2026.03.31 Tuesday
今日は3月31日で、年度で考えれば年度末の最終日になります。私は教職に就いていた期間が長かったせいか、大晦日より年度末最終日の方が気持ちが入れ替わるのです。とりわけ転勤を控えていた時は、この最終日が大変で、溜めこんだ個人情報を裁断機にかけなければならず、時間がいくらあっても足りないと感じていました。管理職として転勤があった時は、次年度に送る引継ぎ資料の確認を行なっていました。地域への挨拶もこの日にやっていました。公立学校は地域あっての存在なのです。今日の新聞に公立学校の転勤情報が掲載されていましたが、退職して数年も経っていれば、転勤者も知らない人ばかりになっています。今月は31日間あって、そのうちの28日間を工房に通っていました。工房での作業は専ら杉板の刳り貫き作業ばかりで、職人的な仕事に終始していました。工房に行かなかった3日間は、母の七回忌と映画や展覧会の鑑賞に当てていました。美術鑑賞では「たたかう仏像」展(静嘉堂文庫美術館)、「下村観山展」(東京国立近代美術館)の他に教え子が出品していた卒業制作展(女子美術大学)に行ってきました。映画鑑賞では「死の天使ヨーゼフ・メンゲレ」(シネマート新宿)に行ってきました。美術も映画も内容の濃い刺激的な機会が与えられて、今月の鑑賞は充実していたと思っています。停滞しているRECORD制作も遅れを取り戻そうと毎晩取り組んでいます。前にNOTE(ブログ)にも書きましたが、葉書大の平面作品であるRECORDは発想の訓練になるようで、改めてこの制作の重要さに気づきました。朝の目覚めのちょっとした時間に視覚的なイメージが湧くのはRECORDのおかげかもしれません。読書はこのNOTE(ブログ)を書く前の時間を使って、集中してピクチャレスク関連の書籍に挑んでいます。これも前のNOTE(ブログ)に書きましたが、評論や論文の類を選んで読んでいるのは、私自身のボケ防止に他なりません。その単元で著者が何を伝えているのか、文章を引用するだけでも自分の頭の中でまとめになっているのです。来月もこのペースでやっていこうと思います。
2026.03.30 Monday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第4章 ピクチャレスクと建築」の「3建築書の中のコテージ」を取り上げます。「第一期のパターン・ブックは旧支配階層が好んだ壮大な古典的建築を扱うものが多かったが、その後の依頼者の変化は当然のことながら建築家達への要望を変えることになり、その結果より小さな出費で実現が可能な小規模建築の提案がパターン・ブックに不可欠なものとなっていった。そして、そこにピクチャレスクがより深く関与するチャンスが生まれたと考えられる。~略~モルトン以降、ピクチャレスクとコテージとの関係は多くのパターン・ブックなどによってさらに探求されるが、その時代はちょうどロマン派の時代に重なる。その中でパターン・ブックは変貌を遂げてゆくが、そこで著者達は創造的想像力を発揮しながら独自の建築観、その背後にある社会観、国家観、世界観とでも言うべきものをコテージのパターンの中に表現しようとした。古典的建築は普遍的真理の表象であるという意義を担っていたが、その普遍性から個別性へという変化を映し出したのが、個人の創造性を許容しやすい小規模建築、中でもコテージ建築だった。~略~19世紀以降、住居の美観とは何かが問われる中で有用性と美は相互に関わり合う重要な問題であるとみなされるようになる。1807年にポーコックはピクチャレスク美は有用性と合流しうると述べ、1828年になるとラウドンは実用の住まいとしての『適合性』は美観にも関わる重要項目であると強調するに至る。つまり、住居としての適切さ、つまり有用性は美の一部と考えるようになっていったのである。~略~建物の地理的条件、気候や風土、建築資材、住民の生活様式、等々といった地域性に関わる項目がコテージ論議に不可欠なものになっていったのである。そして、この地域性の追求はコテージの集合体である村落景観への注目や、コテージの住人へのコミュニティへの関心を生むことになる。さらに、この問題は各々の地域の集合体である国としての『イギリスらしさ』とは何かという国民的問いかけへと発展していった。」今回はここまでにします。
2026.03.29 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いていますが、昨日書くはずだった1週間の振り返りを今日に回してしまったので、改めて先週1週間の振り返りを行ないます。先週は日曜日から土曜日まで毎日工房へ通い、新作の制作に明け暮れた1週間でした。新作の中でも壁に掛ける4点の作品に手間取っていて、1ヵ月以上も杉板加工をやっています。枠付きのパネルの内部に、4種類の繰り返し文様で刳り貫いた杉板レリーフを貼っていくのですが、杉板全ての表面を焦がし、炭化した状態で貼っていくのです。下地には油絵の具で塗装しようと考えていて、絵の具の塗装と杉板のコラージュをどう扱おうか、その組み合わせについてイメージの取捨選択をやるのが思案のしどころと言えそうです。壁に掛ける作品は平面性が強いので、多面性を有する彫刻とは違います。それなら絵画かと言うと、そこにも語弊があります。それはさておき、この作品の当初のイメージは絵画として現れました。私が下地の塗装に油絵の具を用いるのもそのためです。絵の具は描写をするのには最適な用具です。油絵の具は粘着性や耐久性、光沢もあって西洋絵画の発展と共に油絵の具も画家が使用しやすく改良してきました。写実的な表現では遠近法を用いたり、陰影を駆使するのは絵の具あればこその技巧と言えます。また絵の具をアクションペインティングのように投げつけたり、滴らせることも可能です。純粋抽象絵画のようにフラットに塗ることも出来ます。昨年ギャラリーで発表した「痕跡A」と「痕跡B」は日本の書道のような掠れを多用しました。それを発展させるとしたらどうするべきか、炭化した木材との組み合わせでは、都合の良い融合は考えないようにしています。ある程度、対峙するものでなければならないと私は感覚で捉えていて、その衝撃をもって何かが生じるのではないかと期待しているのです。どうやら私の場合は理屈が後付けになってしまう傾向にあるようです。そんなことを考えながら制作三昧の先週を過ごしていました。
2026.03.28 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行なうのですが、それを明日に回して、今日は漫画家つげ義春氏の逝去に関することを書きます。つげ義春氏の代表作「ねじ式」をいつ頃読んだものか私は忘れてしまいましたが、不気味で不条理な世界観に溢れた本作はずっと印象に残っていました。高校の同級生で俳優の竹中直人君が同氏の「無能の人」の映画監督をしていたことも私の記憶にあり、この作者にはどんな成育歴があるのだろうと思っていました。今日の新聞に訃報が載っていて、ある程度詳しいことが分かりました。享年88歳。特異な世界を描いた作者の生い立ちを記事から引用いたします。「貧しくて学校嫌いで対人恐怖症。家庭に恵まれず、家出しようと2度密航を企てた。長じては自殺未遂と蒸発、妻子を持つも不安神経症に苦しんだ。だがそんな人生から紡ぎ出された作品は、土着的な詩情が濃く、暗くてもどこか滑稽で開放的。根無し草の不安に、静かな諦念が寄り添いもする。じんわりしみ出すようなそのぬくもりは、つげさんの愛した寂れた温泉宿のようだ。」(小原篤著)同氏の漫画が掲載されたのは月間漫画「ガロ」で、その「ガロ」が出版されていた当時、私はそれを手に取っていた記憶があります。その雑誌は他の漫画雑誌と違って、芸術性に富んだ独特な雰囲気がありました。同紙では白土三平「カムイ伝」が有名でしたが、後で知ったことで美術家赤瀬川原平「お座敷」も「ガロ」に掲載されていたようです。赤瀬川氏の個展でその漫画原稿を見ました。またつげ氏の「ねじ式」を捩った「おざ式」という漫画も描かれていたようですが、2人の交流があったのかどうか分かりません。当時から視覚文化の先端をいく漫画があったこと、しかも情念に充ちた不条理な世界を表現していたこと、現在でも日本のアニメーションが視覚文化の先端をいっていることと無関係なはずはないと私は考えています。日本人独特な個性はじんわりと湿っていて、それでいて特異な世界観を持っていると感じているのは私だけではないでしょう。
2026.03.27 Friday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第4章 ピクチャレスクと建築」の「2ピクチャレスク理論とコテージ」を取り上げます。「多様性と、時間をかけたその調和の尊重は、典型的なピクチャレスクの理念である。注目すべきはギルピンが、様々な人々がそれぞれに造り上げた『小さな住まい』即ちコテージの集合体である村を景観の一つの単位としてとらえ、その村のあるべき景観について意見を述べていることである。ピクチャレスクの理想に合致する景観が生み出されるには、独断的な指針でなく多様な思考と時間の経過による変容が前提となる。~略~彼(プライス)はそこで、まず城郭や大邸宅などの壮大な建物を取り上げ、さらにそれらの建物の廃墟の魅力について述べた後、コテージや水車小屋などに話題の対象を移す。大建築が『優美と壮麗』を表す例であるのに対し、コテージなどの卑近な建物は『多様と錯綜』を表し、『そのままでも極めてピクチャレスク』であるとして彼は価値を見出す。~略~コテージャー達の建物がピクチャレスクの理想から見て好ましいのは、それが財産の誇示のために作られた装飾優先の建物とは異なり、住人に『快適さと楽しみ』をもたらす実際の『一般的な住居』としての建物であるからだ。つまり、住む側の立場に立ってコテージを見つめる『人間性』が必要で、それを持ち合わせていない者が新しい村を作ろうとしても理想的なものは作れない。~略~プライスの労働者観に関しては、フランス革命を背景にした保守的な時代背景や、地主であるという彼自身の社会的立場など様々な要因をも考慮する必要があって断定的な評価は難しいと思われるが、ここで重要なのは彼が労働者の生活に関わるモラルを重視して、その上でそのモラルと美観の両方を尊重する立場を取ったことだろう。そのモラルの内容は問われなければならないが、プライス以降、住居は居住者がいて初めて存在意義を持つという当たり前の事実にピクチャレスクの美学は立脚するようになっていったこと、つまり、ピクチャレスクとモラルが結びついていったことは見落としてはならない。」今回はここまでにします。