2026.09.03 Thursday
昨日、渋谷区広尾にある山種美術館で開催されている「奥村土牛」展に行ってきました。山種美術館60周年記念特別展と銘打って行っている展覧会では、以前「川合玉堂」展にも行っていて7月16日付のNOTE(ブログ)にアップしています。奥村土牛という画家で私が惹かれたのは、土牛という画号です。これは唐代の寒山詩にある「土牛、石田を耕す」から採ったようで「小さな石田を、長い時間をかけて耕し、美田に変える作業は、利潤や名誉の希求とは基本的に違う、生き方そのものと言っていい。」(佐藤道信著)その証拠に長い年月をかけた土牛の画業には人の心を打つ精神性が次第に備わっていくように感じられました。とりわけ私は植物や花において、そのひと筆の滲みに巧みに見せる情緒があり、暫し足を留めて見入ってしまいました。その代表とも言えるのが満開の桜を描いた「醍醐」でした。「作品集」にあった解説は田中譲氏が書いていて、私は「え?ギャラリーせいほうの田中さん?」と思わず二度見をしてしまいました。あまりの懐かしさに田中さんの文章をそのまま引用させていただきます。「花のいのちがそのまま燃え上がっているようなーといってもいい足りない輝きに映えながら、それは奥深く、聖らかにひろがって見えた。土塀も、寺院も、清浄で深い奥行きのある大きな情景をみせていた。樹齢何百年という木ひとつが、これだけの美しさを黙って咲いて、ことさらだれに見せるというわけでもなく、しずかに散ってゆく。~略~かけがえのないこのモチーフを、(小林)古径の七回忌の帰りに師の古径から授かってから、これを描き上げるまでに、土牛さんは実に十年近い歳月をかけた。」(田中譲著)信じ難いことですが、土牛は83歳でこれを描き上げたのでした。牛の歩みの如く修練を積んで大器晩成した奥村土牛の、その生き方に私は感銘を受け、また憧れの的になりました。私も焦らず休まず牛歩の確実性をもって創作活動を進めたいと考えています。
2026.09.02 Wednesday
今日は朝から家内と、東京で開催されている公募展と企画展を巡ってきました。公募展というのは規模の大きい美術団体である二科会が運営する二科展です。六本木にある国立新美術館の大きな会場を使ってやっていました。私の工房によく出入りしている後輩の木彫家がいて、彼は既に二科会の会員で本展の招待状を持ってきました。彼は以前の私と同じ教職に就いていて、週末に廃物を素材とした木彫をやっていたのでした。廃物というのは生徒が使用した机の天板で、それを繋いで大きな画面にし、さらに屏風仕立てにして展示しています。技法で言えば浮彫りですが、画面中央に大河が蛇行している風景を表現していて、尾形光琳の紅白梅図屏風が発想の礎にあるように思えます。つまり琳派の構成を現代に蘇らせ、彫刻的な解釈を加えた作品であり、象徴化を考えた時に日本人の誰もが感じ取れるであろう情緒を、現代の切り口で表したものと私は考えました。ここで言う情緒とは一時的な感情の動きではなく、彫刻として昇華されている以上は恒久性を持つものと思えます。ただし、細部を作り込み過ぎて、彫刻なのに工芸要素が感じられる嫌いもありました。緻密な完成度は、時に創作が持つ勢いを挫くことがあります。作品が彫刻であるなら、彼に限らず私たち全員が陥り易い課題も感じられた作品でもありました。さて、新美術館を後にして私たちは恵比寿に向かいました。広尾にある山種美術館で開催されていた「奥村土牛」展を見てきました。これは山種美術館60周年を記念して開催された企画展で、日本画を牽引してきた奥村土牛の画業を振り返るには絶好の機会でした。平日にも関わらず美術館内は多くの鑑賞者がいて、奥村ワールドに魅了されている人が多いのには驚きました。私も桜を描いた「醍醐」に惹かれている一人ですが、画家の長い人生の中で着実な歩みが見て取れる展示内容でした。詳しい感想は後日改めます。
2026.09.01 Tuesday
今日から9月になりました。まだ残暑があるのか、それとも秋風が立つのか、9月は微妙な1カ月です。9月になっても新作に対する姿勢は変わらず制作工程を進めていくだけですが、6体の塔はそのまま続けて気候が涼しくなれば窯入れも考えていきます。同時に壁を這う平面性の強い作品の具体的なイメージを摑もうと考えています。壁を這う作品のテーマは決まっていて、それは紋様です。今年発表した「発掘~六蹟~」の陶彫部品に挿んだ厚板材に注目してみようと考えています。厚板材は紋様を刳り貫き、そこに砂マチエールを貼り付け、油絵の具を染み込ませたものでした。個展にいらした方々で「発掘~六蹟~」の厚板材を刳り貫いた紋様に興味を持たれた方が多くいて、次作はその紋様を全面に出していこうと考えたのでした。私が紋様の参考にしたひとつは渦巻紋で、嘗て「渦巻紋と輪廻転生」(藤田英夫著 雄山閣)を読んで影響を受けました。渦巻紋はマレーシアのボルネオ島北部やアイルランドのニューグレンジ墳丘遺跡、フランスのブルターニュ半島に点在しており、明らかに同一の宇宙観を持っているところに、人類史の曙期としての紋様の在り方に興味関心が尽きないのです。ただし、私は考古学者ではなく造形作家なので、その繋がりを紐解くことより、それを創作活動の糧にしていくことを考えていて、紋様の美しさを追求していきます。その紋様デザインを私はRECORDで培った力で発揮していきたいと考えています。RECORDは一日1点ずつ制作していくポストカード大の平面作品の総称で、今も継続しているのは、デザイン力の訓練としての役割をRECORDが担っているからです。時に行き詰まりがあって苦しいこともありますが、夕方になると引き続き自宅の食卓に向かって鉛筆を動かしています。今月は季節で言えば秋に移行していくので、例年なら美術館の企画が充実していくのではないかと期待したいところです。気候的に創作活動がやり易くなって欲しいと願いつつ、来年に向けた制作に拍車をかけていくつもりです。
2026.08.31 Monday
今日で8月が終わります。毎年のことですが、最近の夏の暑さには辟易していて、今月は工房での長い制作時間が取れず、午前中の涼しい時間帯に制作をやっていました。ただし、8月は個展が終わったばかりの1カ月なので、来年の個展までに時間があるため、一番余裕の持てる1カ月でもあります。だからと言って制作が中断されることはなく、来夏に発表する新作の準備を始めています。新作は画廊の空間に点在する6体の塔と、壁に這うような平面性の強い作品を複数作る予定です。小品はまだ考案中で、何かしら作るとしてもまだイメージが掴めていません。今月はそうした新作のイメージを具体化するために時間を費やしていたのでした。6体の塔に関しては随分前からイメージが出ていましたが、他の作品はなかなか具体性が持てず、頭の中で常にイメージの更新をしています。今月は31日間あって、そのうち27日間は工房に通っていました。残り4日間のうち1日は個展最終日に当たっていました。3日間は美術館やら映画館に鑑賞に出かけた日になります。ということで今月の鑑賞は充実していました。美術鑑賞では「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展(世田谷美術館)、「若林奮・寺田真由美展」(練馬区美術館)、「百花繚乱」展(東京都美術館)、「空海と真言の名宝」展(東京国立博物館)の4つの展覧会、映画鑑賞では「ヒトラーの毒見役」、「雲と大地のはざまで」(両方とも横浜シネマリン)の2本の映画を観てきました。猛暑の時は涼しい美術館や映画館に行って、感受性を鍛えるのも良い方法だなぁと思いました。彫刻は思索の割合が大きい表現媒体であると私は考えていて、造形哲学を深めるために、素材を前にして実際の制作を始める折に、あれこれ空間に対して考えを巡らせて自分の考える空間解釈を創出していくべきなのです。制作が進んでしまうと、ある程度方向性が限定されてしまうため、現在制作が進んでいる6体の塔以外の新作に対して、これから考えていこうとしています。
2026.08.30 Sunday
日曜日になりました。いつもなら創作活動に纏わることを書いていますが、昨日は1週間の振り返りを行なわず、映画の話題を取り上げた関係で、今日先週の振り返りを行ないます。先週の陶彫制作の状況は、新作である塔の2段目(つまり中段)を作り始めました。これも土台と同じ数の6点を作ります。先週は陶土の土練りや座布団大のタタラ数枚の準備をして、まず1点目の中段の成形をやってみました。土台の上にこれを積んでいくのですが、土台の頂上に凹面を作ってあるので、ここにうまく嵌められるかどうかを確認します。陶彫制作としてはそんな工程を進めていますが、8月下旬と言えどもまだまだ蒸し暑く、先週も午前中しか工房にはいられませんでした。午後は暑さが籠るので、毎年この季節は長い制作時間が取れません。そんなこともあって先週は美術館に出かけて大規模の展覧会2ヶ所と、映画館に出かけて鑑賞を充実させました。火曜日は朝から東京の上野に出かけ、東京都美術館で開催している「百花繚乱」展と、東京国立博物館で開催している「空海と真言の名宝」展に行きました。お盆休みを避けたつもりでも、大勢の鑑賞者が押し寄せていて、人を掻き分けて名品を堪能してきました。当日は眼と身体が疲れていたとしても、頭の中は不思議とスッキリして、翌日は何故か元気になっていました。名品には心の浄化作用があるのかもしれません。映画鑑賞にも同じ作用があると言えます。昨日の土曜日に観に行った映画「雲と大地のはざまで」は南米ペルーのアンデス高地が舞台で、アルパカの放牧に従事している少年の目を通して、村人と鉱山開発を進める大人たちの攻防を描いたものでした。日本とはまるで違う風景、人々の暮らしぶりに心が洗われる思いがありましたが、鉱山開発で登場した重機を見た時は、時代に逆らえない経済依存社会に対して、現代はどこにもユートピアがないことを悟りました。書籍では先週から「奇想の美術館」を読み始めました。毎晩楽しみながら丁寧に読んでいこうと思います。