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  • 「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展の図録が届く
    昨晩、自宅に世田谷美術館で開催していた「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展の図録が届きました。展覧会場では注文を受け付けているだけで、その場で購入することができなかったのですが、届いた図録は装丁や画像が綺麗で、なかなか立派なものでした。同展は人類学者と陶芸作家の夫妻がサヴァンナで収集した工芸品を展示していて、そこに暮らす人々の実態を文章で知りたいと私は思っていました。図録の中から引用いたします。「サヴァンナの人々の生活を支えている、こうした有用樹の大部分は野生で、植えられたものもまれにはあるが、多くは自然に生えたものを、人間が保護しているのである。人口に対して、土地が無限といっていいほど広く、有用樹もいくらでも生えている上に、原野を焼いては耕地として用い、作物のできがわるくなるとまた別の原野をひらいてきたので、集落自体の移動性も高く、役立つようになるまでに長い年月のかかる木を植えることは意味がなかったのだ。~略~もろこし、ひえ類に、わずかばかりの落花生、棉、そして雨水のたまりやすい窪地では稲、などの農耕にしても、それこそ雨と土から生みだされるのを人間は待ち、あとは、猛烈ないきおいであとからあとから生えてくる雑草を、鍬でこそげとるのである。作物を積極的に『育てる』努力は、そこにはない。そして、雨が少しでもながく降らなかったり、降り方が不順だったりすれば、たちまち飢餓にみまわれる。~略~乾燥と熱気にうちひしがれた、無気力にさえみえる時の流れに活をいれるかのように、乾季には、ひえの収穫祭『バズガ』をはじめ、かずかずのまつりがある。そのたび、人々は頭が変になるほど強烈な太鼓のリズムのなかでダム酒を腹いっぱいのみ、鶏や羊を屠って大地に血をそそぐ。王の祖先まつりには、鶏や羊だけでなく、若い牡牛も何頭となく犠牲にされ、何百人という参会者が、野原でいけにえの肉やダムのふるまいをうける。~略~雨季のはじまりをえらんでさかんに行われる死者のまつりは、死後1年も2年もたって、死者の霊を生者の身辺から死者の国『ブクテンガ』へ送りだすまつりで、なまの悲しみのかげはもうどこにもない。このときはとくに大勢の人が集まり、いけにえもし、ダムも大量に準備しなければならないので、当事者にとってはものいりでもあり、1年くらいの準備期間はどうしても必要になるのだ。」(川田順造著)
    「南仏1945-1949」について
    「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)の「南仏1945-1949」について、気に留まった箇所を取り上げます。「ベルメールは生命のある有機体としての肉体を強く意識して『愛と死』という中世のイメージに傾倒していったが、それは性的な存在として人間が死の運命を認識することであり、病的な性衝動の描写へと、死に対する賭けと見なされた求愛の描写へと彼はいざなわれていった。~略~サド、ボードレール、バタイユ、そしてベルメールはみな、タブーを無効にする必要性を認識していた。彼らは、人間的な状態に関する、性的欲望の限界と可能性に関する苦痛に満ちたありのままの真実を提示しようとする点で一致を見ている。~略~彼らの意見が深刻なまでに食い違っていた領域は、ベルメールにとって最も重要な領域、すなわちエロティシズムの領域であった。ブルトンはサドに、そしてエロスという『黒い神』にしばしば言及したが、その神の祭壇を崇めるのにいつも遠慮がちであった。バタイユは決してそのようなことはなく、彼にとってマゾヒズム、サディズム、そしてあらゆる悪徳は人間をより深く感受する唯一の手段であった。~略~ベルメールはジャン・ブランへ宛てた1948年3月7日の手紙に『紫色の心臓をもった薔薇』という文章のアナグラムを35個すべて書きつけたが、そのうち17個は、それらがノラ・ミトラニとハンス・ベルメールとジョー・ブースケとの共作であるとの趣意の脚注を付して『イマージュの解剖学』刊行の際に収められた。~略~個展は批評家や一般から注目されたとはいえないが、それをきっかけにその年の7月に開催予定であったマグ画廊のシュルレアリスム国際展『1947年のシュルレアリスム』への参加は決定的となった。戦時中、ベルメールはメキシコ(1940年)とニューヨーク(1942年)のシュルレアリスム展に出品したが、マグ画廊の展示は1938年のパリのシュルレアリスム国際展以来、最も野心的なものとして企画された。」今回はここまでにします。
    新聞記事より「目に見えない」
    先日の朝日新聞「天声人語」の内容が気に留まったので引用いたします。「ひとりの飛行士がサハラ砂漠の真ん中に不時着する。そこで彼は不思議な男の子に出会う。刊行83年となる名作、サンテグジュペリの『星の王子さま』である。男の子は言う。〈砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ…〉(内藤濯訳)。新しいニュースが次々流れてくるので、もうずいぶん前のことにも感じるが、先月、奈良県の19遺跡からなる『飛鳥・藤原の宮都』の世界遺産への登録が決まった。多くは地中にあって、見えない遺跡などと呼ばれる。発掘調査をした後、保存のために埋め戻されたからだ。かくれているのは井戸ではなく、宮殿や寺院ということか。〈そうだよ。家でも星でも砂漠でも、その美しいところは、目に見えないのさ〉。飛行士が男の子に返した言葉が、どこからか聞こえてくるかのようだ。『跡』の上に盛られた土には緑が芽吹き、のどかな田園の風景が広がる。景観を守る目的で、住宅の新築などは厳しく規制されてきた。登録決定は地元の人の長い努力の結果でもある。そこに立ち、足の下にある千数百年前の遺跡を思う。古代の人たちの営みを静かに想像する。何と豊かで、楽しいことだろう。いまや国内の世界遺産は27件。過度に権威付けしたり、大げさに騒いだりすることなくその良さを、じっくり味わいたい。世界遺産に限った話でもない。〈心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ〉。沙漠のキツネは言う。〈かんじんなことは、目に見えないんだよ〉」心で見つめることを、私はいつ頃意識したのか、はっきり覚えていませんが、子供の頃にはそんな意識はありませんでした。大学で彫刻に出会ってからなのか、作品の中から発する声を聞くのは他から教えられたものではなかったと思っています。長い時間ずっと見ていられるのは何故か、見た後も印象に残り続けるのは何故か、大学の友人と共有したあの時の感動とは何か、それが在るが故に、目に見えないものを私はずっと意識してきたと言えます。勿論美術だけではなく、あらゆる場面でも目に見えない肝心なことを私は受けとめてこられたのではないかと自負しています。
    週末 塔のイメージを具現化する
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。現在制作中の新作は陶彫による複数の塔を作ろうとしています。塔を作った旧作は2014年にギャラリーせいほうで発表した「発掘~層塔~」と2015年に発表した「発掘~群塔~」です。「発掘~層塔~」は、木材を組んで、そこに陶彫を貼り付けて大きな塔をひとつ作りました。翌年発表した「発掘~群塔~」は、屏風にした土台に横位置に塔を接合したものと、屏風の前の床に同じ作りの塔を複数配置しました。これは壁から突き出た塔と床置きの塔の視点を変えた面白さを狙ったもので、自分としては新しい試みでした。これから作る新作は3点の陶彫部品を積み上げた塔を複数作る予定ですが、うしお画廊の展示空間を考慮して塔の数を決めていきます。私は画廊の広さに合わせて、その空間を変容させる目的で彫刻を配置していく方法を採っています。今年発表した「発掘~六蹟~」が6点の陶彫部品を向かい合わせ、その中心を想定した集合体だったので、来年発表する作品は拡散にしたいと思っていて、画廊の床に点在させていきます。新作は立体としての塔ばかりではなく、壁面を使った作品も同時に考えています。それは今年の「炭景」のような壁に掛ける作品ではなく、新作の立体作品と同じコンセプトで作る床置きの作品になり、壁に吊り下げるものではありません。画廊の壁が白く美しいので、それを最大限に生かせるものにしたいと考えているのです。まだ微妙に揺れ動くイメージを説明するのは難しいのですが、日々制作する中でイメージが次第に具体的に見えてくるのだろうと思っています。私にはイメージがあっても設計図はありません。エスキースをしないのと同じで、私は実際の素材に向き合って造形行為を行なっていくタイプなのです。ですから途中で大きな変更もあり得ます。行きつ戻りつ手探りで作品化を進めていくわけですが、窯入れをしない限り陶彫は自由です。また罅割れをしないような工夫をすれば何とかなるかなぁと思っている自分がいます。
    週末 新作成形&鑑賞充実の1週間
    週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週は個展が終了した直後の1週間となり、気持ちは来年の個展に向いています。新作は個展開催の前から取り組んでおり、次なるイメージの具現化に向けて、陶彫部品を作っているところです。漠然としたイメージは春ごろに湧いてきましたが、今はその土台となる陶彫部品の成形をやっています。私は新作のイメージを紙に描きとめることはしません。頭の中で幾度となく修正し、印象が刻み込まれるまで待つようにしています。紙にエスキースをしてしまうと、それに縛られてしまう恐れがあるので、敢えて頭の中でイメージが育つまで何もしないのです。その中には消えてしまう幾多のイメージもありますが、現行のイメージは頭の中で篩にかけて残ったイメージなのです。今週は酷暑に近い日もあり、空調設備のない工房での作業は厳しいなぁと思っていて、午後の作業はやらないようにしています。その分、午後は鑑賞に当てていて、映画鑑賞や美術鑑賞にも出かけて充実した時間を過ごしました。映画では「ヒトラーの毒見役」(横浜シネマリン)を観てきました。リアルなドラマ仕立てになっていて、緊迫した雰囲気が伝わってきました。豪華な食事の後で身体に異変がないか1時間待たされる若い女性たちの心理描写が秀逸でした。美術鑑賞では「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展(世田谷美術館)に行ってきました。アフリカの造形が好きな私には願ったり叶ったりの展覧会で、人類学者と陶芸作家の夫妻が収集した手工芸品を楽しんで見てきました。酷暑の日は映画館や美術館に行くのがベストかもしれません。しかもドイツやアフリカに気持ちが飛んでいって、日常を忘れさせてくれる機会だったと思っています。日常と言えば、今週の午後は歯科医院に歯のクリーニングにも行きました。半年に1回、私は子供のころから長年通院している横浜駅近くにある歯科医院で定期検査に行っています。歯科医院の雰囲気は嫌いですが、私は予防のために仕方なく行くのです。