論を分かり易く解説してくれていて、私自身が楽しんで読めると思ったからです。さて、キリスト教に関してですが、私はキリスト教信者ではありません。NOTE(ブログ)を振り返ると、かなりキリスト教に纏わる文章が散見されますが、異文化に対する単なる興味で書いたものです。私はいつ頃キリスト教を知ったのか、私の出身高校は横浜のキリスト教系の学校だったことが、キリスト教を知る契機だったと振り返っています。その学校には道徳はなく宗教という科目がありました。聖書は入学時に購入しましたが、授業では新約聖書ばかりを扱っていたので、きっとプロテスタントだったのでしょう。私は授業(礼拝)をほとんど聞いていなくて、心ここにあらずと言った状況でした。家内の叔父はカント哲学者で、内村鑑三の影響で無教会主義を貫いた人でした。大学で彫刻を教えてくれた師匠は、キリスト教をテーマにした彫刻を作っていました。そんなわけで私の周囲にキリスト教信者はいましたが、私は宗教に無頓着な面があったように思います。20代後半の5年間はオーストリアのウィーンの学校に通っていて、街中には教会が数多くあり、幾度となく礼拝堂を見て回りましたが、そこで感じた装飾過多のキリスト教美術に私は感覚的に辟易していたのを覚えています。帰国後、寺院の仏像を見て心が落ち着いたので、私の拙い宗教的背景には先祖から受け継いだ浄土教が生きているのかなぁと思うこともありました。それでも異文化理解を含めてキリスト教を学問として学ぶことは有意義と考えていて、とりわけ旧約聖書には面白いエピソードが多いと思っています。本書の「はじめに」の文章を引用いたします。「この本では、おもに中世ヨーロッパの美術とともに旧約聖書の物語をみてゆきます。なぜ中世か、というと、キリスト教美術の黎明期、草創期であることから、表現がまだ定型化されておらず、聖書解釈にゆれや、まよいーいいかえれば、創造性、独自性がみられるからです。」とありました。異文化を楽しみながら読書を進めていきます。
2026.05.14 Thursday
「ロマネスク美術革命」(金沢百枝著 新潮選書)を先日読み終えました。私自身のロマネスクに関する知識は薄っぺらなものでしたが、本書によってひとつの様式を体系的に学ぶことができました。ヨーロッパを席巻した各時代の様式の中でロマネスクはマイナーな分野であることを、私は本書を通して知りましたが、自分の師事した彫刻家池田宗弘先生は、ロマネスクの宗教美術を研究しにスペインに旅立っていったので、意外にも私にとってロマネスク美術には親近感があったのでした。ただし、私が20代後半に滞在していたオーストリアのウィーンでは、当時通っていた学校の近くにゴシックの代表格とも言うべきシュテファン大聖堂が聳え立っていて、しかも周囲の建物の多くはバロック建築でした。周囲にロマネスク建築はなく、旧市街で夜を迎えると、バロック建築が怪物に見えてきて、忽ち私は怪物に取り囲まれてしまうような錯覚に陥りました。怪物と言えばロマネスク建築に見られる海獣たちの彫刻に私の興味は尽きません。以前NOTE(ブログ)の「河鍋暁斎の世界」を書いた文章の中で、私の妖怪趣味に触れた箇所があります。ロマネスクの海獣たちに私が惹かれる理由がそこにあります。本書の中でも「11世紀から12世紀のどの時点で、またどのようなきっかけで、この動物が跋扈しはじめるのかは、またしても定かではない。しかし、ヨーロッパ中の聖堂の装飾に、いわゆる中世の竜、ドラゴンが確かに誕生したのである。」とありました。本書執筆の動機についても著者は「あとがき」で触れています。「ロマネスク探求の旅は、まだ峠をひとつ越えたばかり。~略~わたしもフォシヨンのレトリックに酔い、柳(宗悦)先生の眼に感銘を受けたひとり。だがフォシヨンやシャピロがロマネスクについて激論を交わした1930年代から80年、日本に広く紹介されてからもすでに半世紀近く経とうとしている。そろそろロマネスクの美のことも、今の視点で語りなおしてもよいのではないかと感じていた。」ということは著者のロマネスクの旅はまだまだ続くということでしょうか。ともかく面白い論文であったのは間違いありません。
2026.05.13 Wednesday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「決定的に重要なのが『失敗する権利』の保証である。 山本宏樹」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「暴力が多発する学校への監視装置の導入をめぐる議論は、統制のための監視か、生徒の自主性と安全確保のための見守りかで分かれる。だがそれは管理する側の論理。生徒は失敗を通じて学び直すのだから、自ら安全設計に参画し、関係を修復する過程を経験する権利があると、教育社会学者は言う。論考『子どもの〖見守られる権利〗を設計する』(『現代思想』4月号)から。」私が教職に就いた時代は、全国的に学校が荒れていて、横浜でも例外ではなく、マスコミに取り上げられた浮浪者襲撃事件に加担した学校に私は赴任しました。当時も高圧的な指導では教育を正常化することが出来ず、先生たちは辛抱強くひとり一人の生徒の心に寄り添おうとしていました。当時は働き方改革の発想はなく、いついかなる時も連絡が入れば、生徒の元に駆け付ける体制が出来ていました。生徒に「失敗する権利」があれば、それによって迷惑がかかる生徒もいて、彼らにも「まともに学習する権利」が存在します。まともに学習する生徒はモノを申さぬ衆で、その同調圧力に対し、失敗し迷惑をかけた生徒はそこに居られなくなるという事態も起きてしまいます。「失敗する権利」の保証は、なかなか一筋縄ではいかない難しさがあります。他人に迷惑がかからない自分だけの失敗は、やがてそこで学んだものが人生の糧になるので、やり直しは大変有効です。「失敗する権利」が大手を振って歩いているのは学校教育の特徴で、うまくいったことより、失敗したことの方がより深い学びに繋がっているからです。失敗をリセットしてやり直そうと考えがちですが、リセットしてもゼロにはなりません。労力を使ってやり直すことが良い結果を残すことになることが多いのです。
2026.05.12 Tuesday
今日の午前中は工房で制作をしていましたが、午後になって家内を誘って、東京の砧公園にある世田谷美術館に出かけました。私たちにとっては久しぶりの砧公園散策で、新緑を味わいながら散歩を楽しみました。当館で展覧会を開催している造形作家田中信太郎は、私の師匠の世代に属する人で、7年前に逝去されています。私のように具象彫刻から抽象へ移行した行程とはまるで異なるキャリアを持ち、10代から20代にかけていきなり廃物を使ったアートで注目をされたようです。私が田中信太郎を知ったのは簡潔な直方体が空へ延びる野外作品で、その清々しい造形が印象に残っています。本展も作家の歩んだ軌跡を振り返る展示になっていて、現代アートが点在する展覧会は私にとって久しぶりでした。美術館の大きな空間にメッセージを極端に切り詰めた概念的な作品があり、とても映えていました。そこに添えられたコトバも作品の存在を雄弁に語っていました。図録に面白い記事があったので引用いたします。「田中信太郎の作品をそれと知って見るようになったのは、二紀展の作品よりだいぶ後、ネオ・ダダのグループ展でのことで、1961、2年の頃である。人形や薬カンや玩具のピアノなどの廃物を平面的にならべ、白い絵具を塗りつけた作品などが印象に残っているが、荒川修作、篠原有司男、工藤哲巳、三木富雄、吉原益信らの読売アンデパンダン展やネオ・ダダの中心人物たちの周辺を、うろうろしていた少年という記憶が強い。~略~気弱な弟、うろうろしていた少年の田中信太郎が、ネオ・ダダの嵐のあとで、気が付いてみると、もっとも純粋な『表現』の地帯に残っていた、あるいは、そんな地帯を切り開いていたのは、戦後美術史の別の一齣である。いまでは、ネオ・ダダ時代のことを持ち出すのがおかしいくらいに、この作家は純度の高い形態とシンプルな素材を用い、最小限の言葉つきで、繊美な感受性を伴った世界を静かに展開しつつある。」(東野芳明著)その純度の高い形態が並ぶ展覧会場を行きつ戻りつして、作品の周囲に漂う空気感をも私は味わっていました。
2026.05.11 Monday
「ロマネスク美術革命」(金沢百枝著 新潮選書)の「終章 ロマネスクの美 」の気に留まった箇所を取り上げます。「封建領主がそれぞれの地域を治めるようになると、教会もそれに応じて増えていった。新しい領主は新しい村を興し、新しい村は新しい教区に属し、新しい教区には新しい教会がなければならない。もちろん、新しい教会には新しい洗礼盤、新しい祭壇、新しい聖書が要る。新しい美術はかなり具体的なかたちで必要とされ、待ち望まれていたのである。~略~ヨーロッパを南北に分かつ、地中海の文化とケルト・ゲルマンの文化、このふたつの異文化が民族大移動によって出会ったのが古代末期(4世紀)だったとすると、両者の融合が始まったのはカロリング期(8世紀)、一般化したのがロマネスク期(11世紀半ば~12世紀)だったと言えるだろう。~略~ルネサンス的な美的規範が優勢であり続けたおよそ500年間、つまりごく簡単にいえば近代において、人々がロマネスク美術に目を向けず、関心を払ってこなかったとしても一向に不思議ではない。現実世界の再現に頓着しないロマネスク美術は、遠近法にも解剖学にも用がないのだ。ロマネスク美術の作り手たちは、人体のプロポーションを自在に変えることができたし、画中の奥行きなど意に介さず構図を決めることができた。キリストの威厳、マリアの愛、聖人の喜び、地獄の苦しみ。絵画や彫刻は、こうした是非とも伝達したい主題や感情を簡潔かつ的確に表すための、見る者へ向けたいわば直球勝負だった。~略~ながらく忘却されていた、ロマネスク的な異なる美と価値。それが『再発見』されたのは、産業革命と機械化によって社会と風景がおおきく変貌し、そこで失われてしまった何かを取り戻そうと、ヨーロッパが自己を相対化し始めてからのことである。」私が高校生の頃は、ルネサンス期の写実表現に近づくためにデッサンの修得に終始していました。それが大学受験の課題でもありましたが、その時稚拙と思えたロマネスクは、その後次第に私の中で存在感を増し、あらゆる様式の中でロマネスクが徐々に好きになってきました。それがどうしてなのか、私自身にもう一度問いかけてみようと思っています。次回は本書のまとめを述べていきます。