2014.07.30
また哲学書読破に臨みます。今までニーチェやショーペンハウワーの代表作を読んできましたが、マルティン・ハイデガー著「存在と時間」を今夏から読み始めます。他界した叔父量義治はカント哲学者でした。自分はそのうちカントに辿り着きたいと思っています。哲学はモノの本質を突き詰めて、そこから世界はどう成り立っているのかを、あれこれ論考する学問です。叔父が生涯付き合ったカントはその最たる哲学者で、自分がカント哲学の扉に立ったとき、その語彙の難解さ、理論体系の膨大さに腰が砕け、数行読んだだけで諦めてしまった経緯があります。哲学書を読むには覚悟が必要と感じた瞬間でした。ハイデガーの「存在と時間」はよく美術評論に引用されていて、自分が彫刻を極めようとするとモノの存在の存在たる所以を突き止めていく必要があり、そこでハイデガーに注目したと言っても過言ではありません。よし、今夏はハイデガーでいこう、ハイデガーの存在論理解とそれから導き出す自己考察に目標を定めました。夏から読み始めてもきっと読み終わるのは秋から冬になると思います。諦めずに齧りついていこうと思います。