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  • 新聞記事より「遠くの世界が見えます。」
    今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「私は…発想する側のはしくれですが、それゆえか、目の前にある常識は見えず、逆に遠くの世界が見えます。 山岸凉子」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「1970年代に本格的に漫画を描きだすも、世間とずれる世界を描いたからか、編集部に駄目出しをくらい続けたと漫画家は言う。でも大人の感覚で読んでくれるファンも育っていて、『人間の深奥』に切り込めたと。時代を跨いで残るのは尖った発想なのだろう。岩波書店編集部編『私の戦後80年、そしてこれからのために』への寄稿から。」私は少女漫画をあまり読んでこなかったので、詳細なことはわかりませんが、それでも 山岸凉子氏のビアズリーを彷彿とさせる人物描写は独特な雰囲気を纏っているような気がしていました。おそらく同世代の漫画家萩尾望都氏の世界にも私は不思議な魅力を感じていたので、当時の少女漫画の世界では、この世代の不思議な漫画家たちには他を寄せつけないものがあったように記憶しています。現代の漫画は描く世界が多様化し、それが幅広いアニメーションの世界観に繋がっているように思いますが、当時の抜きん出た表現は古さを感じさせないばかりか、今読んでも「人間の深奥」を求めた力量は不動のものがあるだろうと私は考えます。「時代を跨いで残るのは尖った発想」とコメントにありますが、これは漫画やアニメに限ったことではなく、現代美術全体に言えるのではないでしょうか。私たちは人間であることの本質を知るために「人間の深奥」を求めます。一番身近な自分自身の謎に挑む姿勢は、時として世間とずれる世界を描くことで、逆に遠くの世界を見透かすこともあるでしょう。その遠くの世界は人間内部の深さを推し量ることにも繋がります。人間を知るために革新的な表現が生まれ、それが前衛と呼ばれ、やがて感覚に定着するまでに時間を費やし、また次の革新的な前衛がやってくる、その繰り返しで私たちは常に新しい美と向かい合っているのです。
    「ロザリオの祈禱」について
    「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第6章 日本における聖母のタベルナクル」は4つの単元から成っていて、今回は「2民衆の信心形式としての『ロザリオの祈禱』」を取り上げます。「ロザリオの祈禱とは何かについて検討しておきたい。これはラテン語の読み書きができない民衆が、ミサなどの教会の儀式に参加することができるように、11世紀頃から、神父がその祈禱の後に民衆が唱和することができるような、簡単なラテン語の章句を教えたことにはじまる。~略~1521年にドミニコ会のアルベルト・ダ・カステッロが主題を15に絞り、『マリアの喜び』『マリアの悲しみ』『マリアの栄光』を瞑想しながら、全部で150回のアヴェマリアを唱和する現在のような形式にまとめた。この簡潔でわかりやすい形式がヨーロッパ各地に普及し、それによって聖母信仰が民衆に一層容易に浸透した。普及の理由は、15種×10回という簡潔さと、単純な祈禱が無学の民衆に対して効果的だったからで、マリアの喜びや悲しみに共感しながら、『キリスト教の主要なドグマを精神に浸透させる容易な方法』となったからである。~略~いっぽう、ルターはこのロザリオの祈禱形式を強く批判している。それはロザリオのような外的な道具を用いて、いわば機械的に習慣的に定型化した祈りを繰り返すことは真の祈りではなく、『心にかかる事柄をとりあげてそれを真剣に求めるべきだ』とする。個人の信仰や祈りに関する両者の相違が明確にみてとれる。」本書は次にロザリオ教書「スピリツアル修行」の日本語訳を詳しく取り上げていましたが、ここは割愛させていただきます。「トレント公会議前後における聖母像擁護論は、民衆祈禱の力を借りて極東の島においても現地同様の鮮明さをもって普及させられていた。むしろ迫害を身近に感じる日本キリシタンにとって、これらの修辞学、すなわち、幼子イエスをもつ喜びから、迫害の苦痛と悲惨へ、そしてその後の歓喜の復活、昇天へのドラマは深く心にひびくものであったにちがいない。」今回はここまでにします。
    「《聖母十五玄義図》の発見」について
    「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第6章 日本における聖母のタベルナクル」は4つの単元から成っていて、今回は「1《聖母十五玄義図》の発見」を取り上げます。因みにタベルナクルをネットで調べると聖書に登場する移動式の神殿の意味があります。「『聖母十五玄義図(ロザリオの聖母)』の画像は、ロザリオを用いての民衆の信心形式が、日本の信者の間に普及していたため、数多く制作されていたと考えられ、現代まで生き延びた遺品も三種類ある。一枚は高槻の東藤次郎方から発見された『東本』とされるもの、もう一枚は浦上天主堂旧蔵で原爆投下によって失われたもの、最後の作品が高槻の原田辰次郎方から発見された『原田本』(京都大学蔵)である。」描かれた年代はどうだったのでしょうか。「まず、1614年以前に、ロザリオの聖母の祈禱と、そのための掛け軸状の絵画は需要に応えて多数制作されていたものとみられること、第二に、ニコラオが去り、著名なキリシタン画家がマカオに去ったとしても、すべての画家が日本を去ったのではないこと。したがって、潜伏下で『ロザリオ祈禱』掛け軸を描くことのできる画家は存在した。そして潜伏し、信者とともに生きる(または死ぬ)ことを選んだ宣教師も相当数いたのである。」次に聖母像の構成についてです。「聖母子と四聖人の周りには正方形に近い15の区画がぐるりと取り囲み、この部分は曼荼羅に似ていなくもない。しかし、それはキリスト教にとって重要な教義を説明する15の場面であり、同時に、マリアとキリストの生涯の重要場面でもある。左下から時計周りで、『受胎告知』『聖母の訪問』『イエスの降誕』『イエスの神殿奉献』『博士と議論する少年イエス』の5枚、すなわちイエスの受胎から少年時代の事績の5場面が描いてある。これは聖ドミニクスが始めたといわれる『ロザリオの祈禱』のなかの『聖母の御喜び』にあたる5場面である。さらに画面上の左から『ゲッセマネの園の祈り』『キリストの鞭打ち』『荊冠のキリスト』『十字架担ぎ』『磔刑』の受難の5場面が描かれているが、これは『聖母の御悲しみ』の場面である。画面右側では『キリストの復活』『キリストの昇天』『聖霊降臨』『聖母の被昇天』『聖母の戴冠』がならび、これは『聖母の栄光』の5場面である。」今回はここまでにします。
    週末 アニメーション雑感
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は自らの創作活動というより、視点を変えて最近のアニメーションについて考えてみたいと思います。私の教え子にアニメ情報に長けた子がいます。彼女には言葉の表現力があり、彼女が推すアニメ作品を言葉巧みにラインで私に伝えてくるのです。現在のアニメ放映は深夜枠になっており、私は睡魔と闘いながらアニメを見ています。彼女が推すまでもなく、最近のアニメの世界は多様性に富んで、しかも見る側の情感に沿う微妙な説得力があるなぁと感じます。海外のCGアニメと違い、平面的で線描の美しい日本のアニメは世界に冠たるユニークな表現であると私は思っています。日本人は平面表現に古来から親しんでいて、たとえば安土桃山時代の障壁画の様式美にひとつの頂点を見ることが出来ると私は考えます。江戸時代の浮世絵も自由闊達であり、軽妙洒脱で簡潔な線によって支えられた表現には現代のアニメに繋がる要素があると思います。「鳥獣戯画」から「北斎漫画」に至る線描の巧みさは、日本人の遺伝的なものかもしれず、私が大いに誇りとして感じているものなのです。さて、私はいつごろからアニメに目覚めたのか、モノクロ画面で動きはディズニーを模倣していた時代には、テレビが全家庭に普及しておらず、街頭テレビの前に人が集まってテレビを見ていました。亡父は新しがり屋だったので村で一番早くテレビを購入し、近所の人たちが実家に見に来ていました。1964年の東京オリンピックでテレビが普及し、「鉄腕アトム」や「鉄人28号」が放映されました。私は貪るようにアニメを見ていて、親から注意を受けたことも屡々ありました。やがて私はアニメを卒業し、社会人になってからテレビから離れていた時期もありました。教職に就いていた私は生徒からアニメ情報を得ていて、ブームになったスタジオ・ジブリの一連のアニメや「鬼滅の刃」や「チェンソーマン」などを映画館に観にいくようになり、映画の実写との比較も頭を過っていました。実写の映画監督をやっている高校の同級生竹中直人君にもアニメに負けるなとエールを送ったことがありました。教え子で美大に行った子の中にはアニメーターを目指す子も現われました。まさに私の周囲にはアニメに溢れた環境があると感じています。世界的に見ても日本のサブカルチャーを代表する媒体になったアニメは、今後もあらゆる方面に影響が及んでくるのではないかと察しています。
    週末 寒さが増した1週間
    週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週は毎日工房に通っていましたが、寒さが増した工房は、通常通りの制作時間では身体がなかなか厳しくて、午後は早めに切り上げて自宅で休んでいました。工房には大型ストーブが1台ありますが、それでは工房全体を温めることは敵わず、作業の合間に手を温めることくらいしか出来ないのです。現在は壁に掛ける作品の要素になるコラージュを作っています。それは杉板材を刳り貫いて、それを炙って炭化させる効果に期待を持っています。今週は毎日杉板材の刳り貫き作業に時間を費やしました。毎日少しずつ出来上がっていく作品に多少満足を覚えながら、身体に無理がかからないように過ごしていましたが、火曜日と金曜日は近隣のスポーツ施設に行って水泳をしてきました。私は一人でやる運動が苦手で、スポーツ施設にやってくる人たちに混じって一緒に身体を動かすのがいいと思っています。今年も水泳が始まったので、出来るだけ通いたいと思っています。教職に就いていた頃は、夜の時間帯に水泳をしていました。教職の多忙さがあって結構不定期になっていましたが、それでも可能な限り継続していました。若い時代には近所に住む仲間とマスターズの大会に出ていたこともありましたが、今となっては体力の現状維持が目的です。毎回同じように泳げれば良しとしています。制作にも同じことが言えて、制作時間を短くしても毎日同じように作業が出来ることが幸せだろうと思います。新作は今年の5月あたりに完成させるつもりでやっています。毎年この時期に個展用の図録撮影があるからです。水泳は体力現状維持、創作活動はさらなる自己確立を目指してやっていると認識しています。今週は制作と運動以外に何もなく、生活の基本とするところを頑張っていたのでした。