Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 秋篠寺・伎芸天再見
    ブログを書き始めた頃、奈良県秋篠寺にある伎芸天について触れたことがあります。自分の大好きな仏像で、作業場には大きな伎芸天の全体写真が額装して掛けてあります。今日は奈良にやってきて、まず伎芸天に会いに行こうと決めていました。秋篠寺は電車で行くには不便な所にあり、盆休みも終わって周囲にはほとんど人がいない状態でした。本堂に入ると美しい技芸天の見慣れた姿が眼に飛び込んできて、夏の暑さをしばし忘れました。解説を読むと頭部は乾漆造で天平時代、身体の部分が寄木造で鎌倉時代とありました。今まで気にせずに見ていましたが、時代が変わって修整がされていることがわかりました。でも自然な立ち姿は時代を超えて心に入ってくるようで、ここまで来た甲斐があったと思いました。秋篠寺の他に法隆寺に行き、飛鳥時代の仏像をじっくり見てきましたが、それはまた改めて書くことにします。                               Yutaka Aihara.com
    古美術を求めて…
    昨年のブログを見ると、この時季に京都の桂離宮に出かけています。自分は木彫の作業が一段落すると古美術が見たくなる傾向があって、仏像や庭園をじっくり鑑賞したくなるのです。今年も昨年同様に古都を訪ねてみたくなりました。今年はとくに仏像が見たいと思っています。京都に住む版画家で親友の渡辺聖仁さんに電話をして近々会おうと約束をしました。飛鳥、白鳳、天平時代に思いを馳せながら奈良を歩くのもいいなと思います。仏像は図版では表せない空気があって、その場所に行かなければ本当の魅力は伝わらないのです。庭園はなおさらその環境に身を置いてこそ味わえる空間なのです。そんなことを突如思い立って、京都の重森三玲庭園美術館に予約をしてしまいました。三玲美術館と渡辺さん、まずは見たい、会いたい人に連絡してから交通手段を考えるというのが、今回の思いつき関西旅行です。明日行って参ります。仕事は年休ですね。                  Yutaka Aihara.com
    RECORD色彩試行
    RECORDとは、昨年2月から始めている平面作品で、一日1枚のノルマを自分で課し、ポストカード大の厚紙にその日思いついたイメージを次から次へと描いています。今までは立体にするためのエスキースであったり、構造が見えるものを描いていましたが、この2週間はアクリルガッシュで画面に無造作に色彩を塗り、ドリッピングをしたり斑点を垂らしたりして下塗りをしています。一日1枚の課題として始めたRECORDですが、絵の具を無駄にしないため5枚まとめて下塗りをして、それから一日ずつ今月のテーマである幾何形体を描きこんでいます。ですから最近のRECORDは絵画性の強い作品に仕上がっています。今までの自作の傾向には見られない色彩がキラキラした世界です。色彩はずっと苦手意識があって、遠慮がちに使っていましたが、そろそろ苦手意識も克服したいと考えるようになりました。まだこの傾向で試行してみようかと思っています。           Yutaka Aihara.com
    盆休み最後の作業
    今日は涼しい一日でした。作業中に汗が出やすくなっているようで、涼しくても相変わらずシャツの替えが何枚も必要です。2メートルの杉の柱8本の荒彫りが今日終了しました。一日1本ずつ彫ったことになります。残るのは1メートル30センチほどの柱が12本。これはまた次の機会です。盆休みで毎日作業できたことが自分ではよかったと思いますが、家庭サービスもせず、母親に催促されながら亡父の墓前に線香をあげたくらいで、ほとんどが制作に明け暮れていました。制作は何かを犠牲にしているのかと思える時があります。親戚付き合いが悪いのも自分が時間に追われているせいだと思います。盆休みの時間は飛ぶように去り、ずっと杉の角材に目を凝らしている自分は何が楽しくてこんなことをやっているのかと自問自答することがあります。でも柱の1本を彫り終えた時、床に立つ柱から快い風が吹いてくるのです。そう感じるのです。今日もその瞬間がありました。それが創作の魅力かなと思い、さらに深化・継続の意思を固めてしまうのです。      Yutaka Aihara.com
    眼を奪う建築の美
    土曜の夜、ポスタカード大の「RECORD」を描きながら、ついTVに眼が奪われました。「美の巨人たち」で取り上げられていた建築家丹下健三の代々木にある流線型をした体育館。吊り橋構造で作られた美しい造形です。屋根はすべて曲面のため造船技術をもった人たちが参加したこと。内部の開放感が競技する選手と観客を一体にさせ、まさに当時の東京オリンピックの顔として話題になったこと。自分は高校時代、デッサンの予備校に通う途中にこの体育館があり、毎日この体育館の曲線美を見ながら通学していた頃を思い出しました。建築家になる夢はその頃はなくなっていましたが、不思議な美しさに魅了されていたことは確かです。その頃はまだ工業デザインをやりたくて、構成の課題が出ると、何となくこの代々木体育館の構造を頭に浮かべていた記憶があります。                     Yutaka Aihara.com