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  • 「ザビエル像」について
    「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第6章 日本における聖母のタベルナクル」は4つの単元から成っていて、今回は「4《聖母十五玄義図》のザビエル像について」を取り上げます。「熱烈な魂というザビエル図像の基本をなす概念は、そのアトリビュート(象徴的付属物)として十字架、心臓、太陽などをもつこと、視線を天に向けること、胴衣の胸を開くことという三つの図像類型を生んだ。またこれらはしばしば統合して描かれることもあった。これらの図像の発生は、ザビエルの生涯が異郷における布教に捧げられたことと深い関係がある。~略~十字架を胸に抱き、両手を胸にあて法悦のなかに天を仰ぐザビエルの『神戸型』図像は16世紀のカトリック諸国で定型化された聖人図像であったことがあらためて確認できる。しかも、16世紀のある時点で、聖フランチェスコと聖フランシスコ・ザビエルの図像は融合していったということになろう。」ザビエルの図像に見られる両手で衣服の襞をもつ姿勢は何を表しているのでしょうか。「筆者が問題とするのは、この『衣服を摑む図像』が何に由来し、またザビエル像にどのような意味を与えているのかということである。衣服を摑むという『リラックスした』身振りには、ザビエルの熱烈な信仰に満ちた人間像や、生存当時からザビエル像に賦与されていた神秘性が認められない。そればかりではなく、西欧美術史上のいかなる聖人図像にも、歴史画中の人物の図像にも、この奇妙な動作が発見できないのである。筆者は、ザビエル像の原型として考えられる身振りは、『衣服を摑む』のではなく、実は『衣服の胸を開く』身振りであると推定している。」次に画像にある「充分です」という銘文についての考察です。「ザビエルが日本からゴアに帰って中国に渡る準備をしていた1551年に、ゴアのサン・パウロ学院にいたイエズス会士が、深夜に学院の庭の小聖堂でザビエルが祈りをしていたとき、心に神への愛が燃え上がるのを覚え、その熱さのあまりに、胸を開き、『主よ、もう充分です』と言ったということを伝えたことから出ている。」今回はここまでにします。
    週末 声楽家の三回忌
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は一般的な創作活動ではなく、自らの創作活動を振り返った時に忘れない人について書こうと思います。声楽家であり叔父でもあった下野昇が87歳で亡くなって、今日は三回忌を迎えました。叔父は家内の親類で、私とは血縁関係はありません。私が家内と付き合っていた20代前半の頃に、私には初めてとなるオペラ「カルメン」を観ました。二期会主催の和製歌劇で、その時準主役をやっていたのが将来叔父となる下野昇で、指揮者は小澤征爾氏でした。家内に付き添って楽屋を訪れた時に、下野昇の隣りに小澤さんの楽屋があって、ひょっこり顔を出した小澤さんに私を紹介してくれました。外国に行くなら首からパスポートをぶら下げて行けと小澤さんに言われたのが、小澤さんと会話できた最初で最後の機会でした。その後、下野昇は正式な叔父となって私の個展にも来て、助言をしてくれたばかりでなく、作品の購入もしてくれました。私はクラシック音楽をよく聴くようになり、叔父のリサイタルには必ず出かけました。自己表現者が自分の親戚にいることに私は勇気づけられて、こういう環境はなかなかないだろうなぁと思っていました。私がウィーンの美術アカデミーに在籍していた時も、歌劇場の立見席にせっせと通い、音楽と舞台美術を堪能したのも、そうした環境あればこその出来事でした。当時、音楽は元々抽象であり、人の心に刺さるものだなぁと私は感じていたことがあり、自分が模索している造形美術にも少なからず影響があったかもしれません。毎晩歌劇場の立見席にいると、無調音楽を聴く機会があり、シェーンブルクやベルクの居心地悪いオペラが、時として刺激的になり、立ち現れる音響空間が私の心を震わせる瞬間がありました。造形美術もそうした立ち現れる空間を創出することが出来るのではないか、都市空間や遺跡を利用して空間演出をしてみる方策が私の中に生まれました。今日の叔父の三回忌で、そんなことに思いを巡らせ、故人を偲ぶ時間を持ちました。
    週末 工具修理&歯科治療の1週間
    週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週も相変わらず毎日工房に通っていました。日曜日と月曜日、火曜日までの制作として壁に掛ける作品の一部になる杉板の刳り貫き作業をやっていました。板材の刳り貫き作業は電動糸鋸盤を使ってやりますが、糸鋸の歯を締め付ける金具の具合が悪くなって、作業の途中で外れてしまうことがあり、私はその場で分解をしてみて掃除をしてみましたが、金具そのものが古くなっていて修理ができないと判断しました。電動糸鋸盤を買い直そうと、工具店を回りましたが、最近の工具店は大きな電動工具は置いていないため、ネットで購入するしかないのかと思いました。懇意にしている業者に問い合わせたら、部品交換で何とかなると言ってくれたので、水曜日に業者宅へ持ち込みました。家電は修理するより新しいものを買った方がよいと販売店で言われるので、新品購入を覚悟していましたが、部品交換だけで済むのは大助かりでした。さて、刳り貫き作業が出来なくなってどうしたもんだと思っていたら、先日砂マチエールを貼り、油絵の具を染み込ませた厚板6枚がかなり乾いているため、次の作業としてこの板にドリッピングを施すことにしました。作業は次から次へとあるもので、休みを与えてくれない新作の制作工程に、内心嬉しいような辛いような複雑な心境になりました。昨日のNOTE(ブログ)に書きましたが、今週の印象的な出来事は歯科治療でした。以前直したところの被せものが取れることは、よくあることかもしれず、金曜日に予約を取っていました。私は1年に2回はクリーニングに歯科医院を訪れるので、歯科医院に対する免疫はあるのですが、それでも気が重くなっていました。歯は大切にするように両親からよく言われていたので、定期的にクリーニングを兼ねて検診に行っていましたが、治療は久しぶりでした。現在ある歯を長く保たせるために、私は放っておかないようにしているのです。電動工具といい私の歯といい修理&治療の必要が発覚した1週間でした。
    多忙な一日を振り返る
    NOTE(ブログ)は日記としての役割を担っています。このところ聖母像に関する書籍を熱心に読んでいましたが、今日はスケジュールが大変で、読書の時間では書籍の頁を捲ったら眠くなってしまったので、急遽今日は一日の多忙さを振り返る記事に変えました。今日の午前中は工房に行って新作の制作をやっていました。電動糸鋸盤の歯を締め付ける金具が壊れてしまったので、それを業者に頼んで修理してもらうことになり、杉板材の刳り貫き作業は暫く休むことになりました。ちょうど彫刻の一部になる厚板材に砂マチエールを貼り、油絵の具を染み込ませた部分の乾燥が進み、次の段階にいけると判断したので、ドリッピングを施しました。これは全体としては彫刻なのですが、やっていることは絵画です。描写ではないものの、色彩を重ねて深みを持たせるところは絵画的効果に他なりません。昼頃は近隣のスポーツ施設に行って水泳をしてきました。真冬の寒さの中ですが、施設内は水泳をやるのにはちょうど良い気温になっていて快適です。週に2回は水泳で身体のストレッチをやってくるのは体力維持に欠かせないものです。夕方にはかかりつけの歯科医院に行ってきました。治療済みの奥歯の被せた部分が取れてしまったのでその治療をやってきたのでした。ブリッジをわたした歯なので、その土台となる歯の治療から始めたため、なかなか時間がかかりそうです。私が昔から利用している歯科医院は横浜駅近くにあるので予約が必要で、昨年末に予約を取って今日になりました。場所の良さがあるためか、会社帰りの人など大勢の人が利用しています。現在、私は車で出かけて契約駐車場に入れていますが、教職に就いていた頃は横浜駅から歩いて通院していました。歯科医院は心地よいものではありませんが、水泳と同じく身体のメンテナンスと思って、健康維持のために必ず出かけます。創作活動を長く継続するためという明確な目標があってのことで、今日一日は多忙でしたが、これも仕方がないなぁと思っています。
    「十五場面の図像の源泉」について
    「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第6章 日本における聖母のタベルナクル」は4つの単元から成っていて、今回は「3十五場面の図像の源泉」を取り上げます。本単元は15の場面についてひとつずつ引用することが難しいため、私が気を留めた箇所だけ取り上げさせていただきます。「画家はただ一つの原本を模写するのではなく、主題に応じて、個々に自らの判断で別個のテキストを選択して参照しているということであり、一個のテキストが見つかればすべてが判明するものではない。これら15の画面の図像はその小ささにもかかわらず、ロザリオの黙想の内容そのものであり、信仰にとって重要な意味をもっていたから、細部にいたるまで熟考されて描かれたことがはっきりとわかる。」キリストの降誕についての引用です。「イエズス会の理想とする図像は、ナダールの、『洞穴と木の粗末な屋根、乾草桶の上の光る嬰児、ひざまずいて礼拝する聖母、祈るヨセフ、嬰児の上及び傍らに天使、ロバと牛』となる。原田本では、ヨセフもマリアと同様に祈り、幼子はまぐさおけの中で光り輝いている。原田本図像がトレント以後の新図像プログラムにしたがっていることは明白である。」次は磔刑です。「受難の最後の場面は『磔刑』である。悪しき盗賊、イエスの衣服を賭ける刑吏、ローマの指揮官や馬、遠景で見守る信者群など、副次的人物が多数描いてあり、そのためにロザリオ祈禱には不向きであったらしく、ナダール版はここでは採用されていない。」最後に復活に関する引用です。「十字架が贖罪を表象するのに対して、復活は人類の救済を強調するものであるから、このほうが対抗宗教改革の精神を強く表現しているとされたのであろう。この図像は、左右相称、平明、聖母中心、父の役割(天地の創造)、子の役割(人類の救済)を明確化し、三位一体教義と純潔・善美なる聖母による化肉の教義を結びつけている点で、非常に完成した対抗宗教改革期の図像となっている。」今回はここまでにします。