2025.12.25 Thursday
映画に限らず、あらゆる表現には純粋に表現そのものを追うものや社会性や大衆性をもつものなど、幅広い表現形式が見受けられます。映画は観客を集めて上映される媒体なので、その個人浸透力は他の表現分野にはない影響を持っていると私は感じます。映画はアクションやファンタジーを描いた癒し系のものと、社会性をもつもの、それは時に事件を摘発し、私たちにその判断を委ねるものがあって、私はそんな映画を雑駁に大きく2つに分けて考えています。また後者は政治権力により規制がかかって上映禁止になるものがあり、なかなか刺激的な一面もあります。そのせいか私は学生時代から社会性をもつ映画をよく観てきました。今日家内を誘って観に行った「ネタニアフ調書」もそのひとつで、今も続いているガザ・イスラエル紛争の中心人物ネタニヤフ首相の公私にわたる行動をレポートしたドキュメンタリーでした。彼には汚職に塗れた事案が数多くあって、そのせいで戦争を止めたくないと言われています。平和になれば彼の犯罪が明るみに出て投獄されることは分かっているからです。図録にこんな文章がありました。「警察の尋問に対して高圧的に接し、自分に対する疑惑を徹頭徹尾『嘘』だと決めつけ、時には余裕たっぷりに映画『ゴッドファーザー』の有名なセリフ『友を近くに置け、敵はもっと近くに置け』を引用する、普段のニュースでは見ることのできない人間ネタニヤフの姿を垣間見ることができる。また、彼の汚職がいかに国家の腐敗を招いていったのかを証言するのは、元イスラエル首相、イスラエルの国内謀報機関シンベトの元長官、ネタニヤフの元広報担当、著名な国内の調査報道ジャーナリストたちだ。本国では上映禁止、親イスラエルの米国でも劇場公開されていないにも関わらず、国際的に注目を集め、昨年度のアカデミー賞ショートリストに選出されるなど大きな話題を呼んだ。」ネタニヤフ首相は20年近くその地位にいて、「イスラエルは完全に麻痺状態に陥っている。」(曽我太一著)と言われ、現在は強硬右派政党とも組んでいます。彼が首相でいる限り平和的解決は望めないでしょう。社会性をもつ映画は観た後もやるせない気分が残ります。私たち日本人から見れば、イスラエルは遠い国のようでいて人間臭さや残酷さを身近に感じることができるのは情報社会の成せる業なのでしょうか。
2025.12.24 Wednesday
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第3章 イエズス会のアジア布教とその美術政策」は3つの単元から成っていて、今回は「3イエズス会と『聖ルカの聖母』のイコン」について取り上げます。「聖ルカがマリアの肖像を描いたという説には無論歴史的な根拠はない。レオーはこの聖堂のイコンは、科学的検査によってそれが12世紀のものだと証明されたと述べている。しかし、聖性をそれ自体が具有するというイコンの形成にあたって、人の手によって描かれたものではない、聖なる起源をもつイメージの存在が不可欠であったとハンス・ベルティングは考察する。~略~ルカの描いたとされるイコンはテオトコスの神聖な原型と見なされた。教皇シクストゥス三世は公会議を記念して、聖母像への崇敬を示すために、古いバジリカを改築させた。これが現在のサンタ・マリア・マッジョーレである。中世を通じてこの聖母は数々の奇蹟を起こしたと記録は伝える。590年、大グレゴリウス教皇が、疫病を平定するために聖母のイコンをかかげてローマで行列を行なったところ、後にカステル・サンタンジェロ(聖天使城)と呼ばれることになった遺跡の上に大天使ミカエルが血に染まった剣をもって出現し、疫病を平定したということである。」聖イコンの崇敬用祭壇は、教会のもっとも格式の高いところに設置されていて、イタリアを旅した当時の私はそんなことに注意を払っていなかったので、何となく雰囲気を感じているだけでした。時代と共に宗教画を描く芸術家も変遷し、私にも馴染みのある画家が登場してきます。「芸術家の世代はすでに1580年代半ばに交替しており、サンタ・マリア・イン・ヴァッリチェッラ聖堂では、中世のイコンを支える祭壇画はルーベンスが、サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂では、主祭壇脇のチェラージ礼拝堂に、アンニーバレ・カラッチとカラヴァッジョが油彩画を描いている。つまり、この時期には、後代マニエリスムと呼ばれたり、初期バロックと呼ばれたりする画家らが同一のコンセプトで、同じ聖堂でともに働いていた。違いはただその様式であって、前者が観念的で、後者が感覚的な様式で描いたという点にある。」今回はここまでにします。
2025.12.23 Tuesday
今日の午前中は工房で作業をやった後、近隣のスポーツ施設へ水泳をやりに行って、夕方になって家内を誘って映画に行きました。映画は横浜鴨居にあるエンターテイメント系映画館で上映している「アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ」。本作はこのシリーズの3作目になる物語で、惑星パンドラで展開する3D映像を駆使した壮大なファンタジーです。私は本作のデザイン・ポリシーが好きで、過去2作とも家内と映画館に観に行っていました。本作は2作目に続き、海の世界が描かれ、岩山が浮かんだ空中から海の中へ入っていくシーンは、その美しさに溜息が漏れました。しかも自然の美しさだけでなく、人間が造り上げた工場のような人工都市やら未来型の空母、さらに夥しい水中戦闘機が登場し、アバターたちがいる聖地に人間の軍隊が襲いかかる戦闘シーンは圧倒的な迫力をもっていました。空や海、樹木の生い茂る陸地に生息する多様な生物たちと強い絆をもって生活しているアバターたちは、常に自然に対する畏敬の念や命の尊さを忘れずにいて、テクノロジーに頼る人間たちとの対比も描かれていました。図録によると「第1作『アバター』では『森(=木)』、第2作『アバター:ウエイ・オブ・ウォーター』では『海(=水)』、そして本作『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』では『炎と灰(=火)』。~略~キャメロン(監督)はシリーズの世界観をより深く掘り下げる。”森の民”と”海の民”に続いて登場したのは、ヴァラン率いる”灰の民”アッシュ族。火山の噴火によるすさまじい苦難を経験した彼女たちは、オマティカヤ族やメトカイナ族のようにエイワ(神的存在)を信じることができず、目的のためなら手段を選ばない。」(稲垣貴俊著)人間との戦闘だけでなく、部族間での諍いが描かれていた本作は、複雑な絡みがあって、内容もそれなりに膨らんでいました。ともあれ壮大な叙事詩が展開されていたことは間違いなく、さらにシリーズが先々出来上がっていくことを予感させていました。
2025.12.22 Monday
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第3章 イエズス会のアジア布教とその美術政策」は3つの単元から成っていて、今回は「2イエズス会の美術政策」について取り上げます。「彼(イグナティウス・デ・ロヨラ)は聖書の事件を歴史的にも空間的にも彷彿とさせるように福音書の挿絵を描くことが修行にとって重要だと考えていた。そのために絵画にとってもっとも重要なことは『場の設定』であり、教義的にも歴史的にも正統的な人物とその配置を構想することが必要だと考えた。おそらく過去の聖人のなかで、福音書を正確に図解することを真剣に考えた者は彼以外にはいなかったであろう。~略~この絵画聖書は、聖母の『受胎告知』に始まり、『聖母の被昇天と戴冠』で終わる。この聖書が実際のイエズス会の聖堂の装飾と密接な影響関係をもったことは、イエズス会の本拠であるローマのジェス聖堂の壁画との同主題比較で明白に証明される。」そうした絵画聖書の歴史的意義が次に述べられています。「第一に、イエズス会、オラトリオ会などの新興信心会は、霊魂の救済における画像の意義を知り、それを修行と布教の有効な手段として活用した。第二に、教科書となるような『イメージ』、神学的、教義的に正統な図像のモデルを版画で制作し、それを流布させて、積極的に新たな宗教芸術の再編を行なおうとした。この代表的な例がナダールの《エヴァンゲリア》であり、それは書物の形であれ、フォリオの形であれ、ヨーロッパや布教各地のイエズス会根拠地に送られた。オラトリオ会も小冊子を印刷し、その一部が確実に日本に来た証拠がある。~略~プロテスタントの先駆者であるエラスムスは画像そのものを否定し攻撃したばかりでなく、これを異教の名残であるとさえ言った。彼は、福音書の典礼はキリスト自身の教えからはじまるべきであり、『受胎告知』から開始するべきではないと主張し、それはカトリック側の神学者との大論争になった。ナダール、カニシウスによる聖母の『受胎告知』図像はその反論を射程にいれての巻き返しであった。」今回はここまでにします。
2025.12.21 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。朝工房に行くと、私は何も考えずに土を捏ねたり、彫り込み加飾をやったり、また現在では厚板材に砂マチエールを貼り付けたり、それに油絵の具で塗装を施していたりしています。嘗て作っていた人体塑造のように、常にデッサンを念頭に入れて、微妙な加減で粘土をつけていくことはありません。私の作っている彫刻は、完成が見えていても、そこに到達するまで職人的な仕事に追われているような始末です。具象的な仕事に比べれば、何と味気ない仕事だなぁと思うことも暫しあります。作品は幾つかの部品を合体させて完成させます。それも初めに計画ありきで進めていく工程なのです。時折、原初イメージの確認を行い、それがどんなふうに具現化されているのかを見届けて、先に進めていきます。私の作品に宗教性や物語性はありません。つまり土や木はそのままの素材であり、それ以上でもそれ以下でもありません。考え方としては「もの派」に近いのかもしれませんが、「もの派」のような現代アートとしての主張は弱く、寧ろ庭園に近い演出を狙っています。庭園の場合は自然の産物を利用しますが、私の場合は全て私自身による造形で統一されています。日本の庭園は枯山水や石庭を初めとして豊かな空間を造り上げていて、私の集合彫刻に比べれば、その鑑賞の幅の大きさを感じます。さらに樹木の間に見える池や苔むした空間などを発見し、そうしたもので隠された風景を探して歩いたり、立ち止まったりして鑑賞する方法が採られています。私の彫刻は全体が見渡せる規模なので、そこが日本庭園と西洋の概念を持つ彫刻の違いなのだろうと思っています。時として日本庭園には物語性が存在し、季節による樹木の変化があります。私の彫刻にはそんな変化はなく、逆に不変な存在が彫刻であることを主張しています。私は亡父が庭園を造っていて、学生時代に亡父の手伝いをしたことが今の私を形成しているのかもしれません。