Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 週末 年を跨いだ1週間
    日曜日になりました。日曜日は創作活動に纏わることを書くのが定番になっていますが、昨日の土曜日に1週間の振り返りをやるつもりが、例年正月に開催している従姉妹会に関する話題を取り上げてしまったため、今日は土曜日の代わりに1週間の振り返りを書くことにしました。先週の日曜日から土曜日までの1週間は年末年始の年を跨いだ1週間になりました。日曜日は昨年夏に開催した個展の搬出荷物をロフトに上げるために3人のスタッフと後輩の彫刻家に午前中工房に来てもらい、荷揚げ作業を行ないました。午後はカメラマンを呼んで、後輩の木彫の撮影を行ないました。月曜日から水曜日まで私は工房で杉板加工を行ないました。家内は自宅の掃除を行なっていましたが、頼んでおいたお節料理が自宅に届いたこともありました。元旦は裏山の祠へ細かく刻んだ餅や油揚げを持っていき、東京赤坂の豊川稲荷へ行ってお札をもらってきて、祠の古いお札との交換をしてきました。金曜日は祠の土台修理を行ない、午後は工房で杉板加工の続きを行なっていました。土曜日は従姉妹会に参加するため、自由が丘のレストランに出かけてきました。レストランで食事をした後、その近隣に住む従姉妹宅へお邪魔して、遅くまで語り合っていました。創作活動の合間に年末年始の恒例行事があり、私としてはいつもと変わらぬ年越しだったなぁと振り返っています。このいつもと変わらないことを幸せに思えることが私には歳をとった証拠なのかもしれず、静かで落ち着いた新年を迎えられたことを嬉しく思っています。制作に関してはいつのもような集中力は発揮できずにいました。作業は継続していても年を越したという気持ちの変化があったように思います。2026年はどんな年になるのか、未来の予測は出来ませんが、創作活動がいつも通りできるのは世の中が安定していないと厳しい結果になるのは歴史が証明しています。私が時事問題を考えるようになったのも、こうした世界情勢のキナ臭いニュースが飛び込んでくるので、否が応でも反応してしまうのです。今年こそ良い年になるように祈っています。
    週末 26’も従姉妹会を開催
    週末になりました。いつもなら1週間の振り返りを行なうところですが、今日は別の話題にいたします。昨年のNOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、正月に従姉妹会のことを書いています。家内も私も両親が他界し、昔のように親類縁者が集まって正月を祝うことがなくなり、いつの頃からか従姉妹会がスタートしていました。昨年亡くなった叔父や叔母もいたにも関わらず、従姉妹たちは喪に服しつつ、昨年もこの従姉妹会を開催していたことで、正月を祝うのとは別の目的で従姉妹会をやっているのだろうと思います。従姉妹たちは私の夏の個展に来てくれますが、仕事の都合で皆がバラバラにやってきます。一堂に集まれるのは正月しかないと思われるので、一人ひとりの情報交換を行うのは絶好の機会かもしれません。店の予約は順番で決めています。昨年は家内が渋谷にあるスペイン料理店を予約していましたが、今回は自由が丘にあるイタリア料理店で会を催しました。私はこんな機会がないと人と会食することもなく、自宅と工房を行き来する単調な生活なので、今回は久しぶりに自由が丘にやってきました。最近できたビルには洒落た店が入っていて、コース料理に舌鼓を打ちました。話題も多方面に及び、楽しい時間を過ごすことができました。従姉妹会の中で仕事を退職しているのは私だけで、他のメンバーは現役です。来週から仕事が始まるので、その一区切りとして忌憚のない話ができる場なのかもしれません。私も従姉妹会があると漸く新年を迎えられた感覚になります。また1年間頑張ろうと思います。
    祠の土台修理&制作の開始
    2026年になって2日目、今日から制作を開始しようと工房に行きました。杉板材の刳り貫き作業を昨年末から継続しているので、新たな気持ちになることもなく、電動工具で作業を始めました。こうしている時が私は一番心が落ち着いて、少しずつ作品が出来上がってくると俄かに嬉しくなります。自分のペースで自分が描いたイメージを具現化することは、最高に幸せなことなのだろうと改めて感じました。創作活動を生涯の友としている自分は、それだけで十分満足なはずですが、制作が進むうちに造形的な力不足や不満が沸き上がってきて、自分には才能がないのかもしれないと落ち込むことが多々あります。そうであるからこそ制作を継続していかなければならないと自らに言い聞かせているのです。数年前に校長を退職しましたが、その時は重圧から解放された気分はありましたが、何かをやり遂げた気分にはなりませんでした。振り返れば教職は面白かったと思いましたが、それが自分の最終目的ではなく、二束の草鞋生活で教職に伴走していた創作活動が大きな比重を持って控えていたのでした。創作で何かを達成しなければ自分の人生に幕引きが図れないと私は思っているのです。話は変わりますが、昨日裏山の祠に餅と油揚げを持って行った時に、祠の土台が生えた竹によって斜めに傾いでいるのが気になりました。今日の昼頃、家内と鋸を持って裏山に行き、祠を少し移動させて、竹を根元から切断しました。祠の周囲は竹林になっていて、時季になるとタケノコを掘りに知人や近所の人たちがやってきます。祠は祖母がそこに据えたままになっていて、今まで修理をしていません。木造の小屋はまだ保っているので、土台の石を積み直して、そこに古い小屋を据え直しました。餅と油揚げはおそらく野鳥の餌になっているのかもしれず、数は減っていました。狐の陶器3体をまた置き直しました。これに霊験があるのかどうか分かりませんが、亡き祖母はそれによって相原家の商売はうまくいったのだと言っていました。信じれば救われるという宗教の文言が思い出されました。
    2026年を迎え…
    2026年を迎えました。元旦になると私の恒例となる仕事があり、裏山に据えた小さな祠へ行って、奉納された稲荷の札を新しいものに換えるのです。その祠はもともとそこにあったものではなく、祖父母の時代に近所に捨ててあった稲荷を祖母が拾ってきて、小さな祠を建てて祀ったものです。私は幼少のころから、朝食前に小さく刻んだ餅と油揚げを持って祠に行き、そこに納めてきました。当時はそれだけでなく、庭にあった2つの井戸にも餅と油揚げを置いていました。次に菩提寺に出かけて行って住職に新年の挨拶をしてきます。それから家内と東京赤坂まで出かけていき、豊川稲荷別院で護摩を焚いてもらうのです。そこで受け取った木札は自宅のリビングに、紙札は祠に納めるのです。相原の家は、祖父までが何代か続いた大工で、父が造園業を営んでいたため、代々商売繁盛の稲荷を拝んできたと思われます。これは私にはあまり縁がないのかもしれず、それ故か彫刻はいっこうに売れません。それでも家内安全が守られているので、毎年同じことを繰り返しているというわけです。私の元旦のルーティンはいつ頃から始まったのか忘れてしまっていますが、神社と寺が共存する風習に何の疑問もなく続けているわけです。宗教を理論ではなく、昔からの習慣として受け入れているのは日本人独特のものだなぁと思っています。さて、今年も創作活動に邁進する姿勢は変わらず、私の創作には終点がありません。自らが考えたことやイメージした視覚的幻影に近づこうとして、あれこれ試行錯誤しながら継続しています。現行作品の最終形は、寝起きに見ることが多いと私は感じていて、朝のまどろみの中で意識が飛んでいく瞬間があるのかもしれません。とりわけRECORDのアイデアは朝が勝負です。私は夜遅く起きていることが少なくて、夜はこのNOTE(ブログ)を書くことと読書をすることだけで、他のことは考えられないのです。ほとんど視覚的・触覚的な感覚は生まれてきません。そんなことでまた1年間を過ごしていきたいと思っています。このNOTE(ブログ)を読んでくださっている皆様が平穏に過ごせるように祈っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
    2025年HP&NOTE総括
    2025年の大晦日になりました。例年書いていますが、ホームページとNOTE(ブログ)の今年の振り返りを行ないます。昨年のアーカイブを見ると世界情勢の不安な様子が書かれていましたが、1年間が過ぎても平和が達成されることはなく、今年も戦乱の中にある国々は相変わらず大変な状況に耐えています。今年は米国トランプ大統領による関税政策に翻弄されてきた1年間だったのではないでしょうか。日本では初となる女性総理も誕生しました。時事問題に関心を持ったのは教職の管理職時代に遡りますが、現在も国会中継やら社会問題も折に触れて見ています。テレビ番組ではニュースが一番面白いと思っていて、オールドメディアと言われるテレビ情報も注意深く眺めて、自らの判断としてあれこれ考えるようになりました。創作活動では7月に企画していただいている個展で、20年もお世話になった東京銀座のギャラリーせいほうが閉廊することになり、来年から同じ東京銀座のうしお画廊で個展を継続させていただくことになりました。画廊が変わっても自分が追求している「発掘シリーズ」は次から次へと発想が湧いてくるので、どこまでも追い続けたいと考えています。葉書大の平面作品を作り続けているRECORDも遅ればせながら継続しています。教職に就いていた時に創作活動を忘れないために始めたRECORDでしたが、創作一本になったら気持ちが緩んでしまったのは否めません。多忙だった頃の方が頑張っていたのは、よくありがちな習性ですが、さまざまな表現が気軽に試せる媒体として、私は今も気に入っているので続けていきたいと考えているのです。鑑賞は美術館や映画館によく足を運びましたが、竹中直人君が高校の同級生にいてくれたおかげで今年は劇場にも足を運びました。読書は一日のルーティンとして夜に時間を取って、自分としては難しい書籍を読んでいますが、生涯学習の一環(とか言ってボケ防止でもあるのですが)として考えているのです。最後にホームページについて。これは創作活動が中心になっていて、堅苦しい側面もありますが、NOTE(ブログ)の拙い文章を読んでくださっている方々に感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。皆さまにとって来年が良い年でありますようにお祈りしています。