2025.12.20 Saturday
週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週は木曜日と金曜日は工房に行かなかったので、今日を含めて4日間工房に通ったことになります。工房での作業は新作となる集合彫刻の砂マチエールが硬化したため、そこに油絵の具を染み込ませる作業に移りました。油絵の具用の溶剤が足りなくなったので、金曜日の美術館からの帰り道に横浜駅にある画材店で購入してきました。現在工房では絵画的な作業が中心で、これは暫く続きそうです。油絵の具には独特な臭いがあり、朝工房にやってくると、この臭いがしてきます。彫刻的制作から絵画的制作へ、新作はさまざまな技法が合わさって作られていくことを自覚しています。これによって厚板材は木材から他の物質に変容していくことでもあるのです。私は彫刻用の素材に魅力を感じる一人ですが、絵画的な塗装にも魅力を感じていて、それを今回の新作に利用しています。ただし、私は絵画的描写を意図することが少なく、ドリッピング等で偶然作り出せる効果を狙います。今週はその第一歩を踏み出すことになりました。今週の木曜日と金曜日は工房での作業を休みました。陶彫をやっている最中なら窯入れをして、ブレーカーを落とすことで工房での作業を休むのですが、現在は砂マチエールの油絵の具による塗装をやっているために、電気等の関係ではなく工房に行かない日を作りました。最初の計画では木曜日だけ休んで宇都宮美術館に行く予定でしたが、車で行く途中の高速道路で火災による渋滞にはまり、宇都宮まで辿り着くことが出来なかったのでした。急遽、翌日に公共交通機関を使って宇都宮美術館で開催している「ライシテからみるフランス美術」展に行ってきました。本展でライシテと言う聞き慣れない概念を知る契機になり、私個人としては満足を覚えました。この日は晴天に恵まれ、宇都宮美術館の周辺は広場と木々が多く、青空に紅葉が映えて美しく輝いていました。心残りとしては宇都宮駅で餃子を食べてこなかったことでした。
2025.12.19 Friday
昨日、車で宇都宮美術館に行こうとして、首都高速中央環状線「山手トンネル」でトンネル火災に遭遇し、美術館まで辿り着けませんでした。展覧会を諦めきれない私は、今日は公共交通機関を利用して宇都宮美術館で開催している「ライシテからみるフランス美術」展に行ってきました。家内は和楽器演奏があったため私一人で美術館散策になりました。横浜からJRやバスを使って片道3時間はなかなか遠いなぁと感じました。本展はライシテという概念を知らせる目的で開催された展覧会で、私も初めて聞くライシテの概念を学びました。入口にあった資料には「(ライシテを)まとめるなら、『共和国が宗教から独立して世俗的であるさま』とでも言えようか。フランスの歴史と結びついた独特の政教分離のあり方と言えば、ひとつの立派な定義である。」とありました。「1789年のフランス革命は王権神授説と教会の支配を否定し、自由と平等を原則とする新たな秩序を築こうとした。この転換点を経て、政治権力は宗教からの自律を獲得し、宗教は次第に私的な領域へと再配置されていく。~略~(本展は)『芸術の世俗化』や『宗教画から近代絵画へ』といった言葉から安易に連想されるような単線的で粗雑な図式には収まらないだろう。~略~ライシテ体制のもとを生きる芸術家たちが、政治権力や宗教的権威を意識し、ある場合には表立ってそれを批判し、別の場合には検閲やタブーなどの制約をかいくぐって新しい表現を模索する。そうした格闘から生まれた作品には、宗教についての新たな美的な語りの発明の跡が刻み込まれていることがあるだろうし、世俗そのものの宗教性が宿っていたりするだろう。」(引用は全て伊達聖伸著)本展はそんな概念が伝わる作品を各美術館から集めた展示で、芸術家個人の宗教に対する感覚が見て取れる内容になっていました。私はヨーロッパで生まれたわけではなく、自分の精神的土壌にキリスト教がないため、ライシテの概念は理解できたものの、今一つピンとくるものがないと感じました。展示作品は質量ともに良いものであっても、その方向性には自分との異文化相違のせいか、本当の理解には至っていないと思っています。私は特定宗教を持ちませんが、何か人智を超えたものに対し、祈る気持ちがあると思っていて、世俗的な造形作品を作っていても、実はそこに内在する祈りのようなものがあると信じています。それは前文にある「宗教についての新たな美的な語りの発明」かもしれず、宗教を宗教ではない何かと言い換えれば、世俗と人智を超えた何かが複雑に絡まっているように思えてなりません。本展を巡って、そんなことを考えてしまいました。
2025.12.18 Thursday
先日の朝日新聞の記事でライシテという概念を知ったことで、宇都宮美術館で開催している「ライシテからみるフランス美術」展に行こうと思い立ち、早速家内を誘って宇都宮まで車を飛ばす予定でした。東名高速から首都高速へ抜け、東北自動車道へ向かう途中で、とんでもない渋滞に遭遇しました。場所は首都高速中央環状線「山手トンネル」で、長いトンネルの中で車は動かなくなりました。そのうちラジオから「トンネルで火災が発生しました。」というアナウンスが流れてきて、家内は窓を開け、臭いや煙を確認しましたが、そんな気配はなく、きっと渋滞の後ろの方で発生しているのかもしれないと思っていました。聞き慣れないアナウンスに心の動揺がありましたが、ネットで何度か状況を確認したけれど、どうやら大変な事態は避けられたようでした。しかし、このままだと美術館の営業時間に間に合わなくなりそうで、仕方なく板橋本町で高速を降りました。遅めの昼食を取ってから、一般道で帰ることにしました。横浜に到着する頃に、彫刻の師匠である池田宗弘先生から、中華街に行くようなことがあったら、腐乳を買って送ってくれないかと頼まれたことを思い出し、帰りがけに中華街に立ち寄りました。コインパーキングに車を停め、久しぶりの中華街を散策しました。腐乳は白腐乳を2瓶、紅腐乳を1瓶購入しました。池田先生は粥に腐乳を入れて食べるらしく、腐乳のことを知らなかった私たちは店の人から詳しい説明を聞きました。中華街は暫く来ないうちに新しい店が出来ていて、昔の情緒はなくなっていました。その代わり食堂や土産物店は綺麗になって入店しやすい雰囲気が現れていました。観光地によくあるように、ここでも食べ歩く人が多く、私たちは夕食に肉まんを買って帰ることにしました。私が幼いころ両親に連れられてやってきた中華街は、現代日本で一般化したおもてなしの精神はなく、それでも異国情緒に溢れ、やや子供心に怖さもあった中華街が今でも印象に残っています。大通りの上には龍を模った照明が浮かんでいて、街の今昔の移り変わりを感じていました。
2025.12.17 Wednesday
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第3章 イエズス会のアジア布教とその美術政策」は3つの単元から成っていて、今回は「1イエズス会とアジア布教」について取り上げます。「(イグナティウス・デ・ロヨラは)エルサレムに巡礼したあと、スペイン各地の大学で勉学し、熱烈な信仰心のゆえの審問や投獄を経験したあと、1528年パリ大学に向かい、ここで1533年に学士号、翌年修士号をとった。この大学で彼は後のイエズス会の同志を得た。フランシスコ・ザビエルもそのひとりである。1538年かれらは修道会を結成することとし、その会の『基本精神要綱』を作成、パウルス三世に提出して許可を得ることとした。~略~海外布教はイエズス会の重要な仕事であった。ロヨラが没したときには、すでに東インド、日本、中国などのアジア、ブラジル、コンゴ、エチオピアでイエズス会士が宣教を行なっていた。海外布教の事業に先鞭をつけたのは、フランシスコ・ザビエルである。~略~『(ザビエルがイエズス会員に宛てた書簡では)日本についてこの地で私たちが経験によって知り得たことをお知らせします。第一に(…)この国の人びとは今までに発見された人びとのなかで最高であり、日本人より優れている人びとは、異教徒のなかでは見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。おどろくほど名誉心の強い人びとで、他の何ものよりも名誉を重んじます。』このほかザビエルは、日本人の大部分が読み書きができるので教理を教えるのに適していること、道理にかなったことを聞くのを喜ぶことをあげてその知性を賞賛している。~略~この楽観的な予想は、1550年の冬、ザビエルとフェルナンデスが訪れたミヤコ、すなわち京都で無惨な夢に終わった。天皇に会いたいという希望は、高位の紹介者と高価な贈りものを持たないものには不可能であった上に、戦乱の状況にあった京都に天皇は不在であり、わずか11日間の滞在であっても、天皇が日本を安定統治しているのではないこと、この国が戦乱状態にあって、総括者は不在であることがわかった。」今回はここまでにします。
2025.12.16 Tuesday
今日の朝日新聞の天声人語を読むまで、私はライシテという概念を知りませんでした。「宇都宮美術館で開催中の『ライシテからみるフランス美術』は、国家と宗教、政治と信仰の複雑な関係性を読み解いた。『ライシテ』はフランスの歴史と結びついた独特の政教分離のあり方で、非常に厳格に分ける。その概念は、18世紀のフランス革命に由来する。この時、王朝が倒れ、王制を支えていたカトリック教会も解体された。王室や教会から美術品を没収して、市民に公開したのがルーブル美術館の始まりだ。日本ではなじみの薄い概念だが、展覧会では美術という補助線が理解を助けてくれた。ミレー、ルオー、ユトリロー。有名画家たちの作品が、政治や信仰、愛国主義といった背景を知ることで異なる光を放つ。精神的な覇権を巡って宗教と世俗が激しく争い、議論してきたのが、現在に至るライシテの歴史なのだ。世俗化した社会で、作品を選び展示する美術館の役割は大きい。企画した学芸員の藤原啓さんは『宗教的に中立な場所だからこそ、私たちは美術史を問い直し、批評的に考えていかなければ』と話す。」改めてライシテとは何かを調べてみました。「フランスにおける教会と国家の分離の原則(政教分離原則)、すなわち、(国家の)宗教的中立性・無宗教性および(個人の)信教の自由の保障を表わす。 説明的に「非宗教性」という訳語が当てられることがある。」というのがAIによる解答です。芸術作品の中には宗教性であったり、社会性であったり、またそうした要素を持たない純粋な造形も見受けられます。フランス美術の歩みの中でライシテの概念から作品を読み解くのは、私にとっては新しい視点であり、こうした概念が存在することも美術を理解する上で、大切なことだろうと思います。宗教性で言えば、現在私は「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)を読んでいて、16・17世紀のカトリックとプロテスタントの鬩ぎ合いの中で、カトリックの聖母像が日本に齎された経緯を学んでいるところですが、宗教と政治、ないしは美術の関係についてひとつの考え方を本書からいただいていると感じています。私の中で今まで考えてこなかった分野で、新聞にも「日本ではなじみの薄い概念」とありましたが、全くその通りだなと思っています。