2026.02.23 Monday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「5ピクチャレスクの世界観」の気に留めた箇所を取り上げます。「あるべき風景や庭園はあるべき社会と重なる。風景を変容させる『時間と偶然』は、伝統的な自然神学が擁護しようとした固定的秩序への疑念を生じさせた。特に『偶然』の強調は、変化のプロセスが単調で直線的ではないことを示唆している。『不和の調和』の背後にも当然『エコノミー』思想があるが、これらが象徴する宇宙の秩序が崩壊し始めた後、風景描写においては対象の諸要素を列挙して積み上げることで多様性を包括する『全体』性が目指されたと18世紀研究で有名なワッサーマンは言う。新しい描写方法を探る一つの手段として細部の観察によって全体の理想的風景を構築しようとするピクチャレスクの描写方法は、この見解に合致する。~略~『エコノミー』観を変質させていった『時間と偶然』による変化を前提とする新しい世界観は、近代的な環境思想とも連関している。ピクチャレスクの文献に現れる具体的な例を挙げると、個別の観察から森林が形成される過程を考えようとする視点は自然の生態系の仕組みへの理解に道を拓くものであるし、落葉松などの植林は偶然の重なりによって自然に形成された森林美を損なうという警告は外来種の導入による生態系破壊への危惧に結びつく。また、プライスやナイトの文章には共有地の開発反対や古木の保護などといった主張も認められるが、これらは地域の環境を維持しようとする現代の保護活動と重なっている。人為的な原因の環境破壊に警鐘を鳴らす一方で、彼らは人間の力を超越する自然のダイナミズムにも気づいている。雑草という人間にとって有用性を持たないものに彼らは美を見出し、その生命力に賞賛の言葉を向けるが、これは同じ時代のホワイトやクーパーの人間中心のキリスト教世界観とは相容れない。建築物が雑草にのみ込まれて自然に還ってゆく様を崇高とみなすプライスやナイトの視点はワーズワスのコテージ観にも共通し、人工物も結局は自然から出でて自然に還るという考え方につながっている。」今回はここまでにします。
2026.02.22 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日はグループ展「如月会」の搬出日だったので、そのことについて述べようと思います。横浜の関内にあるギャラリーミロに、私は11時半に行きました。展覧会の受付を仰せつかっていたので、受付の席に座りました。私が出品していたのは「地下遺構・雛型」で、実はこれは最近作ったものではありません。本作「地下遺構」は2007年に東京銀座のギャラリーせいほうの個展で発表した陶彫作品で、個展としては第2回目になります。今から19年前の作品ですが、雛型はその時に発表はしておらず、工房の片隅に埃を被ったまま放置していました。雛型は本作で新しい試みをしようと決めた時に、その効果や雰囲気を見るために作るもので、私の場合は全ての作品に雛型が存在するわけではありません。というわけで「地下遺構」は新しい試みをしていました。第1回目の個展では地中に埋もれた作品が氷山の一角として地上に現われた様子を造形化しました。それが私のデビュー作になりますが、発想として地中海やエーゲ海沿岸に点在する遺跡群の発掘現場で見た光景が契機になっています。彫刻をテーブルにしようと思い立ったのは、テーブルの下部を地中とし、上部を地上に現われた造形にしようと考えたからです。遺跡の発掘現場は地中部分に多くの建造物が存在する場合があり、テーブルの下部の造形に面白みを感じていました。そうした試行を実践するものとして雛型を作ったのですが、東京銀座の個展では雛型を発表したことがありません。そこで「如月展」で今回初めて発表させてもらったのでした。搬出は梱包用ビニールシートに包んで自家用車に乗せて工房に帰ってきました。個展に比べれば、あっという間に完了してしまいましたが、また皆さん、元気で来年も「如月展」が出来るように私も含めて心より祈っています。
2026.02.21 Saturday
週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週は月曜日以外は工房に通い続けていました。工房での作業は朝から杉板材の刳り貫き作業ばかりで、毎日電動糸鋸盤を駆使していますが、寒さが少し緩んできたので、作業は午後まで続けています。板材にデザインを描く以外はずっと職人的作業で、創作活動とは距離があるように感じています。素材を扱う作品にはこうしたコツコツした作業があるのは百も承知で、それでも刳り貫きがある程度出来上がってくると嬉しさもあります。今週は月曜日から明日の日曜日まで、私は横浜の中心街にある画廊でのグループ展に出品しています。その「如月展」は退職中学校校長会のメンバーで構成された作品展で、私は3回目の出品になります。「如月展」のことは退職前から知っていましたが、私には東京銀座での個展があり、メインとしては個展が勝負どころだったので「如月展」のことはスルーしていましたが、先輩校長からの誘いが断り切れなくなって、3年前に出品を決めたのでした。誘ってくれた先輩も90代後半になり、制作が覚束なくなっていました。グループ展では私は1点のみの出品で、しかも受付を皆で分担するので、キャリアの積み重ねや販売・宣伝目的の銀座の個展に比べると、相当負担が軽くなっています。搬入搬出も私の自家用車に乗せられるサイズと決めているので、どうしても小品になってしまい、台座に作品を置いて完了というのも私にとっては楽な展示です。明日が同展の搬出になります。さて火曜日の夕方は歯科医院に出かけ、奥歯の被せモノを入れて治療が終わりました。食事の際に歯に問題がないというのは幸せなことだなぁと実感するようになりました。今週は気温がやや上がって工房では制作がやり易くなりました。周囲の梅の木々に花が咲き、メジロが多くやってきます。それを眺めるのはホッとする瞬間です。
2026.02.20 Friday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「4ピクチャレスクと森林」の気に留めた箇所を取り上げます。「激動のピクチャレスクの時代に描かれた田園風景の中で、現実の変化が際立ち、それゆえに風景美に最も影響が大きかったと思われるのは森林である。~略~ピクチャレスクの観察者達は、この植林の動きを批判している。彼らの反発の理由は、外来種の植林はその土地の気候や風土に合わないため発育が悪く、また外来種であること自体が在来種から構成されてきた従来の風景の調和を乱すからというものである。しかし、彼らが外来種を排除する姿勢を見せたのは、発育が悪いという実利面や美観の面からだけではない。ピクチャレスクの風景は多分に表象的な要素をも含んでいた。~略~世代を越えて人々が試行錯誤を繰り返しながら積み上げてきた経験を尊重することで、理想社会の調和は多様性を統合しながら実現されるものであることが強調される。その結果として、各々の環境に応じて社会に階層的序列によって支配される秩序が生じたとしても、それは特定の世代によって修正されるべきものではない。バークは社会が形成されてゆく様を『自然の過程』と表現し、この尊重こそ革命中のフランスの指導者に欠けている点であるとする。自然の森は、時間の経過と共に様々な多様性を許容しながら理想的な美観を呈すべく形成されてゆくように定められているものであり、バークにとってはそれこそ人間社会が形成される際にモデルとすべきものなのだ。~略~庭園は、イギリスという国はどうあるべきかをエリート達が議論する場であったということだろう。その議論を通して、伝統的な社会・階層・秩序が維持されるべきことが主張され、その維持はキリスト教的なモラルにもつながっていた。風景論全般が一種の『リベラル・アーツ』だったのであり、ピクチャレスクの風景はそこに意味を読み込むテキストでもあるという一面を持っていたのである。」今回はここまでにします。
2026.02.19 Thursday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「3ピクチャレスクと革命」の気に留めた箇所を取り上げます。「ピクチャレスクの時代には風景との接し方に大きな変化があったが、この時代の政治や経済の影響も無視できない。18世紀後半から始まった政治・農業・産業の分野における革命は、風景の見方だけではなく現実の風景そのものにも影響を及ぼした。~略~ピクチャレスクが描いているのはノスタルジックな風景であると歴史主義者達は主張したが、ギルピンは視覚的特徴がピクチャレスクの条件に合致しているものは伝統的な田園風景に限らず描写の中に織り込んでおり、そこには産業革命との関連が明らかな事象も観察・描写の対象から排除されてはおらず、その美と醜の両面を描いている。」この時代はフランス革命やアメリカの独立戦争があり、革命の機運が高まっている中で、社会の構造が風景に与える影響もあったようです。「ピクチャレスク・ツアーの訪問先の村々の多くは、近代化の嵐から守られたパストラルの理想郷として描かれる傾向があった。この背景には18世紀の前半から始まっていたパストラリズムや原始主義(プリミティヴィズム)の流れがあるが、そこにも近代化への反発を見出すことが出来る。~略~1790年代に対岸の革命の最中に高まった自国讃美の潮流は、18世紀半ばからすでに始まっていた。このナショナリズムの傾向は、プライスやナイトの風景論のみならずメイスンの『イギリス庭園』などにおいても自生種の植物の礼賛と外来種の排斥という形で現われている。また風景美への関心の中で、労働者の住居を外観だけ模倣したコテージ・オルネ(装飾コテージ)なるものを地主が庭園の中に新しく建てることが流行するが、これはパストラリズムや労働者の理想化の影響である。実際の建築をめぐって、現実の貧困層の住居の改良運動と富裕層のコテージ趣味の発展とは相互に刺激し合いながら発展していった。」今回はここまでにします。