2026.05.31 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は5月の最終日なので、創作活動の状況を交えながら、この1カ月を振り返ってみたいと思います。7月に個展で発表する新作は、漸く完成に近づきました。壁に掛ける「炭景」4点のうち、2点は完成し、残りは数日のうちに完成になります。今回の個展では6点で構成される集合彫刻1点、壁に掛けるレリーフ作品4点、陶彫による小品4点が出品内容です。例年と違うところは、ギャラリーが変わり、今年の画廊は床面積が以前より大きくないこと、年間を通じて絵画作品の個展が多いこと等あって、私の作品もこれを機会に転換を図ろうとしていることです。壁に掛ける作品に力を入れたことが自分としては新しい試みでした。ただし、作品の発想は初期からずっと同じで、ヨーロッパ生活を引き揚げる時に見てきたギリシャ・トルコに広がる都市遺跡が源になっています。ということで「発掘シリーズ」は継続になります。今月は気候的に制作がやりやすく、また工房周囲にある木々も新緑に覆われて、爽やかな風が吹いていたことが印象的でした。今月の31日間のうち29日間は工房に行って制作をしていました。工房に行かなかった2日間は、3つの美術館を渡り歩いた日と茅ケ崎にある美術館に行った日でした。他の美術館や映画館に行った日は午前や午後に工房での作業を組み入れていました。美術鑑賞を己の研鑽と捉えれば、私には休日はないなぁと思いますが、好きなことをやっている現在では休日は必要ありません。美術鑑賞では「河鍋暁斎の世界」展(サントリー美術館)、「今村紫紅」展(横浜美術館)「田中信太郎展」(世田谷美術館)、「牧野邦夫」展(茅ケ崎市美術館)、その他では工房に出入りしている教え子が初出品初入選を果たした「国展」(国立新美術館)があり、全部で5つの展覧会を回りました。映画鑑賞では「今日からぼくが村の映画館」(横浜シネマリン)、「モディリアーニ!」(シネマジャック&ベティ)の2本で、観賞として今月は充実していました。来月も実技や鑑賞をバランスよく予定に入れたいと思います。
2026.05.30 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週は木曜日以外工房に通い、「炭景」4点の彩色を行なっていました。彩色による下地作りは今週で終わりました。その下地がよく乾いてから、幅広の刷毛を使って掠れによる最終的な彩色を施す予定です。それは下地がしっかり乾かないと出来ないので、作品ごとに一日ずつ放置することにしました。その放置日である木曜日に、家内と神奈川県茅ケ崎にある茅ケ崎市美術館に出かけてきました。同館で開催されている「牧野邦夫」展は、NHK日曜美術館で情報を流したこともあって、多くの鑑賞者で溢れていました。私は嘗て練馬区美術館での彼の展覧会を見に行っていて、力瘤が込められた作品群を見て、結構疲れた記憶がありました。ただし、写実絵画は暫し見ていると退屈になるのが私にとって通常ですが、「牧野邦夫」展はまるで異なり、刺戟的な作風は衰え知らずで、私にこれでもかと迫ってきました。彼はヨーロッパ古典絵画技法を完璧に身につけ、それを駆使した日本の物語を紡いだ大きな作品があり、それはなかなか壮観でした。とりわけ彼の描く手や足の表情が素晴らしく、また画面の中でも人を惹きつけるポイントになっていました。享年61歳は短い生涯と言えるでしょうか。画業を見ていると思いのすべてをぶつけたような生涯だったように思えますが、いかがでしょうか。現在、私自身も油絵の具を使って作品を作っている最中で、私は慣れない絵画制作に苦戦していますが、絵画としての捉え方に試行錯誤する毎日です。私の場合、絵の具は何か物語を描き出す材料ではなく、絵の具は単に絵の具であり、彫刻素材としての捉え方をしています。絵の具を塗装しているパネルも単に物質であり、これは壁に掛ける空間作品と考えているのです。具象絵画から具象でない絵画までの表現の幅の広さは今に始まったわけではないにしろ、現代では芸術作品の多様化は絵画という枠を超えています。ただし、そこに精神性があるか否かは、作家個人の創作への追求の姿勢によるものと理解しています。
2026.05.29 Friday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「殺人、箱舟、バベルの塔」は7つの単元から成っています。今回は〔12カインとアベル Ⅰ〕から〔14聖十字架伝説〕までを扱います。まず〔12カインとアベル Ⅰ〕。「楽園を出たアダムとエバには、やがて、ふたりの息子が生まれました。兄のカインは農夫に、弟のアベルは羊飼いになります。人類初の殺人事件が起きたのは、ふたりが収穫物を神に捧げた直後です。~略~憎しみというネガティヴな感情を、神さまは否定しません。むしろ、それをコントロールすることを人間に要求するのです。しかし、『罪』を『支配』できなかったカインは、アベルを殺してしまいました。人類初の殺人です。」次に〔13カインとアベル Ⅱ〕。「カインは、ほんとうに、弟アベルを殺したことが発覚しないと思っていたのでしょうか。殺害後、『お前の弟アベルはどこにいるのか』と神さまに訊かれたとき、『わたしは弟の番人でしょうか』としらばっくれています。~略~カインの最期は哀れです。聖書に記述はないのですが、『創世記』第4章24節に『カインのための復讐が7倍ならレメクのためには77倍』という不思議な一節があるため、中世では、カインの子孫レメクが(カインを)殺したとされました。」次に〔14聖十字架伝説〕。「アベルが殺され、カインが追放された後、アダムとエバにはもうひとり男の子が生まれました。アダムが130歳のときの子で、名はセト。~略~セトが楽園から戻ると、アダムはすでに息をひきとっていたので、その亡骸に小枝を植えます。このアダムの埋葬場所が後に、キリストが磔刑で処されるゴルゴダの丘となるのです。~略~シェバの女王がソロモン王を訪ねたとき、この材木(小枝の成長した木)は、エルサレムを潤すケドロン川の橋に使われていました。女王は、心眼で、この木が後に救い主キリストが磔にされる十字架になると見抜き、拝んだのです。」本書の図版に「セトを楽園に送り出すアダム」を描いたものがあって、作者はピエロ・デラ・フランチェスカです。私の大好きなルネサンス画家による絵画であることをつけ加えておきます。今回はここまでにします。
2026.05.28 Thursday
今日は家内を誘って茅ケ崎市美術館で開催されている「牧野邦夫」展に行ってきました。画家は既に故人となっていますが、2013年に練馬区立美術館で個展が開催されていて、私は同展を見ていました。魂が込められた緻密な写実画が印象に残りましたが、どの絵画一つとっても全力で描き込んだ世界観に息苦しさも感じました。今回の展覧会で当時の記憶が甦りました。本展も多くの自画像があり、柔和な表情をした自画像は一点もなく、こちらをじっと見つめる画家の眼差しの強さに牧野ワールドらしさが伝わってきました。写実画はその巧みさに目が奪われますが、画家がその技巧を使って何を表現したかを捉える必要があり、また時代を経て広がる対象にも考えを巡らせました。自己の精神を削り取るような画業の在り方は変わらないものの、53歳の時に妻となるモデルとの出会いがあって、画中に美しい女性が登場してきました。人物を描くことに長けた画家は、やがて群像を含めた壮大なテーマに挑んでいくことになるのです。図録に評論家による「海と戦さ」に関する文章がありました。「『いかにもギリシャ・ローマ的な肉体表現が脈打つこの壮大な油絵の主題は、じつは日本の古典である。画面上部には、〖平家物語〗のテキストが、癖のある書体で描き込まれている。(中略)しかし、画家は時代考証をして忠実に再現するわけではなく、洋装の人物がいたり、武具も洋式であったりする。日本の古典を発想源とし、その物語を想念のなかでさんざん煮詰めた末に、みずからが拠処としてきたヨーロッパ古典絵画のイメージと混交して生み出された、カオスとしての物語絵画なのである。(後略)』牧野邦夫は、終生レンブラントを敬愛し、ヨーロッパ古典絵画の技法に憧れた油絵を描き続けた。しかし、晩年にはこの《海と戦さ》のような、日本の古典を題材とする作品、あるいは芥川龍之介の小説を題材とするなどを多く遺した。私はそんな牧野の『先祖返り』した作品を高く評価したいと思っている。」(山下裕二著)本展はNHK「日曜美術館」の影響もあって、平日にも関わらず大勢の鑑賞者がいました。昼食には家内と本館2階のカフェで洒落た昼食をとりながら、海沿いの美術館の風情を楽しみました。
2026.05.27 Wednesday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「社会全体が、たとえ内部に強烈な相剋があるにしてもそれをカバーし、緊張的な共感に貫かれているという時代ではない 岡本太郎」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「現代の芸術家は『許された範囲内』でもがくばかり。『遊んでいない』、痛々しいばかりに遊べないでいると、前衛芸術家は言う。血の噴き出るような個人の訴えに社会が応えることがなく、みなバラバラにされていると。70年万博の数年前の発言である。まだまだ絶望が足りない。もっと絶望せよと言いたかったか。『原色の呪文』から。」今は亡き岡本太郎が残したもので、私は絵画や立体作品より、著された多くの書籍に魅力を感じています。因みに彼が書いた「縄文土器論」は私にとってバイブルのようなもので、陶彫制作では指南役になっています。この記事が書かれたのは70年万博の数年前というので、私がまだ小学生だった頃になります。私が知っている一つ上の世代の芸術家たちは反芸術を旗印に固定概念を打ち破ろうとしたのを、高校生だった私は何となく理解していましたが、さらに前の世代の人たちは内部に強烈な相剋を抱いていて、それが報われない社会全体に不満があったのは確かなようです。その見方で現在まで見ていくと、当時から日本の社会はほとんど変わっておらず、しかもそれに反旗を翻す芸術家もいなくなっているのではないかと思います。それにしても岡本太郎の書かれた文章に古さを感じさせない魅力があるのは何故だろうと思っていますが、それは造形美術にも通じる概念があって、常に不変で恒久なモノを追求してきたからこそ、文章にもそれが表れているのでしょう。