2026.07.08 Wednesday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「義人と預言者、ヒロイン群像」は5つの単元から成っています。今回は〔35 ヨナⅠ〕から〔37 スザンナ、エステル、ユディト〕までの3単元を扱います。まず〔35 ヨナⅠ〕。「この大嵐は誰のせいか、船員たちは占うことにしました。籤を引くと、当てたのはヨナ。観念した彼は、みなに事情を説明し、こう続けます。『わたしの手足を捕らえて海にほうり込むがよい。そうすれば、海は穏やかになる。わたしのせいで、この大嵐があなたたちを見舞ったことは、わたしが知っている』。しかし船長はそうせず、船を陸に戻そうとみなで懸命に漕ぐのですが、海は荒れるいっぽうです。やむなく彼らがヨナを海へ放りこむと、海は静まりました。すると神が、大魚に命じてヨナを呑みこませます。ヨナは3日3晩、大魚の腹のなかですごしたあと、陸地に吐き戻されました。」次に〔36 ヨナⅡ〕。「キリスト教徒はヨナの物語を『救済』と『復活』の象徴としますが、ユダヤ教徒にとっては『悔悛』の物語です。神に逆らったヨナは大魚の腹中で改心したからこそ助かり、ニネベの町は王が冠を脱いで灰の上に座し、羊たちさえ断食したからこそ神罰をまぬがれた。」最後に〔37 スザンナ、エステル、ユディト〕。「長老たちの㚥計を信仰ゆえにまぬがれたスザンナは、獅子の穴から生還したダニエル、大魚に呑まれて助かったヨナとともに、神の救いを表します。キリスト教では『教会』や『聖母マリア』の象徴ともみなされ、その場合、長老は『異教』と『ユダヤ教』を意味します。~略~あるとき、ペルシャの宰相ハマンが王をそそのかし、ユダヤ人撲滅の勅書を出しました。老若男女を問わずユダヤ人を殺し、その財産を没収するという恐ろしい法令です。エステルは寵愛を武器に王に法令の撤回を請い願い、民族の危機を回避しました。~略~美女を前にしたホロフェルネスはぶどう酒を飲み過ぎ、寝台に酔いつぶれました。このときを待っていたユディト。ホロフェルネスの短剣を抜きとり、その髪を摑むと、『今こそ、わたしに力をお与えください』と神に祈りながら首を斬り落としました。~略~将軍亡きあとのアッシリア軍は怖じ気づいて敗走、ベトリアは救われました。」今回はここまでにします。
2026.07.07 Tuesday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「義人と預言者、ヒロイン群像」は5つの単元から成っています。今回は〔33 ヨブ〕と〔34 ダニエル〕を扱います。まず、〔33 ヨブ〕です。「(ヨブは)家族仲もよく、互いの家で食事したりと、楽しく暮らしていました。『無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた』とあります。そんなヨブを試練が襲います。天上にいる神とサタンとの間で、こんな会話がかわされたのです。ヨブの信心深さを褒める神さまにたいして、サタンは、それはヨブが恵まれているからだといいます。」その後に不条理な出来事があって、ヨブは全財産を失います。「苦しむ夫を見かねたヨブの妻は、『どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう』といいます。しかしヨブは『神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか』と語り、神を責めません。~略~(この意味するところは)世界というものは人知では計り知れず、災難も苦しみもその一部であるという、聖書の世界観の開示でしょう。」次に〔34 ダニエル〕。「賢王ソロモンの建てた神殿が、バビロン王ネブカドネツァルの攻撃によって灰燼に帰し、ダビデから400年以上続く王朝が滅びたのは、紀元前6世紀頃とされています。ユダヤの民は捕えられ、バビロン(新バビロニア)へ奴隷として連行されました。世にいう『バビロン捕囚』です。周辺諸国へ逃げた人々もいました。~略~捕囚の民は『神の国』の到来を待ち望んでいたことでしょう。ダニエルはその時代、バビロンの宮廷で活躍した預言者です。~略~ベルシャツァル没後に王国を継いだダレイオス王は、有能なダニエルを重用、国全体を統治させますが、それを妬んだ高官たちがダニエルを陥れようと企みます。しかしダニエルには何の汚点もなく、失脚させるのは困難でした。そこで高官たちは、信心深いダニエルに言いがかりをつけるために、『向こう30日間、王様を差し置いて他の人間や神に願い事をする者は、だれであれ獅子の洞窟に投げ込まれる』という法律の発布を王に認めさせます。ダニエルが神に祈らない日はありません。ダニエルは捕えられ、獅子の穴に投げ込まれますが、天使が獅子の口を閉ざしていて無事でした。それを見た王は、ダニエルを陥れた高官たちをその穴に投げ込んだそうです。」今回はここまでにします。
2026.07.06 Monday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「ここから先へ行っちゃったら危ねえなというところへさわらないと、表現って出てこない。吉増剛造 」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「私が言葉を用いるのではなく、言葉が自ら歌い、語りだす位相、つまり言葉以前の『不明の息遣い』にまで遡ろうとしてきたと、詩人は語る。そのために人との交通も遮断し、己の言葉が枯れ果て、折れる限界にまで行こうとした。『きょとんとしてる』赤児みたいに、言葉のしぐさをぎりぎりまで削いでいったと。『我が詩的自伝』から。」自己表現はどうしたら出てくるのか、私はそれを煮詰めたことがありません。自己表現をやっていると公然と言っているにもかかわらず、それはどこから湧いてくるのか、どんな境地になったら表現が生まれるのか、私には自分の足元を掬われるような今日の新聞記事に気を留めたのでした。「不明の息遣い」に到達し得る精神状態に、ひょっとしたら無意識になっているのか、それすらも私には分かりません。言葉は普段から意思の疎通や伝達に使っているので、言葉は生活と隣り合わせの容易さがあり、それだからこそ言葉を自分なりの表現にしていくのは逆に難しいし、「言葉のしぐさをぎりぎりまで削いで」いかなければ表現の域に達しないのかもしれません。私が若い頃に詩に憧れた理由がそこにあるように思います。普段使いな媒体が何か特別なものに感じられた瞬間に、私は詩に魅了されました。さらに言葉だけではなく、あらゆる創作分野に詩が宿ると私は考えていて、自分が作っている彫刻にも詩的何かが存在していると私は感じています。彫刻表現は言葉に比べると、素材と対峙して造形するという抵抗があり、また素材の声を聞いて親和的に対話する場面もあります。私は無意識に「不明の息遣い」を捉えているのでしょうか。生活と隣り合わせにない彫刻だからこそ表現にまで達するのに時間がかかり、それ故自らの作品に対してこれは自己表現だと標榜できると私は信じているのです。
2026.07.05 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日も先週に引き続き来年に向けての新作について書いていきます。私がやっている陶彫による彫刻は、その大きさを確保するために部品(ユニット)をひとつずつ作り、窯に入れていきます。そのため、まず集合彫刻を構成する最初のユニットをどうするのか、私の仕事はここから始まるのです。今年の個展で発表する「発掘~六蹟~」は最初のユニットとして直方体を作りました。直方体を縦に立てて、それを6体で囲んで、その内包する空間に意味を持たせました。次作は春頃にボンヤリした風景イメージが浮かびましたが、それは囲む構造ではなく、点在する在り方を示していました。集合彫刻がばらばらに存在する景色を、実際に陶土に触れていくことで徐々に具体化していくのは、今まで経験してきた制作工程に則ったものです。その最初の陶彫部品を今日試しに作ってみました。次作は直方体ではなく円柱です。陶彫の内部はがらんどうなので円筒と言うべきか、その円筒を積み上げて塔状にしていけば、イメージに近づくだろうと思っています。「発掘~六蹟~」に比べると、今回は曲面を多用していて陶彫らしい雰囲気があります。これを幾つか作るわけですが、最初の1点は彫り込み加飾も施して、当初のイメージとの確認作業をしたいと思っています。雑駁なイメージに具体性をもたせるために、手で陶土に触れ、表面の凹凸をデザインして、それを削り取りつつ、その形態を把握する必要があります。彫刻は実体が眼の前に現われてこそ、その真価が見えるものです。そうなればもうボンヤリとしたイメージではなく、実体を伴った彫刻作品として作っていくことに邁進できます。その最初の段階を今日試作してみました。陶土は乾燥で多少収縮し、上下左右に表面が引っ張られて皹が生じますが、直方体に比べると曲面が多い円筒は、平坦で角のある矩形よりも柔軟かもしれず、罅割れが最小で済むのではないかと期待しているところです。
2026.07.04 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今月の個展で発表する作品の梱包が終わり、搬入を待つばかりとなった現在は、次作の陶彫作品の制作を始めています。まずは最初の段階としては土練りです。土練機を暫く放置してしまったため、土練りに支障をきたすことになり、これは困った事態になったなぁと思っていました。土練機の取り扱い説明書によると、分解掃除や油差しはたまにするように書かれていましたが、私は練る陶土を変えることなく使っていたので、とくに分解掃除はしないで済ましてきました。土練機は単純な構造で、2本のプロペラが筒状になった器の中で陶土を掻きまわして陶土を混合させる仕組みになっています。ただし長く使わないと筒状の周囲に陶土がこびりついてしまうので、プロペラに圧がかかり、故障の原因にもなるのです。今回は意を決して八角レンチでボルトをはずし、筒状の部品の内側のかたくなった陶土を削り取りました。その削り取った陶土にも水を打って柔らかくして、他の陶土と一緒に土練機にかけました。日常的に面倒臭がらずに分解掃除を行えば、土練の質は上がります。実際に分解掃除が終わった土練機の調子は良く、混合した陶土は細工のし易い状態になりました。ひとつ作品が終わったら分解掃除をするべきだなぁと自分に言い聞かせています。道具の手入れを必ずやることは、造園職人だった亡父から伝承されているにも関わらず、それを怠っていた自分を恥じました。その人がどんな仕事をするのかは道具を見れば分かると、職人が言っているのを聞いたことがあります。彫刻は、芸術表現の中でも職人技に特化した部分があるのは事実です。立体イメージを具現化するために手わざを駆使していることがあり、また陶の場合は最終工程である焼成を成功させるために、全てにわたって条件が課されているのです。不自由な技巧の範囲で自由な表現を謳歌するのが陶彫の面白さです。そんなことを考えながら過ごした1週間でした。