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六本木の「河鍋暁斎の世界」展
先日、東京の六本木にあるサントリー美術館で開催されている「河鍋暁斎の世界」展に行ってきました。河鍋暁斎は私の中で最も高評価な絵師で、展覧会には必ず行くようにしています。それは私が幼い頃から妖怪趣味があり、そこだけは親から疎まれていて、さらに成長につれて、嘗て自分が妖怪好きだったことを忘れていたのを思い出させてくれたのが絵師河鍋暁斎だったのです。神社仏閣には魑魅魍魎が棲んでいると幼い私は信じていて、大人になった私が河鍋ワールドで見た滑稽な画題と、前から抱いていたイメージが重なった瞬間でもあったのです。ともかく本展のイスラエル・ゴールドマン氏収集による作品の数々は、初めて見るものばかりで私の心は高まりました。河鍋暁斎がこうした画題を取り上げるようになった背景を図録より探っていきます。「暁斎は、幕末から明治初期の変わりゆく世の中で、絵師としての活路を見出すために狩野派の世界を超えて自らの創作領域を広げ、狂画を手がかりとして新しい絵のあり方を模索した。その結果、辿り着いたかたちが、本画と狂画の融合であった。卑俗で品格に欠けるとして狂画、そして狂画に深く関わった暁斎を批判する声は暁斎在世中から聞かれ、戦後の日本美術史研究においても暁斎の評価に否定的な影響を及ぼしたが、ダイナミックで、ユーモアにあふれ、現代の私たちにも通じる普遍的な生活感情が表現された暁斎の作品世界は、狂画なしには生まれ得なかった。~略~狂画の中で、動物、鬼、神仏は人にぐっと近い存在となる。動物の姿を借りて、当代社会を揶揄したり、恐ろしい存在、威厳のある存在、聖なる存在を人間くさく描くことで可笑しみを誘ったり、というのは狂画の手法である。これらの遊び心あふれた『けもの』『ひと』『おに』『かみ・ほとけ』の絵が明らかにするのは、暁斎の鋭くも、決して突き放したような冷たさはもたない、好奇心に満ちた人間観察の目である。」(定村来人著)また私は現代において若い世代に支持される劇画や戯画、アニメにも河鍋暁斎の世界が生きているように感じます。さらに日本人の民俗性にある闇の部分にも画風が照射しているように思えてなりません。