2014.09.04
「保田龍門・保田春彦 往復書簡1958ー1965」(武蔵野美術大学出版局)を読んでいると保田先生が若かりし頃にフランスのパリから各地を経てスペインに赴く旅日記がありました。手持ちの金銭が少なく、食事や宿泊費用を切り詰めての貧乏旅行で、その状況や雰囲気がよく伝わってきます。自分にも同じような経験があるので、なおさら伝わりやすいのだと思います。自分は1980年から85年までの5年間をオーストリアで過ごしました。その間、西欧ではドイツ、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、オランダ、ベルギー(スイスとルクセンブルグは通過しただけ)を旅しました。東欧ではハンガリー、チェコスロバキア(当時)、ユーゴスラビア(当時)、ルーマニア(ブルガリアは通過しただけ)を旅しました。オーストリアを引き揚げる際に、トルコ、ギリシャに2ヶ月に亘って周遊し、彼の地で見た地中海沿岸の遺跡の数々が、現行の陶彫作品に繋がっていると言っても過言ではありません。自分も持ち金が乏しく、書簡にある「オート・ストップ」をかなりやりました。所謂ヒッチハイクのことで、行き先を大きな紙に書いて、アウトバーン(高速道路)の入り口で翳しているとよく車が止まってくれるのです。街では地図を片手に徒歩で美術館に行って、全身眼になって作品を嘗めるように見回し、マーケットで食料を買って公園のベンチでパンやソーセージに齧り付くという旅でした。鉄道の駅で野宿もしました。あの頃は不思議と病気はしないもので、たいした疲労も感じず、ただ意欲だけで生きていました。そんな旅を思い出させてくれる「保田龍門・春彦 往復書簡」です。