Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

映画「ホールディング・リアット」雑感
今日も昨日と同じ午前中は工房で制作をしていました。午後になって家内を誘って、横浜の中心部にあるミニシアターに映画「ホールディング・リアット」を観に行きました。この映画は知人からいただいたチラシで情報を得ました。映画には娯楽性のあるものの他に社会的問題を提起するものがあり、本作は後者に当たります。2023年10月7日にイスラエル南西部にあるキブツ(農業共同体)が、ガサから侵入したハマスの武装勢力に襲撃されて、殺害されるか人質になるという壊滅的な被害を受けました。その人質になってガザへ連れ去られた娘リアットとその夫の救出に父が渡米し、当時のバイデン政権に人質解放を求めるというドキュメンタリーを撮影したものでした。それをイスラエルのネタニヤフ政権が戦争継続の理由として利用していたことも明らかになっていました。本作は米国映画なのでイスラエル側に肩入れをして、ハマスの残虐性を強調しているかもしれないと私は思って観ていましたが、どうもそうではなくて民族間の複雑な分断が絡み、イスラエル・パレスチナ問題に多層的な視座を齎していると感じました。図録に「奪われた人ではなく、残された側の『壊れていく時間』」という感想があり、家族に人質がいるためにひとり一人の考えが交錯し、その関係がギクシャクする様子が露骨に現れていました。戦争は何を齎すのかという問いは、現在でも米イスラエルによるイラン攻撃で、日本にいてもその影響から逃れられないことに直面しています。一緒に観ていた家内が、本作は人質なので具体性がある反面、二国間で解決できる問題だけど、現在のイラン情勢は人質の代わりに原油が駆け引きに使われているので、その影響は国際的に計り知れないと言っていました。まさにその通りで、戦争の齎す規模の大きさに米イスラエルは気づかなかったのでしょうか。本作はさまざまなことを考える契機になり、明るい未来が描けない現在の状況に何か解決の糸口がないものか、私は黙ったままの家内と早めに帰路につきました。