2026.09.13 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。先日、「光、凛とゆれる」展を見て、嘗て憧れたステンレスによる抽象彫刻について考えてみました。そのシャープでスマートな形態は、20代の私を昂揚させるには十分なパワーをもっていましたが、それは単に憧れだけで終わるのではないかと予感しつつ、やはり私にはステンレスを使う必然性がついに生まれなかったのでした。図面を引いて加工していく素材は、自分には向いていないと次第に気づき始めて、それでは私自身のオリジナリティはどこにあるのか、その問いは海外生活でも継続していました。「光、凛とゆれる」展の図録にあった「表現の素地となる素材はとりわけ、作家の精神構造を表す独自性、主体性そのものを表す。その意味でも表現と素材の関係は極めて大きい。」(細田雅春著)という言葉が示す通り、彫刻家にとって素材は重要であり、その素材の選択は自分の彫刻家としての資質に関わっているのです。それでは素材をどう選ぶのか、作家によってはまず素材ありきの人もいますが、私は自分が何を表現したいのか、自己イメージを優先してそのイメージに合った素材を選ぶ方法を採りました。若い頃に憧れたステンレスは既に頭にはなく、自分が紡いだイメージは海外で眼にした発掘現場にありました。そこにあった古代都市の景観と発掘された数々の出土品の質感を自分の中に取り入れるのはどうしたらよいのか、それを頭の中で熟成するのに時間を要しましたが、結局私が選んだ素材は学生時代から慣れ親しんだ土でした。ただ、学生時代にやっていた塑造を石膏に取り、他の素材を流し込んでいく方法ではなくて、土そのものを焼成して、そのまま保存できる状態にする陶彫という技法でした。古代からイメージした形態は、単純化して紋様を加飾するものになり、現在に至っています。そこに木材を加えることがあっても、私は発掘された現場のイメージを陶彫で何年も繰り返し、架空の都市を造形しているのです。
2026.09.12 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週の制作状況は、新作陶彫である6つの塔の二段目にあたる成形をやっていて、毎日陶土に触れる生活を送っていました。先月に比べると気候も涼しくなり、制作がとても楽になりました。私はこの成形や彫り込み加飾を一所懸命やっている時が一番幸せかもしれず、時折全体を見渡しては満足を覚えています。しかし陶彫は成形や彫り込み加飾で終わるわけではなく、化粧掛けを施し、焼成をして、漸くその醍醐味に浸れるのです。そして画廊に新作陶彫を点在させたときの空間変容にも考えが及びます。それは私にとってポジティブシンキングであるため、何度もイメージの更新を行っています。作業の合間に手を休めながら、自作を眺めては楽しい時間を過ごしているのです。さて、今週は現代彫刻の世界で活躍した多田美波の生涯を振り返る大きな展覧会に足を運びました。私の学生時代は野外彫刻展が盛況で、その中でもひときわ端正で豊かな空間を創出していた多田ワールドに久しぶりに触れて、私は思うところが多々ありました。鏡面仕立ての曲面を多用した抽象彫刻は、曲面の中にエッジが効いた直線的で繊細な箇所があり、それが映った周囲の景色を歪めていました。そこに面白みを感じた私は、そのズレを楽しんでいました。私は2009年に箱根にある彫刻の森美術館での個展を見ていますが、彼女はその5年後の2014年に逝去されています。展覧会場を後にして、図録で振り返ってみると、創作に生き、創作に全てを捧げた人だったことがよく分かります。私もそう在りたいと願っています。今週の夜の読書では「奇想の美術館」という書籍を読み始めています。テーマの切り口が自由で、しかも論文の発想がユニークだなぁと思いつつ、やや難解な文章を読み解いています。これから秋に向かっていく季節には好都合かもしれません。
2026.09.11 Friday
昨日は東京都江東区にある東京都現代美術館で開催している「光、凛とゆれる」展を訪れ、多田美波ワールドを堪能してきました。油絵から出発し、やがて抽象傾向の絵画から立体に移行していく作家の歩みは、なかなかドラマチックで最終的に辿り着いた鏡面磨きの曲面を使った構成的な野外彫刻は、私が学生時代に憧れた世界でもありました。過去に野外彫刻展が華やかだった時代が思い出され、私自身は学校で地道な人体塑造に苦労していて、そのギャップに自分の心の置きどころが分からなくなっていました。唯一の救いは多田美波をはじめとする当時のスターアーティストの一人が私の学校でも教壇に立っている事実で、私もいずれそうなりたいと願っていたのでした。図録によると「〈周波数〉シリーズに特徴的であった『皺』が姿を消し、より幾何学的なシルエットとゆるやかな曲面による構成へと推移した背景には、素材・技法の変化に加え、作品が屋外環境へと開かれていったことがあったと考えられる。前者の作品においても反射像による流動性は重要な要素であったが、野外彫刻においては、その対象は朝夕や季節、人々の往来など、空間的にも時間的にも変化し続ける環境そのものへと拡張される。その結果、流動的な環境のただ中に置かれる造形そのものは、より洗練された幾何学的形態へと収斂していったのではないだろうか。」(小高日香理著)その頃、神戸の須磨離宮公園や宇部の常盤公園で開催された野外彫刻コンクールをはじめとする彫刻の野外展示は、さまざまな美術雑誌等で紹介され、今まで工業製品としか認識していなかったステンレスやアクリルが周囲の環境と相まって、都会的な美を謳歌し始めていました。都会のビルや公園に置かれた彫刻は、ヨーロッパに見られるバロックやゴシック彫刻とは違った意味で、まさに日本的な美を象徴するような環境を創出していて、私たち学生からすれば、彫刻が社会の中で存在し得る方法を示している最高の例だとさえ思わせてくれたのでした。多田美波はその中心にいて、今回の「光、凛とゆれる」展でその活躍の場を遺憾なく発揮していると感じていました。
2026.09.10 Thursday
横浜にある自宅からすれば、東京都江東区の木場公園にある東京都現代美術館は遠い美術館にあたります。今日は工房での作業は止めて、午前中から私一人で当館に向かいました。当館までの距離からすると頻繁に訪れられる美術館ではないのですが、興味関心のある展覧会に私は必ず出かけています。彫刻家多田美波は、私の学生時代に野外彫刻展で活躍されていた人で、鏡面磨きのステンレスで構成される野外彫刻に特徴がありました。今回の「光、凛とゆれる」展では、そこに辿り着くまで作風の変化が見られて、私には興味津々でした。作家の出発は絵画だったことに意外な一面を見ることが出来ました。しかも分析的キュビズムや未来派のような作風から幾何学的抽象に移行し、やがて立体になっていく過程は20世紀の近現代美術の潮流を彼女は体現していて、作家の造形思考が時代を先取りしているのではないかと私は考えました。さらに晩年の造形は建築との連携施行に発展していく経緯も示されていました。図録より引用いたします。「彫刻家において、表現の素地となる素材はとりわけ、作家の精神構造を表す独自性、主体性そのものを表す。その意味でも表現と素材の関係は極めて大きい。多田は、常に時代の持つ感性、時代が示す現代技術の可能性を、素材を通して受け止め、昇華して、自らの作品に映し込むという飽くなき挑戦をし続けてきた作家である。すなわち、その作品は自己の信念を貫き通す強い精神を内に秘めた存在の証しである。さらに多田の作家としての特異性に一つに、建築家とのコラボレーションを挙げたい。しかし、それは単に完成した建築空間に彫刻を配置し、自己作品の優位性を示すことや場との親和性を持たせるという関係性ではない。それは建築の内外を問わず、設置される場所に対する多田自身のこだわりによって生まれる新たな空間の発見だからである。数多くの事例を見ればそれは明らかである。」(細田雅春著)野外彫刻の代表的な作品に関する感想は稿を改めます。
2026.09.09 Wednesday
「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第2章である「不在としての絵画」について、気に留まった箇所を取り上げます。「描写不能のものは最初から描くことを拒否するという古代の考え方を踏襲したのがジャクスン・ポロックである。人類最古の、そして最も深い理解を、彼は直観的に知ったのだ(と、本人は信じていた)。さらに、そのような理解はーかりに本物だとしたらー人に伝えられるものではないということにも気づいた。それを表現しようとすれば、どんな言語でもーそれがどんな発音や文字をもったものであれー言語特有の性質として、かならずやその認識を束縛し、変形させてしまうからである。はるか昔からのそんな思いをキャンバスに定着するには、言語の外側で制作しなければならなかった。あるいは、言語不在のなかで、といってもいい。~略~(ジョーン)ミッチェルは、無に惹かれるという点ではベケットに共感したが、彼の絶望に対しては共感をもたなかった。彼女は根っからのロマンチストであり、ポロックと同じように、『行為を意識せずに』絵を描こうとした。『自分を自分でコントロールしたかった。自意識過剰だと感じたら、すぐに描くのをやめた』とミッチェルはいっている。彼女の言い分によれば、自分の絵のなかでは何も『起こらず』、何も『描かれない』のだった。~略~一枚の絵を読み解くことーそれはタロットカードで運命を読みとったり、亀の甲羅を焼いて将来を占ったりする迷信と同種のものであるーは、一人の書き手であり同時に一人の読者である私たちにとって、このうえない特権ともいえる。鑑賞者としての私たちが目の前の絵のなかに入りこむには、それが唯一の手段だからである。それは無益なことかもしれない。視野は狭く、得られる結果は貧弱なものかもしれない。芸術作品といえば聞こえはよいが、私たちにできるのは、幽霊のようなかすかな影を捕まえ、ぼんやりと曇った鏡を覗きこむことだけかもしれない。」今回はここまでにします。